その一瞬、二人は目を合わせる。ボニーは、クライドは、何を、その一瞬、お互いの眼差しの中に見たであろうか。
俺たちに明日はない
1967年
アメリカ
製作:ウォーレン・ベイテイ、監督:アーサー・ペン、脚本:デビッド・ニューマン、ロバート・ベントン、撮影:バーネット・ガフィ、音楽:チャールズ・ストラウス。
出演:ウォーレン・ベイテイ、フェイ・ダナウェイ、ジーン・ハックマン、エステル・パーソンズ、マイケル・J・ポラード。
日本語字幕:林完治
「俺たちに明日はない」(1967年、米)は、アメリカン・ニュー・シネマと後に呼ばれるようになった流れの先駆的作品で、監督はアーサー・ペン。その流れは、「イージー・ライダー(1969年)、「明日に向かって撃て!」(1969年)、「真夜中のカーボーイ」(1969年)、「タクシー・ドライバー」(1976年)……と連なっていく。脚本の、ニューマン、ベントンが、フランス・ヌーベルバーグの強い影響を受けており、J・L・ゴダールへの監督交渉の経過もあったが、ゴダールは撮影中の作品があったために、アーサー・ペン監督作品となった話は有名である。
BS2「ミッドナイト・シアター」(3月16日)で放映され、30数年ぶりに見たが、作品はまったく色褪せることはなかった。20歳代に見て感じた胸苦しさに加えて、追い詰められてゆくボニー&クライドの心理関係の細部を味わうことにもなり、手に汗、心ズキズキしながら、見終えた。60年代末という時代は、2003年現在とまるで異なる状況だが、見ている自分は、何も変わっていない! という衝撃に打ちのめされた。映画を映画として見られない、変なこだわりが、いまなお、自分の中にある。
冒頭、ようやく意気投合しはじめたボニー・パーカーとクライド・バローの二人が、食品店を襲って店主と格闘し逃走する車の中で、クライドがこう語る。「殺そうとしやがった。何もしていないのに。食べ物ぐらいで騒ぎやがって。なんて野郎だ。おれが何をした」
クライドの、この台詞(せりふ)には、今でも、吹き出す。吹き出しながら、心の底のどこかで「そうだ、そうだ。食い物ぐらいで、オノ持ち出すなんて、ふてえ野郎だ」なんて、共感しているのである。
あの頃(60年代末)、「働かざるもの食うべからず」と叫んでいたのは、ヒッピー、フーテンを、世の中のゴミのように見なしていた、お行儀のいいオジサン・オバサンたちだった。マルクス系の学生たちも、おおかたデモに明け暮れる青春のさなかで、労働なんて、さっぱりだった。(少なくとも、近辺では)
映画の中の時間は1930年代であり、みんなみんなそのハングリーな気分を拠り所にし、未来を見ようとしていた。しかし、明日がない感じだった。生存の1回性、1回かぎりの人生よだった。
いま、未来はあるだろうか、と問うと、命の限りが見えている年頃になった。たいして、変わってないじゃないか。悔恨とともに、なお明日を思い描く毎日に変わりはない。
ボニー&クライドが、銃弾の乱射を浴びる寸前の、鳥の羽ばたき、バタバタという騒々しい音。無数の銃口が生垣の中で揺れる。その一瞬、二人は目を合わせる。ボニーは、クライドは、何を、その一瞬、お互いの眼差しの中に見たであろうか。なんとも、胸が騒ぐ。
(2003.3.16)
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