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2021年7月 4日 (日)

再掲載/2012年11月 5日 (月) 「永訣の秋」の月光詩群・「月夜の浜辺」4・生きているうちに読んでおきたい名作たち

(前回からつづく)

ボタンは月夜の浜辺で
拾われるべくして拾われた――。

どうもそのような必然性を感じさせる訳の一つは
この詩「月夜の浜辺」に
風景の描写というものがなく
ルフランが畳みかけるように繰り返される
詩のつくりにあるようです。

この詩をよく見ると
全17行のうち12行がルフランです。
12行がルフランを構成する行です。

第1連と第3連、
月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

第2連第1、2行と第4連第1、2行、
それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが

第2連第4行と第4連第4行
僕はそれを、袂に入れた。

第5連第1行と第6連第1行、
月夜の晩に、拾つたボタンは

――とそれぞれ繰り返されるのです。

月に向つてそれは抛《はふ》れず
浪に向つてそれは抛れず
――の2行をルフランと考えることもできます。

となれば、繰り返されないのは、

なぜだかそれを捨てるに忍びず
指先に沁《し》み、心に沁《し》みた。
どうしてそれが、捨てられようか?

――の3行だけということになります。

この繰り返しによって
月夜とボタンが強調され
風景は遠のいていきます。

月夜とボタンは切っても切れない関係になり、
必然のような関係になります。

僕=月夜=ボタンの関係だけが
浮き彫りになります。

(つづく)

月夜の浜辺
 
月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂《たもと》に入れた。

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
   月に向つてそれは抛《はふ》れず
   浪に向つてそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。

月夜の晩に、拾つたボタンは
指先に沁《し》み、心に沁《し》みた。

月夜の晩に、拾つたボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?
 
※「新編中原中也全集」より。《》で示したルビは、原作者本人によるものです。

「新字・新かな」表記を以下に掲出しておきます。

月夜の浜辺
 
月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちていた。

それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂《たもと》に入れた。

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちていた。

それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけでもないが
   月に向ってそれは抛《ほう》れず
   浪に向ってそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。

月夜の晩に、拾ったボタンは
指先に沁《し》み、心に沁《し》みた。

月夜の晩に、拾ったボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?

 

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