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2020年10月10日 (土)

切ないのは、失って初めてワンが知る魂であり、魂であると同時に肉である女ではなかったか。

恋恋風塵
1987年
台湾

スタッフ
監督:侯孝賢、製作:徐国良、脚本: 呉念眞・ 朱天文、撮影:李屏賓、音楽:陳明章、美術:劉志華・ 林鉅、編集:廖慶松

キャスト
王晶文:ワン・ジンウエン(ワン)
辛樹芬:シン・シューフェン(ホン)
李天祿:リー・ティエンルー(祖父)
林陽:リン・ヤン(父)
梅芳:メイ・フアン(母)

日本語字幕・あらいすみこ

ホウ・シャオシェン 「恋恋風塵」は、台湾の監督ホウ・シャオシェン(侯孝賢)、1987年の作品。「冬冬(トントン)の夏休み」、「童年往事」(ドウネンオウジ)との3部作を構成する。英語のタイトル「Dust in the wind」は、恋のニュアンスを含まず、風の中の塵に過ぎないから、人の世のはかなさ全般に作品の眼差しは向けられているのかもしれない。にもかかわらず、「♪風の中の羽根のように、いつも変わる女心……」という恋のテーマへ、ホウ監督流の一石が投じられている。人の世のはかなさを、恋を通じて描いてみせた映画ともいえそうなのである。

成人になりかかった幼馴染のワンとホウが結ばれているのは、恋とも呼べない、男女の原初的な感情である。気が合う友だちのまま成長し、いたわりあい、時には、考えの違いからぶつかることもあるが、嫌いになることもない。やがては肉のつながりをもつに至るであろうと、微笑ましく見守る観客は、結末の劇に一瞬、裏切られた感覚に陥る。しかし、ワンがホウを失って初めて、それ(=恋)に気づくというような経緯に、やがては納得する。女心は、風の中の羽根……と。兵役中のホウを待ちきれず、郵便配達を仕事にしている男の確実な生活感、安心感を、女心は選んだのだ、道理だ、と。

こう読んで、よいものか。

号泣するワンの耳に、「職業に負けた」という父の言葉がかぶさる。ワンは、将来の堅実な生活をしっかりと描いているような青年である。軍人になるわけではなく、郵便配達になるかもしれないという未来をも描いている、つまり、多様な選択枝の中からこれから選択しようとしているしっかり者である。たった今、兵役中の身であるだけで、これは、ワンの職業ではない。父の言葉の意味は、貧しく、苛酷な炭坑の仕事に就いている自分、その家族とその家族の一員であるワンが選ばれなかった事態への憤懣であり、情なさである。

その感情が、ホンに向けられているかといえば、そうではなく、むしろ、そうした事態に至らしめた現実、敢えて言えば、兵役制度や家族制度に向けられた。ホウ監督は、そのことを、ほとんど前面に出すことはない。どころか、滔々(とうとう)と流れ行く時間を、慈しむかのように、ありのままを受け入れるだけだ。除隊後、帰郷したワンが見る風景は、以前とちっとも変わっておらず、しかし、ゆったりと流れていることだけは確かである。

女心の豹変(ひょうへん)に、裏切られた思いがするのは、観客の側にある。切ないのは、失って初めてワンが知る魂であり、魂であると同時に肉である女ではなかったか。

ホウ監督は、これ以上静かではない世界がないというほどに静かに、古典的テーマといえる劇を生み出した。灼熱の恋ではなく、肉のイメージがない青年男女の、いかんともし難い断絶。肉=現実への認識の、わずかな狂いの差から生じる、事故に限りなく近い別れ……。

【侯孝賢フィルモグラフィー】
川の流れに草は青々 1982
坊やの人形 1983
風櫃の少年 1984
冬冬の夏休み 1984
童年往事-時の流れ 1985
恋恋風塵 1987
ナイルの娘 1987
悲情城市 1989
戯夢人生 1993
好男好女 1995
憂鬱な楽園 1996

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