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2021年6月29日 (火)

再掲載/2012年10月27日 (土) 「冬の長門峡」の二つの過去2・生きているうちに読んでおきたい名作たち

(前回からつづく)

「冬の長門峡」は
一読して単調な感じを抱かせる詩ですが
読めば読むほど深みを感じさせる詩です。
不思議な魅力のある文語詩です。

まず冒頭連の
長門峡に、水は流れてありにけり。
寒い寒い日なりき。
――で、ある特定の過去(ある日ある時)に
長門峡に遊んだのが寒い日だったことを叙述します。

第2連から第5連までは
長門峡での経験の内容が
淡々と語られ
最終第6連でふたたび

寒い寒い 日なりき。
――と、その日が寒い日だったことを述べます。

かつて長門峡に遊んだ日が
寒い日だったことを
冒頭と末尾で繰り返すという詩で
その間の連で
詩人が目にした景色や経験が歌われるのですが
冒頭行など3か所に出てくる「けり」は
過去を表わしつつ「詠嘆」の気持ちが込められています。

水は流れてありにけり。
客とてもなかりけり。
流れ流れてありにけり。
――この3行には「詠嘆」の気持ちがあるということで
水は流れていたんだよ
客といってもだれもいなかったんだよ
流れ流れていたんだよ
――といったニュアンスがあります。

情景描写の中に情感が込められているのですが
ほかの行は、

なりき
ありぬ
こぼれたり
ありき
なりき
――と過去を断定的に叙述するだけになっています。

詩全体に
心の動きを感じさせない工夫が凝らされているのですが
その訳はこの詩の背後には
愛息文也を失った悲しみがあり
詩人はそれを表面に出すまいと歯を食いしばったからなのです。

詩人はいま長門峡を目前にしているのではありません。
長門峡は遠い日に遊んだ場所です。
それを回想して歌っているうちにその過去へ入り込み
長門峡を流れる水が
魂(たましい)を持つかのように流れているのを感じたのです。
この魂は文也以外にありえません。

水に魂を感じてまもなく
今度はミカンのような真ん丸であったかそうな夕陽が
欄干越しに見えたのです。
この夕陽も文也以外にありえません。

どちらも回想の中に現われた風景なのですが
詩人はいま、それらを目前にしているように
ありありと思い出すのです。

が……次の瞬間、
それらが遠い過去のものだったことを知るのです。

第5連と第6連の間は
連続しているようで
無限といってよい時間が存在します。

ああ! ――そのような時もありき、
寒い寒い 日なりき。

――と我に帰る詩人は
回想をはじめた冒頭の時間から
遠く隔たった今を自覚するのです。

この詩には
二つの過去があります。
過去の時間が二つあるのです。

(この項終わり)

冬の長門峡

長門峡に、水は流れてありにけり。
寒い寒い日なりき。

われは料亭にありぬ。
酒酌(く)みてありぬ。

われのほか別に、
客とてもなかりけり。

水は、恰(あたか)も魂あるものの如く、
流れ流れてありにけり。

やがても密柑(みかん)の如き夕陽、
欄干にこぼれたり。

あゝ! ――そのやうな時もありき、
寒い寒い 日なりき。

*「新編中原中也全集」より。( )で示したルビは、全集編集委員会によるものです。

「新字・新かな」表記を以下に掲出しておきます。

冬の長門峡
 
長門峡に、水は流れてありにけり。
寒い寒い日なりき。

われは料亭にありぬ。
酒酌(く)みてありぬ。

われのほか別に、
客とてもなかりけり。

水は、恰(あたか)も魂あるものの如く、
流れ流れてありにけり。

やがても密柑(みかん)の如き夕陽、
欄干にこぼれたり。

ああ! ――そのような時もありき、
寒い寒い 日なりき。

 

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