再掲載/2012年12月31日 (月) 「永訣の秋」愛児文也のわかれ・「春日狂想」4
(前回からつづく)
「春日狂想」の
コロスの合唱を思わせる
《まことに人生、一瞬の夢、
ゴム風船の、美しさかな。》
――にある「まことに人生」という詩句は
地の声の「まことに人生」に引き取られて
まことに人生、花嫁御寮
まことに、人生、花嫁御寮
――と歌われる構造になっていることがわかってきます。
2のこの後半部分は
テンポ正しい散歩の途中で
誰だか親しい友人だか古い知人だか
しばらく会っていなかった人にばったり出くわし
喫茶店に入ってコーヒーを飲みながら話すシーンですが
このシーンへの導入となる
空に昇って、光って、消えて――
やあ、今日は、御機嫌いかが。
――にははじめ少し戸惑いますが
やがてなるほどなるほどと合点のいく流れを理解する
最大のヤマです。
◇
やあ、今日は、と語るのは
誰であり誰に対してであるのか
詩人の友達が詩人に語っているのかその逆か
友達ではなく
幻想の長谷川泰子がここに出てきて
やあ、しばらくと駆け寄ってきたのか
いや、これは文也がゴム風船に乗ってやってきて
詩人に語りかけているのだ
……などとあれやこれや考えてしまいますが
どうやらこれを語っているのは
詩人その人でありそうなことが
この語り口が堅苦しい感じで
普段の詩人らしくないことからわかってきます。
律儀(りちぎ)すぎる人に
詩人がなっている感じが
かえって詩人であることを明かしているのです。
◇
詩人は
奉仕の気持ちを望んだのですから
その自分を揶揄(やゆ)するつもりはありません。
その詩人の目に
突如、花嫁行列が見えたのです!
実際に行列が通ったのを見たのかどうか
馬車も通れば、電車も通る。
まことに人生、花嫁御寮。
――とありますから
単なる馬車であり、単なる電車(これは江ノ電か)だったのですが
それが花嫁御寮に見えるイマジネーション(感慨)が湧いたのです。
◇
まことに人生、一瞬の夢、
ゴム風船の、美しさかな。
――が
まことに人生、花嫁御寮。
――にこうしてクロスオーバーします。
◇
2の後半部には
説明らしきものはありません。
テンポ正しき散歩が俄然乱れたような印象がありますが
この乱れこそこの詩が目指しているものです。
(つづく)
*
春日狂想
1
愛するものが死んだ時には、
自殺しなけあなりません。
愛するものが死んだ時には、
それより他に、方法がない。
けれどもそれでも、業(ごう)(?)が深くて、
なおもながらうことともなつたら、
奉仕の気持に、なることなんです。
奉仕の気持に、なることなんです。
愛するものは、死んだのですから、
たしかにそれは、死んだのですから、
もはやどうにも、ならぬのですから、
そのもののために、そのもののために、
奉仕の気持に、ならなけあならない。
奉仕の気持に、ならなけあならない。
2
奉仕の気持になりはなつたが、
さて格別の、ことも出来ない。
そこで以前《せん》より、本なら熟読。
そこで以前《せん》より、人には丁寧。
テンポ正しき散歩をなして
麦稈真田《ばつかんさなだ》を敬虔(けいけん)に編み――
まるでこれでは、玩具《おもちゃ》の兵隊、
まるでこれでは、毎日、日曜。
神社の日向を、ゆるゆる歩み、
知人に遇(あ)へば、につこり致し、
飴売爺々(あめうりじじい)と、仲よしになり、
鳩に豆なぞ、パラパラ撒いて、
まぶしくなつたら、日蔭に這入(はい)り、
そこで地面や草木を見直す。
苔はまことに、ひんやりいたし、
いはうやうなき、今日の麗日。
参詣人等もぞろぞろ歩き、
わたしは、なんにも腹が立たない。
《まことに人生、一瞬の夢、
ゴム風船の、美しさかな。》
空に昇つて、光つて、消えて――
やあ、今日は、御機嫌いかが。
久しぶりだね、その後どうです。
そこらの何処(どこ)かで、お茶でも飲みましよ。
勇んで茶店に這入りはすれど、
ところで話は、とかくないもの。
煙草なんぞを、くさくさ吹かし、
名状しがたい覚悟をなして、――
戸外《そと》はまことに賑やかなこと!
