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2020年9月16日 (水)

ドキュメント(裁判記録)に埋没している史的ジャンヌ・ダルクは、解釈の眼差しを通過するのである。

ジャンヌ・ダルク裁判
1962年
フランス

監督・ロベール・ブレッソン、脚本・ロベール・ブレッソン
出演・フロランス・カレ、ジャン=クロード・フルノー、ロジェ・オーラ
カンヌ国際映画祭(1962年)グランプリ(審査員特別賞)

ロベール・ブレッソン「ジャンヌ・ダルク裁判」は1962年作品で、「スリ」(1959年)、「バルタザール どこへ行く」(1964年)の間に作られた。ドキュメンタリーというより、シネマトグラフという言い方がブレッソンに即している作品である。「スリ」や、その前作「抵抗」(1956年)で試みられたシネマトグラフは、この「ジャンヌ・ダルク裁判」を経て、「バルタザール どこへ行く」で頂点に達する。

男性の服装をしたジャンヌが、裁判官から女性服の着用を求められるが、断じて(というより、凛として)(というより、さらっとした感じで)拒絶するシーンが2度3度ある。ブレッソンは、現存する裁判記録を丹念に調べ上げてこの作品を作ったといわれているのだが、ここにドキュメンタリーとシネマトグラフの分岐点が垣間見られるのである。

歴史上、異端審問、魔女裁判といわれるジャンヌ・ダルク裁判は、この作品「ジャンヌ・ダルク裁判」で、性差別やジェンダーというテーマをも視野に入れた。ドキュメント(裁判記録)に埋没している史的ジャンヌ・ダルクは、解釈の眼差しを通過するのである。こうして史的ジャンヌは現代性を帯びるが、そこにはドキュメンタリーとの決定的な差異が生じるのであり、この点にシネマトグラフとブレッソン自らが命名した映画表現の独自性も存在しはじめる。
(2002.5.25発)

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