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2021年7月26日 (月)

再掲載/2012年12月15日 (土) 「永訣の秋」愛児文也のわかれ・「また来ん春……」2

(前回からつづく)

中原中也が第2詩集の編集をはじめたことを確定する
具体的資料は実のところなんら残存しません。
「山羊の歌」出版以後に詩人が著(あら)わした日記や書簡にも
編集を開始したという明確な記述は見つかっていません。

つまり全ては
日記や書簡などを参考にして立てられた仮説です。

日記、書簡は詩人本人が書いたものですから第一級の資料ですが
そこに何の記述もないときに
どのような方法で仮説が立てられたか――。

その方法が新全集に明らかにされていますからそれを読むと
推理小説を読むようなスリルとサスペンスに満ちた記述に出会いますが
その記述は文学的立場から逸脱(いつだつ)しない
あくまで実証的手法による考証・校訂に基いています。

それはすでに旧全集(大岡昇平、吉田凞生、中村稔)でとられた方法でしたが
新全集(新たに、宇佐美斉、佐々木幹郎が参加)は旧全集の成果の上に
いくつかの修正や再発見を取り入れて
よりいっそう綿密な記述へと再構築しました。

新旧全集ともに最も有力な手掛かりとしたのは
原稿用紙の種類とそこに書かれた内容で
これらから使用時期を検討し編集時期を推定、
全編集期間を5期間に分類し
それぞれの期間の特徴を分析しました。

その5期間を
ざっと眺めてみますと

第1次編集期 昭和11年前半
第2次編集期 昭和11年後半
第3次編集期 昭和12年春
第4次編集期 昭和12年夏
第5次編集期 昭和12年秋

――となります。
 
第2次編集期と第3次編集期の間に
長男文也の死がありました。

(つづく)

また来ん春……
 
また来ん春と人は云ふ
しかし私は辛いのだ
春が来たつて何になろ
あの子が返つて来るじやない

おもへば今年の五月には
おまへを抱いて動物園
象を見せても猫《にやあ》といひ
鳥を見せても猫《にやあ》だつた

最後に見せた鹿だけは
角によつぽど惹かれてか
何とも云はず 眺めてた

ほんにおまへもあの時は
此の世の光のたゞ中に
立つて眺めてゐたつけが……
 
※「新編中原中也全集」より。《 》で示したルビは、原作者本人によるものです。

「新字・新かな」表記を以下に掲出しておきます。

また来ん春……
 
また来ん春と人は云う
しかし私は辛いのだ
春が来たって何になろ
あの子が返って来るじゃない

おもえば今年の五月には
おまえを抱いて動物園
象を見せても猫《にゃあ》といい
鳥を見せても猫《にゃあ》だった

最後に見せた鹿だけは
角によっぽど惹かれてか
何とも云わず 眺めてた

ほんにおまえもあの時は
此の世の光のただ中に
立って眺めていたっけが……

 

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