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2020年9月19日 (土)

愛の怨念、不動の愛、終わらない愛―の結末

嵐が丘
1992
イギリス

ピーター・コズミンスキー監督、エミリ・ブロンテ原作、アン・デブリン脚本、坂本龍一音楽。
ジュリエット・ビノシュ、ラルフ・ファインズ、ジャネット・マクティア、サイモン・シェパード、ソフィ・ウォード

ヒースクリフの暴力はいつ終わりを告げるのか。いつまで続けられるのか。ヒースクリフがこの世を去ってもヘアトン・アーンショウに引き継がれるのだろうか。引き継がれ、繰り返され、悲劇が循環するのだろうか。もし、終わるとすれば、それは何によって、誰によって終わらされるのか。作品は、どのような結末を見せるのか。というような関心をあらかじめ用意して見た。それは、文学の古典の筋書きがすでに知られているからだ。その1点をピーター・コズミンスキー監督作品はどうとらえたか、とドキドキしながら見るのである。

イントロとエンディングに、シンニード・オコナー演ずる作者エミリ・ブロンテを登場させ、物語の絶対的語り手を設定した作品。物語の中には登場しないが、物語のすべてを聞き知った者の存在、いわば神の視座をしつらえたのである。

ヘアトン・アーンショウとキャスリン・リントンが馬を駆って、ヒースの丘を疾走するエンディングのシーンは、憎しみの劇の終焉を暗示する。ヒースクリフのキャシーへの愛。それを、一瞬たりとて動じなかった不屈の愛の劇として封印したことを示したものであろう。ジュリエット・ビノシュによるキャシーを、因習から解放された女性として描いた点も新しい。
(2000.5.24鑑賞&記)

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