――ではまたそのうち、奥さんによろしく、
外国《あつち》に行つたら、たよりを下さい。
あんまりお酒は、飲まんがいいよ。
馬車も通れば、電車も通る。
まことに人生、花嫁御寮。
まぶしく、美《は)》しく、はた俯(うつむ)いて、
話をさせたら、でもうんざりか?
それでも心をポーツとさせる、
まことに、人生、花嫁御寮。
3
ではみなさん、
喜び過ぎず悲しみ過ぎず、
テンポ正しく、握手をしませう。
つまり、我等に欠けてるものは、
実直なんぞと、心得まして。
ハイ、ではみなさん、ハイ、御一緒に――
テンポ正しく、握手をしませう。
※「新編中原中也全集」より。《 》で示したルビは原作者本人、( )で示したルビは全集編集委員会によるものです。
◇
「新字・新かな」表記を以下に掲出しておきます。
春日狂想
1
愛するものが死んだ時には、
自殺しなきゃあなりません。
愛するものが死んだ時には、
それより他に、方法がない。
けれどもそれでも、業(ごう)(?)が深くて、
なおもながろうことともなったら、
奉仕の気持に、なることなんです。
奉仕の気持に、なることなんです。
愛するものは、死んだのですから、
たしかにそれは、死んだのですから、
もはやどうにも、ならぬのですから、
そのもののために、そのもののために、
奉仕の気持に、ならなきゃあならない。
奉仕の気持に、ならなきゃあならない。
2
奉仕の気持になりはなったが、
さて格別の、ことも出来ない。
そこで以前《せん》より、本なら熟読。
そこで以前《せん》より、人には丁寧。
テンポ正しき散歩をなして
麦稈真田《ばっかんさなだ》を敬虔(けいけん)に編み――
まるでこれでは、玩具《おもちゃ》の兵隊、
まるでこれでは、毎日、日曜。
神社の日向を、ゆるゆる歩み、
知人に遇(あ)えば、にっこり致し、
飴売爺々(あめうりじじい)と、仲よしになり、
鳩に豆なぞ、パラパラ撒いて、
まぶしくなったら、日蔭に這入(はい)り、
そこで地面や草木を見直す。
苔はまことに、ひんやりいたし、
いわうようなき、今日の麗日。
参詣人等もぞろぞろ歩き、
わたしは、なんにも腹が立たない。
《まことに人生、一瞬の夢、
ゴム風船の、美しさかな。》
空に昇って、光って、消えて――
やあ、今日は、御機嫌いかが。
久しぶりだね、その後どうです。
そこらの何処(どこ)かで、お茶でも飲みましょ。
勇んで茶店に這入りはすれど、
ところで話は、とかくないもの。
煙草なんぞを、くさくさ吹かし、
名状しがたい覚悟をなして、――
戸外《そと》はまことに賑やかなこと!
――ではまたそのうち、奥さんによろしく、
外国《あっち》に行ったら、たよりを下さい。
あんまりお酒は、飲まんがいいよ。
馬車も通れば、電車も通る。
まことに人生、花嫁御寮。
まぶしく、美《は)》しく、はた俯(うつむ)いて、
話をさせたら、でもうんざりか?
それでも心をポーッとさせる、
まことに、人生、花嫁御寮。
3
ではみなさん、
喜び過ぎず悲しみ過ぎず、
テンポ正しく、握手をしましょう。
つまり、我等に欠けてるものは、
実直なんぞと、心得まして。
ハイ、ではみなさん、ハイ、御一緒に――
テンポ正しく、握手をしましょう。
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