再掲載/2012年11月 5日 (月) 「永訣の秋」の月光詩群・「月夜の浜辺」4・生きているうちに読んでおきたい名作たち
(前回からつづく)
ボタンは月夜の浜辺で
拾われるべくして拾われた――。
どうもそのような必然性を感じさせる訳の一つは
この詩「月夜の浜辺」に
風景の描写というものがなく
ルフランが畳みかけるように繰り返される
詩のつくりにあるようです。
◇
この詩をよく見ると
全17行のうち12行がルフランです。
12行がルフランを構成する行です。
第1連と第3連、
月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。
第2連第1、2行と第4連第1、2行、
それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
第2連第4行と第4連第4行
僕はそれを、袂に入れた。
第5連第1行と第6連第1行、
月夜の晩に、拾つたボタンは
――とそれぞれ繰り返されるのです。
月に向つてそれは抛《はふ》れず
浪に向つてそれは抛れず
――の2行をルフランと考えることもできます。
となれば、繰り返されないのは、
なぜだかそれを捨てるに忍びず
指先に沁《し》み、心に沁《し》みた。
どうしてそれが、捨てられようか?
――の3行だけということになります。
◇
この繰り返しによって
月夜とボタンが強調され
風景は遠のいていきます。
月夜とボタンは切っても切れない関係になり、
必然のような関係になります。
僕=月夜=ボタンの関係だけが
浮き彫りになります。
(つづく)
*
月夜の浜辺
月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。
それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂《たもと》に入れた。
月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。
それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
月に向つてそれは抛《はふ》れず
浪に向つてそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。
月夜の晩に、拾つたボタンは
指先に沁《し》み、心に沁《し》みた。
月夜の晩に、拾つたボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?
※「新編中原中也全集」より。《》で示したルビは、原作者本人によるものです。
◇
「新字・新かな」表記を以下に掲出しておきます。
月夜の浜辺
月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちていた。
それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂《たもと》に入れた。
月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちていた。
それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけでもないが
月に向ってそれは抛《ほう》れず
浪に向ってそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。
月夜の晩に、拾ったボタンは
指先に沁《し》み、心に沁《し》みた。
月夜の晩に、拾ったボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?
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