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2021年7月10日 (土)

再掲載/2012年11月12日 (月) 「永訣の秋」の街へのわかれ・「正午」3・生きているうちに読んでおきたい名作たち

(前回からつづく)

かつて救急車や消防車の警笛は手動で
目的地へ向かってウーウーウーという音を出しながら走るのが
東京の町でも見られたものです。
防水頭巾を被った消防士が
腕を旋回させて警笛の音を出す姿が車上にありました。

小学校や中学校などの正午を告げるサイレンと
それらの音色は同じものだった記憶があります。

中原中也が
東京駅にやって来たときの行き帰りに
丸の内のビルを眺めたことは何度かあったことでしょうが
ビルの屋上あたりから発するサイレンを聞いたのは
そう多くあったことではないでしょう。

手紙を頻繁に書く習慣があった詩人のことですから
中央郵便局をしばしば利用したことが想像できますから
「正午」のサイレンは
東京駅を降りたところのどこかで聞いたものかなどと
想像の羽根は広がっていきます。

大きなビルの真ッ黒い、小ッちゃな小ッちゃな出入口
空はひろびろ薄曇り、薄曇り、埃りも少々立っている
ひょんな眼付で見上げても、眼を落としても……

――の3行からは
やや遠目でビルを眺めている角度が感じられますから
東京駅に向かう道での振り向きざまの光景なのか。

見上げた空は広々としていて
桜は満開をとうに越えている時期。

もう見ることはないかもしれない風景……。

ああ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだ

――と、なぜ、ああ、なのか?
ああ、と感動詞を使うほどサイレンの音になぜ感動しなければならないか?

大正14年に上京して以来10有余年。
街そのものを嫌いになったわけではない詩人の眼に
丸の内のビルから吐き出されるかのように出てくるサラリーマンの姿は
嫌悪の対象として映ったのではなく
懐かしくも愛(いと)おしいものであったのではないか。

やっと職務を解放された勢いで
プラーリプラーリ手を振っちゃって
お天気の具合を見上げる眼つきといい
目を落して地面の具合を見やる物腰といい

ああ! と感動せずにいられようか!

酒がなくて
どうして桜花を愛(め)でられようか!

詩人は
二度と訪れることのないかもしれない丸ビルのサラリーマンたちに
ほとんどシンクロしちゃって、
サイレンの音色にもシンクロしちゃって、
風に乗って消えて行っちゃいそうになっています。

影ひとつない正午です。

 

 

 

 

 

(つづく)

正 午
       丸ビル風景
  
あゝ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだ
ぞろぞろぞろぞろ出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
月給取の午休(ひるやす)み、ぷらりぷらりと手を振つて
あとからあとから出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
大きなビルの真ッ黒い、小ッちやな小ッちやな出入口
空はひろびろ薄曇り、薄曇り、埃りも少々立つてゐる
ひよんな眼付で見上げても、眼を落としても……
なんのおのれが桜かな、桜かな桜かな
あゝ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだ
ぞろぞろぞろぞろ、出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
大きなビルの真ッ黒い、小ッちやな小ッちやな出入口
空吹く風にサイレンは、響き響きて消えてゆくかな
 
※「新編中原中也全集」より。( )で示したルビは、全集編集員会によるものです。

「新字・新かな」表記を以下に掲出しておきます。

正 午
       丸ビル風景
  
ああ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだ
ぞろぞろぞろぞろ出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
月給取の午休(ひるやす)み、ぷらりぷらりと手を振って
あとからあとから出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
大きなビルの真ッ黒い、小ッちゃな小ッちゃな出入口
空はひろびろ薄曇り、薄曇り、埃りも少々立っている
ひょんな眼付で見上げても、眼を落としても……
なんのおのれが桜かな、桜かな桜かな
ああ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだ
ぞろぞろぞろぞろ、出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
大きなビルの真ッ黒い、小ッちゃな小ッちゃな出入口
空吹く風にサイレンは、響き響きて消えてゆくかな

 

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