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2021年7月12日 (月)

再掲載/2012年11月18日 (日) 「永訣の秋」京都のわかれ・「ゆきてかえらぬ」3・生きているうちに読んでおきたい名作たち

(前回からつづく)

「ゆきてかえらぬ」の第8連で

 名状しがたい何物かが、たえず僕をば促進し、目的もない僕ながら、希望は胸に高鳴っていた。

――と京都での一人暮らしの実態を総括的に回顧した詩人は
そこで終ったはずの詩に加えるようにして
最終連を記しました。

 林の中には、世にも不思議な公園があって、不気味な程にもにこやかな、女や子供、男達散歩していて、僕に分らぬ言語を話し、僕に分らぬ感情を、表情していた。
 さてその空には銀色に、蜘蛛《くも》の巣が光り輝いていた。

――それがこの3行です。

第1連から第8連までを
簡約にしたかのような詩句です。

「林」とは、京都の街そのものでありましょう。
「公園」とは、近辺の知人友人隣人たちとの交流圏のことでありましょう。

最終行「さて」以下のフレーズに
この詩の最大のポイントがあります。

空に、銀色に光り輝く、蜘蛛の巣。

蜘蛛の巣があり
蜘蛛のイメージは見えませんが
巣の奥に蜘蛛は潜んでいる。

ひっそりとしていて
確固としていて
不気味で
得体の知れない
恐ろしいような
俗から超然として
しぶとい生命力のある
魔物のような
人を魅惑する存在――。

不気味なほどにもにこやかな
女や子供、男達散歩していて
僕に分らぬ言語を話し
僕に分らぬ感情を、表情していた
世にも不思議な公園の中にいた
孤絶した詩人が発見したものが
銀色に輝く蜘蛛の巣でした。

外側から蜘蛛の巣を見ただけで
その中の世界がどんなものか
明確に見たわけではありませんが
目の覚めるような銀色の輝きに
詩人は「生」そのものを見たに違いありません。

(つづく)

ゆきてかへらぬ
      ――京 都――

 僕は此の世の果てにゐた。陽は温暖に降り洒《そそ》ぎ、風は花々揺つてゐた。

 木橋の、埃りは終日、沈黙し、ポストは終日赫々《あかあか》と、風車を付けた乳母車、いつも街上に停つてゐた。

 棲む人達は子供等は、街上に見えず、僕に一人の縁者《みより》なく、風信機《かざみ》の上の空の色、時々見るのが仕事であつた。

 さりとて退屈してもゐず、空気の中には蜜があり、物体ではないその蜜は、常住食すに適してゐた。

 煙草くらゐは喫つてもみたが、それとて匂ひを好んだばかり。おまけに僕としたことが、戸外でしか吹かさなかつた。

 さてわが親しき所有品《もちもの》は、タオル一本。枕は持つていたとはいえ、布団ときたらば影だになく、歯刷子《はぶらし》くらゐは持つてもいたが、たつた一冊ある本は、中に何も書いてはなく、時々手にとりその目方、たのしむだけのものだつた。

 女たちは、げに慕はしいのではあつたが、一度とて、会いに行かうと思はなかつた。夢みるだけで沢山だつた。

 名状しがたい何物かゞ、たえず僕をば促進し、目的もない僕ながら、希望は胸に高鳴つてゐた。

        *           *
              *

 林の中には、世にも不思議な公園があつて、無気味な程にもにこやかな、女や子供、男達散歩してゐて、僕に分らぬ言語を話し、僕に分らぬ感情を、表情してゐた。
 さてその夜には銀色に、蜘蛛《くも》の巣が光り輝いてゐた。

 
※「新編中原中也全集」より。《》で示したルビは、原作者本人によるものです。

「新字・新かな」表記を以下に掲出しておきます。

ゆきてかえらぬ
      ――京 都――

 僕は此の世の果てにいた。陽は温暖に降り洒《そそ》ぎ、風は花々揺っていた。

 木橋の、埃りは終日、沈黙し、ポストは終日赫々《あかあか》と、風車を付けた乳母車、いつも街上に停っていた。

 棲む人達は子供等は、街上に見えず、僕に一人の縁者《みより》なく、風信機《かざみ》の上の空の色、時々見るのが仕事であった。

 さりとて退屈してもいず、空気の中には蜜があり、物体ではないその蜜は、常住食)すに適していた。

 煙草くらいは喫ってもみたが、それとて匂いを好んだばかり。おまけに僕としたことが、戸外でしか吹かさなかった。

 さてわが親しき所有品《もちもの》は、タオル一本。枕は持っていたとはいえ、布団ときたらば影だになく、歯刷子《はぶらし》くらいは持ってもいたが、たった一冊ある本は、中に何も書いてはなく、時々手にとりその目方、たのしむだけのものだった。

 女たちは、げに慕わしいのではあったが、一度とて、会いに行こうと思わなかった。夢みるだけで沢山だった。

 名状しがたい何物かが、たえず僕をば促進し、目的もない僕ながら、希望は胸に高鳴っていた。

        *           *
              *

 林の中には、世にも不思議な公園があって、無気味な程にもにこやかな、女や子供、男達散歩していて、僕に分らぬ言語を話し、僕に分らぬ感情を、表情していた。
 さてその空には銀色に、蜘蛛《くも》の巣が光り輝いていた。

 

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