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2021年7月11日 (日)

再掲載/2012年11月17日 (土) 「永訣の秋」京都のわかれ・「ゆきてかえらぬ」2・生きているうちに読んでおきたい名作たち

(前回からつづく)

 僕は此の世の果てにいた。陽は温暖に降り洒《そそ》ぎ、風は花々揺っていた。

――という「ゆきてかえらぬ」の冒頭行は
そこが、地の果てでありながら温暖で花々が風に揺らいでいる
背反するするような場所であったことを歌います。

地の果てとは、
まだ16歳になる前にやって来た京都との距離感を示すものであっても
僻地(へきち)とか流刑地とかを指しているものではありません。

このあたりは
もろにランボーの詩の影響ですが
孤独な感情とか疎外された意識とかを物語っていることに
偽(いつわ)りがあるわけでもありません。

詩人は寄宿舎に入ったわけでもなく
遠く離れた生地を後に
中学生でよくも一人暮らしをはじめられたものと感心しますが
落第した現実は
きっと想像以上に深刻なものがあって
「地の果て」という意識が大げさではなかった時間を経験したのでしょう。

にもかかわらず
温暖な陽の光と風にそよぐ花々があったのですから
地の果ては結構過ごしやすい土地だった――。

実際の暮らしはどうだったか。

第2連は街の風景
木橋、埃り、ポスト、風車を付けた乳母車……とメタファーで描写します。

第3連は街の中の詩人
街に住む人に親類縁者がいるわけでもなく
風見の上の空ばかり見ている孤独なときを「仕事」と言っています。

第4連は
孤独でありながら退屈ばかりではなく
空気には「蜜」があったし
飲み食い暮らすよい場所だったと楽しかった思い出へ。

第5、6連はその中身。
煙草を吸うにも自分を律し
布団もなく、歯ブラシ1本、本1冊という質素さ。

第7連は女たちとの関係。
慕わしかったがみだりに会うことはなかった。

 名状しがたい何物かが、たえず僕をば促進し、目的もない僕ながら、希望は胸に高鳴っていた。

――と第8連では
暮らしの実態を総括します。

ここいらは

私は希望を唇に噛みつぶして
私はギロギロする目で諦めていた……
嗚呼、生きていた、私は生きていた!

――という「少年時」とピタリと対応しています。

(つづく)

ゆきてかへらぬ
      ――京 都――

 僕は此の世の果てにゐた。陽は温暖に降り洒《そそ》ぎ、風は花々揺つてゐた。

 木橋の、埃りは終日、沈黙し、ポストは終日赫々《あかあか》と、風車を付けた乳母車、いつも街上に停つてゐた。

 棲む人達は子供等は、街上に見えず、僕に一人の縁者《みより》なく、風信機《かざみ》の上の空の色、時々見るのが仕事であつた。

 さりとて退屈してもゐず、空気の中には蜜があり、物体ではないその蜜は、常住食すに適してゐた。

 煙草くらゐは喫つてもみたが、それとて匂ひを好んだばかり。おまけに僕としたことが、戸外でしか吹かさなかつた。

 さてわが親しき所有品《もちもの》は、タオル一本。枕は持つていたとはいえ、布団ときたらば影だになく、歯刷子《はぶらし》くらゐは持つてもいたが、たつた一冊ある本は、中に何も書いてはなく、時々手にとりその目方、たのしむだけのものだつた。

 女たちは、げに慕はしいのではあつたが、一度とて、会いに行かうと思はなかつた。夢みるだけで沢山だつた。

 名状しがたい何物かゞ、たえず僕をば促進し、目的もない僕ながら、希望は胸に高鳴つてゐた。

        *           *
              *

 林の中には、世にも不思議な公園があつて、無気味な程にもにこやかな、女や子供、男達散歩してゐて、僕に分らぬ言語を話し、僕に分らぬ感情を、表情してゐた。
 さてその夜には銀色に、蜘蛛《くも》の巣が光り輝いてゐた。

 
※「新編中原中也全集」より。《》で示したルビは、原作者本人によるものです。

「新字・新かな」表記を以下に掲出しておきます。

ゆきてかえらぬ
      ――京 都――

 僕は此の世の果てにいた。陽は温暖に降り洒《そそ》ぎ、風は花々揺っていた。

 木橋の、埃りは終日、沈黙し、ポストは終日赫々《あかあか》と、風車を付けた乳母車、いつも街上に停っていた。

 棲む人達は子供等は、街上に見えず、僕に一人の縁者《みより》なく、風信機《かざみ》の上の空の色、時々見るのが仕事であった。

 さりとて退屈してもいず、空気の中には蜜があり、物体ではないその蜜は、常住食)すに適していた。

 煙草くらいは喫ってもみたが、それとて匂いを好んだばかり。おまけに僕としたことが、戸外でしか吹かさなかった。

 さてわが親しき所有品《もちもの》は、タオル一本。枕は持っていたとはいえ、布団ときたらば影だになく、歯刷子《はぶらし》くらいは持ってもいたが、たった一冊ある本は、中に何も書いてはなく、時々手にとりその目方、たのしむだけのものだった。

 女たちは、げに慕わしいのではあったが、一度とて、会いに行こうと思わなかった。夢みるだけで沢山だった。

 名状しがたい何物かが、たえず僕をば促進し、目的もない僕ながら、希望は胸に高鳴っていた。

        *           *
              *

 林の中には、世にも不思議な公園があって、無気味な程にもにこやかな、女や子供、男達散歩していて、僕に分らぬ言語を話し、僕に分らぬ感情を、表情していた。
 さてその空には銀色に、蜘蛛《くも》の巣が光り輝いていた。

 

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