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2021年7月14日 (水)

再掲載/2012年11月25日 (日) 「永訣の秋」女のわかれ・「あばずれ女の亭主が歌った」4・生きているうちに読んでおきたい名作たち

(前回からつづく)

おまえはおれを愛してる、一度とて
おれを憎んだためしはない。

おれもおまえを愛してる。前世から
さだまっていたことのよう。

そして二人の魂は、不識《しらず》に温和に愛し合う
もう長年の習慣だ。

――というはじまりが示す「二人」の相思相愛の関係は

それなのにまた二人には、
ひどく浮気な心があって、

いちばん自然な愛の気持を、
時にうるさく思うのだ。

――という「二人」の不安定な関係と
前後関係なのではなく同時的な関係です。

○○であって、だから○○であるという前後を示すのではなく
○○であり、○○でもあるという同時的関係を示しています。

完璧な愛の関係が
すでに愛の不可能な関係を孕(はら)んでいるということを
この詩は歌っているのです。
いちばん親しい二人が時にいちばん憎みあうのです

そしてこの詩を歌っているのは「亭主」(=詩人)の方です。
「亭主」は

佳(よ)い香水のかおりより、
病院の、あわい匂いに慕いよる。

――と愛憎が表裏になっている関係の理由を歌います。

相思相愛であることに満足できない浮気な心を
香水の香りに満足しないで
病院の匂いに引かれてしまうからと自ら分析して見せるのです。

この「病院のあわい匂い」が
読みどころです。
この詩の味わいどころです。

病院の廊下に漂う消毒薬のにおいを好む習性が
二人にはあるのだろうかなどと考えてしまいそうですが
きっとそういうことではないでしょう。
日向より日蔭を好む志向ということでもないし。

自然な愛の気持ちをうるさく思う浮気な心が
一時的刹那的にであれ
表と裏の関係のように必ず出現してしまう
「病院のあわい匂い」についつい引かれていく
いかんともしがたい愛。

愛し合っていてこそ
「病院のあわい匂い」を嗅(か)いでは
次から次に生まれてくる憎しみを弄(もてあそ)ぶ。
そんじょそこらにいる男と女の幸せと不幸とは
いまにも「神のいない世界の愛」を歌っているようにさえ思えてきます。

そうであるからその後はお決まりのように
得体の知れない後悔に襲われ
絶えず不安にさいなまれてもいる女と男――。

全行が現在形で書かれ
タイトルだけが過去形であるところに
おやっと思わせられますが
永訣の歌であることに変わりはありません。

(この項終わり)

あばずれ女の亭主が歌つた
 
おまへはおれを愛してる、一度とて

おれを憎んだためしはない。

おれもおまへを愛してる。前世から
さだまつてゐたことのやう。

そして二人の魂は、不識《しらず》に温和に愛し合ふ
もう長年の習慣だ。

それなのにまた二人には、
ひどく浮気な心があつて、

いちばん自然な愛の気持を、
時にうるさく思ふのだ。

佳い香水のかほりより、
病院の、あはい匂ひに慕ひよる。

そこでいちばん親しい二人が、
時にいちばん憎みあふ。

そしてあとでは得態(えたい)の知れない
悔の気持に浸るのだ。

あゝ、二人には浮気があつて、
それが真実《ほんと》を見えなくしちまう。

佳い香水のかほりより、
病院の、あはい匂ひに慕いよる。
 
※「新編中原中也全集」より。《》内のルビは原作者本人によるもの、( )内は角川全集編集委員
によるものです。

「新字・新かな」表記を以下に掲出しておきます。

あばずれ女の亭主が歌った
 
おまえはおれを愛してる、一度とて
おれを憎んだためしはない。

おれもおまえを愛してる。前世から
さだまっていたことのよう。

そして二人の魂は、不識《しらず》に温和に愛し合う
もう長年の習慣だ。

それなのにまた二人には、
ひどく浮気な心があって、

いちばん自然な愛の気持を、
時にうるさく思うのだ。

佳(よ)い香水のかおりより、
病院の、あわい匂いに慕いよる。

そこでいちばん親しい二人が、
時にいちばん憎みあう。

そしてあとでは得態(えたい)の知れない
悔の気持に浸るのだ。

ああ、二人には浮気があって、
それが真実《ほんと》を見えなくしちまう。

佳い香水のかおりより、
病院の、あわい匂いに慕いよる。

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