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2020年10月13日 (火)

「女欲しがって悪いか。共青団が殴るのか。殴れよ、旺泉、お前は家にも外にも女がいるから。やりたい放題、どちらとも寝られる。俺なんか、この年になっても、女の一人も知らない。これがまっとうかよ。さあ、殴れ、ぶっ殺してくれよ。」

古井戸
1987年
中国

呉天明(ウ・ティエンミン)監督
キャスト:張芸謀 (チャン・イーモウ)=孫旺泉、粱玉瑾 (リャン・リュイチン)=趙巧英、牛星麗(ヌー・シンリー)=万山、呂麗萍 (リュイ・リーピン)=喜鳳

呉天明(ウ・ティエンミン)監督作品「古井戸」が描く三角関係は、実は、正確に言えば四角関係である。孫旺才という名の支部長の息子は、村で6人しかいない高卒の一人であるため、旺泉、巧英らとともに井戸掘りに指名されるが、この旺才が巧英に好意を寄せ、その鬱屈はブラジャー泥棒という事件を起すことになる。この事件が明るみになった時、旺泉に問い詰められ、顔面を殴打された旺才は、伴侶がありながら巧英との愛を育む旺泉への恨みつらみをぶちまける。

「女欲しがって悪いか。共青団が殴るのか。殴れよ、旺泉、お前は家にも外にも女がいるから。やりたい放題、どちらとも寝られる。俺なんか、この年になっても、女の一人も知らない。これがまっとうかよ。さあ、殴れ、ぶっ殺してくれよ。」

旺才は、こう言い放ち泣き崩れた直後、崩落で死ぬ。井戸の底には、旺泉と巧英の二人がとり残されることになり、二人は結ばれる。

ここで注意深く見なければならないことは、映画は、旺才の短い生涯の中で起こった下着泥棒という事件を性的変態として暴くものではなく、この時代の中国のねじくれた婚姻制度や家族制度の結果として、そして現代中国辺地の抱える矛盾の集中的表現としてさりげなく描いている、という点である。ことさら辺地の閉ざされた村に否応もなく暮らさざるを得ない青年一般の鬱屈としてとらえられている点にあるであろう。

旺才が恋慕する巧英は、旺泉を恋慕する。その巧英こそは、この村に見切りをつけ、外へ、都会へと目を向ける自由人である。巧英は、外へと鬱屈を解放してゆくのに比べ、旺才はその願いを持ちながらも、巧英と結ばれることの不可能を知り、挙句に、あえない悲運の死を遂げてしまう。

旺才は、一見ひょうきんで、現代っ子で、アメリカ音楽に合わせてダンスするような若者として登場しているが、名誉挽回を目論む村の支部長であり、父の井戸掘削の悲願に協力しているのは、旺泉や巧英と同じ姿勢であった。旺才が負わせられているこの作品の中の役割は、性にまつわる事件の主役級ばかりが際立っているかのようにとらえられがちであり、自由とか欲望とか性とかのシンボリックな存在としてのみ見られがちであるが、それは十分な見方ではない。

確かに、奥山深く分け入っての地質調査の困難さに泣きを入れ、ひとときの休暇を提案したのは旺才だったし、その休暇に行われた祭りに盲目の芸人を呼んだのも旺才だったし、その盲目の芸人に猥褻(わいせつ)な芸を演じさせたのも旺才だったし、官から猥褻幇助の罪を科せられたのも旺才だった。

社会主義建設の表から見れば、旺才には、負のレッテルが貼られる側面は否めないものの、井戸掘削の一兵士としてのエネルギーは、旺泉の指導力に比してこそ影が薄いものの、もっともっと大きなものがあった。それは、大衆のエネルギーと呼べるような無秩序で無統制で無名で奔放な力である。

エンディングの集会で旺泉の妻・喜鳳は、「もし井戸から水が出なくとも、村から離れるのはやめてください」と村人たちに呼びかけ、掘削の成否を夫・旺泉一人への毀誉褒貶に帰する考えを制した。巧英は、花嫁道具を掘削の費用として供出し、村を去る。エンディング・ロールは、「古井戸村井戸掘削史碑」が流れ、その1979年、1982年の項には、「犠牲者、孫高貴、孫旺才」の名が刻まれたことを明らかにしている。

四角関係を構成する4人のそれぞれが古井戸と深く結びつき、それぞれの出自によって井戸との距離感は異なるが、それぞれが水の出ることを願ってやまなかった。旺才の死んだ翌1983年正月、「機械式一号井完成、出水量、毎時50トン」と史碑は記す。

中国の近代化はかくて行われている。小さな山村の井戸掘削においてこのような血涙が流され、このような井戸掘削の歴史が中国大陸全土に繰り広げられたことを思うとき、秦・始皇にはじまる国家建設、その基盤・インフラ整備事業が、いまだそしていまも続けられているという事実に頭を下げざるを得ない。鄭義原作・脚本のこの映画は、国家暴力の負の側面を誇大に宣伝するものでなく、民衆の側の土俗的エネルギーの矛盾を含んだ現実を衒(てら)いなくとらえ、すこぶるコンテンポラリーに地方中国の村を描いた、と言えるのかもしれない。
(2004.4.30)

【古井戸メモ】
呉天明(ウ・ティエンミン)監督 「古井戸」(1987年)は、第4世代の監督、呉天明(ウ・ティエンミン)の作品。2004年現在、「今を時めく中国の監督」と呼ぶにふさわしい張芸謀が主演している作品、と言ったほうがわかりやすいかもしれない。呉天明は、張芸謀をこの作品の主演男優として起用したほか、陳凱歌、田壮壮ら第5世代の監督を育成したことでもよく知られている。

英題は「Old Well」、原題は「老井」(ラオチン)。山西省の山岳地帯にある太行山という村で、手掘りの井戸の掘削に挑んだ民衆の物語である。第2回東京国際映画祭グランプリ受賞作品。原作・脚本は鄭義(チョン・イー、1947年~)がアメリカに亡命する前の1986年に発表した中編小説「老井」で、山西省の寒村を舞台にした村と村の水争いがテーマになっている。

映画前半のクライマックスで、この隣村との水争いのシーンが描かれる。しかし、冒頭から、主人公・孫旺泉の婿入り話に端を発する喜鳳、巧英の三角関係に焦点が合わされ、水争いは古井戸掘削の歴史的背景として遠のく。物語の中心にはそえられず、映画(呉天明監督)の眼差しは太行山村の内部へ、内部へと向けられる。古井戸の掘削にかかわった太行村の人々のエピソード=物語をつむぎ出していくその中心には、孫旺泉、趙巧英、喜鳳の三角関係の、どうしようもなく膠着し、解決の糸口の見つからない緊張感が随所にとらえられるのである。

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