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2021年7月10日 (土)

再掲載/2012年11月13日 (火) 「永訣の秋」の街へのわかれ・「正午」4・生きているうちに読んでおきたい名作たち

(前回からつづく)

「正午」の第8行

なんのおのれが桜かな、桜かな桜かな

――は、まるで詩人が見ている月給取りの呟(つぶや)きであるかのようです。

この行に来て
月給取りと詩人はオーバーラップし
心理的にもシンクロし
桜かな、桜かな、と唱和しているかのようです。

詩人のこの視線をどこかで見た覚えがあって
それはなにかと辿(たど)ってみれば

その脣(くちびる)は胠(ひら)ききって
その心は何か悲しい。
頭が暗い土塊(つちくれ)になって、
ただもうラアラア唱ってゆくのだ。

――という「都会の夏の夜」の一節でした。

この詩にある「何か悲しい」に似て
「正午」の詩人は
ビルからゾロゾロゾロゾロ出てくる月給取りたちを
「愛しい=かなしい」眼で見ていると感じられてなりません。

正午のサイレンを聞くサラリーマンは
解放された小鳥さながら
ぷらーりぷらーりと脱力した腕を振って
空を見上げたり地面を見たり
この世の春を楽しんでいるかのようでさえあります。

その心を詩人は
この「とき」になって理解したのです!

この「とき」、月給取りたちが
なんのおのれが桜かなと歌うのが聞えてきました。

では、詩人にもサイレンは
解放を告げる音色として聞こえていたのでしょうか?

一面、そういう音色でもあったはずですが
一面、その反対でもあったはずです。

「わかれ」は
悲喜こもごも。

危急を告げる音色でもあり
胸を締めつける音色でもあり
肩の荷が下りる音色でもあった

しかし、いま
万感の思いはサイレンの音色とともに
丸の内ビルディングの空の彼方(かなた)へ
木霊(こだま)しつつ消えていきます。

(この項終わり)

正 午
       丸ビル風景
  
あゝ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだ
ぞろぞろぞろぞろ出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
月給取の午休(ひるやす)み、ぷらりぷらりと手を振つて
あとからあとから出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
大きなビルの真ッ黒い、小ッちやな小ッちやな出入口
空はひろびろ薄曇り、薄曇り、埃りも少々立つてゐる
ひよんな眼付で見上げても、眼を落としても……
なんのおのれが桜かな、桜かな桜かな
あゝ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだ
ぞろぞろぞろぞろ、出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
大きなビルの真ッ黒い、小ッちやな小ッちやな出入口
空吹く風にサイレンは、響き響きて消えてゆくかな
 
※「新編中原中也全集」より。( )で示したルビは、全集編集員会によるものです。

「新字・新かな」表記を以下に掲出しておきます。

正 午
       丸ビル風景
  
ああ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだ
ぞろぞろぞろぞろ出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
月給取の午休(ひるやす)み、ぷらりぷらりと手を振って
あとからあとから出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
大きなビルの真ッ黒い、小ッちゃな小ッちゃな出入口
空はひろびろ薄曇り、薄曇り、埃りも少々立っている
ひょんな眼付で見上げても、眼を落としても……
なんのおのれが桜かな、桜かな桜かな
ああ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだ
ぞろぞろぞろぞろ、出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
大きなビルの真ッ黒い、小ッちゃな小ッちゃな出入口
空吹く風にサイレンは、響き響きて消えてゆくかな

 

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