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2021年7月 1日 (木)

再掲載/2012年10月31日 (水)「幻影」の過去形ナレーション2・生きているうちに読んでおきたい名作たち

(前回からつづく)

ナレーションの形をとることによって
詩人の歌おうとする詩世界は
詩人から一定の距離が置かれることになり
読者はナレーターの口を通じて
詩人のメッセージなり歌なりを聴くことになります。

詩人の赤裸々な内面や心の中は
ワンクッション置かれることになり
読者と作者との間にも一定の距離が置かれることになるため
読者はある意味で安心して詩を味わう姿勢を得ることができます。

これを物語の詩と呼ぶことができるなら
「一つのメルヘン」も「幻影」も
そのグループに入ることでしょう。

二つの詩は
過去形「でした」が
その物語を語る口調として使われ
絶妙な味を出している例です。

ですから
この二つの詩は切り離して読むことよりも
ペアの作品として読むと
新たに見えてくるものがあります。

それにしても

私の頭の中には、いつの頃からか、
薄命そうなピエロがひとり棲んでいて、
それは、紗(しゃ)の服なんかを着込んで、
そして、月光を浴びているのでした。

――と、「私の頭の中」に現われるピエロは
「一つのメルヘン」の蝶の化身のように思えませんか?

水無し川の小石に舞い降り
淡く、くっきりとした影を落としていた蝶は
しばらくして消えてしまい
蝶が消えた途端に
川床に水が流れ出す。

水が流れ出すための触媒の役を果たすのですが
水が流れはじめたことの驚きや斬新な気持ちが強くて
蝶の「その後」などに関心がいくはずもなく
メルヘンは完結したかのようでした。

しかし、水が流れ出しただけのことで
物語はまだなにもはじまっていません。
そこで詩人は
物語の続き(内容)を「幻影」という詩に託した――。

「幻影」を
このように読むのは
あまりにも荒唐無稽(こうとうむけい)というものでしょうか?

(この項終わり)

幻 影
 
私の頭の中には、いつの頃からか、
薄命さうなピエロがひとり棲んでゐて、
それは、紗(しゃ)の服かなんかを着込んで、
そして、月光を浴びてゐるのでした。

ともすると、弱々しげな手付をして、
しきりと 手真似をするのでしたが、
その意味が、つひぞ通じたためしはなく、
あはれげな 思いをさせるばつかりでした。

手真似につれては、唇(くち)も動かしてゐるのでしたが、
古い影絵でも見ているやう――
音はちつともしないのですし、
何を云つてるのかは 分りませんでした。

しろじろと身に月光を浴び、
あやしくもあかるい霧の中で、
かすかな姿態をゆるやかに動かしながら、
眼付ばかりはどこまでも、やさしさうなのでした。

※「新編中原中也全集」より。( )で示したルビは、全集編集委員会によるものです。

「新字・新かな」表記を以下に掲出しておきます。

幻 影
 
私の頭の中には、いつの頃からか、
薄命そうなピエロがひとり棲んでいて、
それは、紗(しゃ)の服なんかを着込んで、
そして、月光を浴びているのでした。

ともすると、弱々しげな手付をして、
しきりと 手真似をするのでしたが、
その意味が、ついぞ通じたためしはなく、
あわれげな 思いをさせるばっかりでした。

手真似につれては、唇《くち》も動かしているのでしたが、
古い影絵でも見ているよう――
音はちっともしないのですし、
何を云ってるのかは 分りませんでした。

しろじろと身に月光を浴び、
あやしくもあかるい霧の中で、
かすかな姿態をゆるやかに動かしながら、
眼付ばかりはどこまでも、やさしそうなのでした。

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