再掲載3/2012年10月24日 (水) 「一つのメルヘン」の不可能な風景3・生きているうちに読んでおきたい名作たち
(前回からつづく)
蝶は神の使いだったのでしょうか?
そのようなことを感じさせておかしくはない
トリックかマジックか。
さらさらとさらさらと
今度は、水が流れているのでありました。
◇
さらさらと、陽がさしている
さらさらと、音を立てている
さらさらと、水が流れている
◇
いろはにこんぺいとう
こんぺいとうはあまい
あまいはさとう
さとうはしろい
しろいはうさぎ
うさぎははねる
はねるはばった
ばったはみどり
みどりははっぱ
はっぱはゆれる
ゆれるはおばけ
おばけはきえる
きえるはでんき
でんきはひかる
ひかるはおやじのはげあたま
◇
昔、こんな歌を歌った記憶がありませんか?
主語と述語の述語を主語に変えて
しりとりのように歌いついでいく子どもたちの遊び――。
中原中也の「一つのメルヘン」は
この述語にあたる部分を
オノマトペ(さらさら)に固定し
ここへ戻っては新たに生まれるイメージを繋いで作られている。
そう考えると分かりやすいかもしれません。
こうして
オノマトペの繰り返しが基調になって
安定したリズムとメロディーとハーモニーを生みます。
さらさらとするものの主体が変化するために
単調さは少しもなく
かえってスリルとサスペンスが保たれます。
さらさらとの使い方も
さらさらと、と単独のもの
さらさらと、
さらさらと、と改行をはさんで2行に分けたもの
さらさらと、さらさらと、と1行の中に繰り返すものの3種類あります。
この使い分けによって
絶妙なリズムをとっているのです。
◇
詩人は、これらの風景を
遠くでもなく近くでもない
ほどよい距離から眺め
ナレーターの役割をも演じています。
「でしたいました」のやさしい口調が
静かな秋の夜を語ります。
◇
そして今、川の水は流れに流れ
次第に水かさを増してゆく感じですが
コンコンともしないで
さらさらと、さらさらとと静かに流れ続けます。
(つづく)
*
一つのメルヘン
秋の夜は、はるかの彼方(かなた)に、
小石ばかりの、河原があって、
それに陽は、さらさらと
さらさらと射しているのでありました。
陽といっても、まるで硅石(けいせき)か何かのようで、
非常な個体の粉末のようで、
さればこそ、さらさらと
かすかな音を立ててもいるのでした。
さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、
淡い、それでいてくっきりとした
影を落としているのでした。
やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、
今迄流れてもいなかった川床に、水は
さらさらと、さらさらと流れているのでありました……
(※「新編中原中也全集」より。新字・新かな表記にしてあります。編者。)
◇
歴史的表記の原詩も掲出しておきます。
*
一つのメルヘン
秋の夜は、はるかの彼方(かなた)に、
小石ばかりの、河原があつて、
それに陽は、さらさらと
さらさらと射してゐるのでありました。
陽といつても、まるで硅石(けいせき)か何かのやうで、
非常な個体の粉末のやうで、
さればこそ、さらさらと
かすかな音を立ててもゐるのでした。
さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、
淡い、それでゐてくつきりとした
影を落としてゐるのでした。
やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、
今迄流れてもゐなかつた川床に、水は
さらさらと、さらさらと流れてゐるのでありました……
(※「新編中原中也全集」より。)
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