再掲載/2012年11月21日 (水) 「永訣の秋」女のわかれ・「あばずれ女の亭主が歌った」・生きているうちに読んでおきたい名作たち
「ゆきてかえらぬ」の第7連には
女たちは、げに慕わしいのではあったが、一度とて、会いに行こうと思わなかった。夢みるだけで沢山だった。
――と、「女たち」との付き合いが記され、
最終連には
林の中には、世にも不思議な公園があって、無気味な程にもにこやかな、女や子供、男達散歩していて、僕に分らぬ言語を話し、僕に分らぬ感情を、表情していた。
――と、「女や子供、男達」が公園を散歩する光景が記されますが
ここに登場する「女たち」や「女」に
長谷川泰子の面影(おもかげ)がないような感じがしませんか?
この詩「ゆきてかえらぬ」に
長谷川泰子の匂いがしないのは
街としての京都とか
京都に住んでいた期間(=京都時代)とのわかれを歌った(=客体化した)からで
「女のわかれ」を主題にしたものではなかったからです。
◇
そのために
「女のわかれ」を歌った一群の詩が
「永訣の秋」の中に配置されます。
その一つが
「あばずれ女の亭主が歌った」で
ほかには「米子」があり
「或る男の肖像」や「村の時計」も
元を辿(たど)ると
「女のわかれ」のグループに入れておかしくない作品であることが見えだします。
◇
「あばずれ女の亭主が歌った」は
もろに長谷川泰子と詩人を歌った詩ですが
ここにきて
詩人は自分を「おれ」と呼び
泰子を「おまえ」と呼び
「すれっからしの二人」と眺めやる距離感には
目から鱗(うろこ)が落ちたような的確さがあります。
泰子を
「あばずれ女」にしてしまい
自分をその「亭主」と見立てる眼(まなこ)は
「ゆきてかえらぬ」京都(時代)にはなかったもので
上京後にもなかったもので
晩年のここにきて自(おの)ずと獲得されたはずのものです。
詩人は
泰子との長い年月にわたる「恋愛」にわかれを告げ
「恋」というよりは「愛」の一つの形として
「あばずれ女とその亭主」という関係(呼び方)が
ベストであることを自然に感じ取ったのでした。
(つづく)
*
あばずれ女の亭主が歌つた
おまへはおれを愛してる、一度とて
おれを憎んだためしはない。
おれもおまへを愛してる。前世から
さだまつてゐたことのやう。
そして二人の魂は、不識《しらず》に温和に愛し合ふ
もう長年の習慣だ。
それなのにまた二人には、
ひどく浮気な心があつて、
いちばん自然な愛の気持を、
時にうるさく思ふのだ。
佳い香水のかほりより、
病院の、あはい匂ひに慕ひよる。
そこでいちばん親しい二人が、
時にいちばん憎みあふ。
そしてあとでは得態(えたい)の知れない
悔の気持に浸るのだ。
あゝ、二人には浮気があつて、
それが真実《ほんと》を見えなくしちまう。
佳い香水のかほりより、
病院の、あはい匂ひに慕いよる。
※「新編中原中也全集」より。《》内のルビは原作者本人によるもの、( )内は角川全集編集委員によるものです。
◇
「新字・新かな」表記を以下に掲出しておきます。
*
あばずれ女の亭主が歌った
おまえはおれを愛してる、一度とて
おれを憎んだためしはない。
おれもおまえを愛してる。前世から
さだまっていたことのよう。
そして二人の魂は、不識《しらず》に温和に愛し合う
もう長年の習慣だ。
それなのにまた二人には、
ひどく浮気な心があって、
いちばん自然な愛の気持を、
時にうるさく思うのだ。
佳(よ)い香水のかおりより、
病院の、あわい匂いに慕いよる。
そこでいちばん親しい二人が、
時にいちばん憎みあう。
そしてあとでは得態(えたい)の知れない
悔の気持に浸るのだ。
ああ、二人には浮気があって、
それが真実《ほんと》を見えなくしちまう。
佳い香水のかおりより、
病院の、あわい匂いに慕いよる。
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