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2020年10月 8日 (木)

余命幾ばくもない主人公ジョンウォンのナレーションで進む物語が、監督の眼差しとシンクロし、両者がほぼ同一の視点になっていることからくる静けさである。

八月のクリスマス
1998
韓国

監督ホ・ジノ、脚本オ・スンウク、シン・ドンファン、ホ・ジノ、製作チャ・スンジェ、撮影ユ・ソンギル、美術キム・ジンハン、音楽チョ・ソンウ。
ハン・ソッキュ、シム・ウナ、シン・グ、イ・ハンウィ、オ・ジヘ、チョン・ミソン。

韓国の映画「八月のクリスマス」(ホ・ジノ監督、1998年)は、いつごろの設定なのか。ノ・テウの選挙支援をやっていたこともある友だちと酒を飲むシーンがあり、その選挙が10年前のことだったと、主人公のジョンウォンが語るから、時は今の今、現在にかぎりなく近いある年ということと推測する。

それにしては、ゆったりとした時間が流れている。穏やかで、静謐(せいひつ)な時間が、この映画のテーマとも言えそうなほどに、もの静かで優しい時の流れが作品の中にある。余命幾ばくもない主人公ジョンウォンのナレーションで進む物語が、監督の眼差しとシンクロし、両者がほぼ同一の視点になっていることからくる静けさである。

この静けさは、どこかで見たことのあるような、懐かしいような、夢見るような、過去のできごとのような、これからやって来るような、だれしもが経験するに違いないこと=死と深く結びついている時間のことである。

主人公ジョンウォンは、あらゆる経験が思い出と化してゆくことの空しさを感じ、愛すらも思い出となってゆく人の世のはかなさを感じている。ところが、タリムへの愛は思い出ではなかった。今まさにその中にある悦びであった。そうジョン・ウォンは感じた。ジョンウォンは、手紙でその悦びをタリムに伝え、死んでいった。ジョンウォンの切なさが伝わってくる理由は、だれしもが、この時間の中に在るということからくるのであって、理由のないことではない。
(2002.6.10発)

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