再掲載/2012年11月 9日 (金) 「永訣の秋」の月光詩群・真昼のような「月の光」2・生きているうちに読んでおきたい名作たち
(前回からつづく)
死んだ子どもが隠れていたり(その一)
蛍のように蹲(しゃが)んでいたり(その二)する一方で
チルシスとアマントが
ギターをほっぽりだしたままコソコソ話している庭
――という舞台装置が不可思議な感じですが
いつしかその不可思議な詩世界に読者は入り込んでいます。
ここは庭です。
詩人の庭なのでしょう。
◇
「月の光」に登場する
チルシスとアマントは
ポール・ベルレーヌの第2詩集とされる「艶(なまめ)かしき宴」に出てくる
一種のトリックスターですが
中原中也はなぜまたここにこれらの「いたずら者」を呼び出したのでしょうか?
チルシスもアマントも
なんとなく元気がなく
今夜ばかりは得意のギターを弾く気がしないらしく
ひそひそ話しをするだけです。
死んだ子へと接近するわけでもなく
チルシスとアマントは
舞台中央の芝生にとどまっています。
ああ、子どもにギターを弾いてやってくれないか
――という詩人の声が
月光下の沈黙の世界から聞えてくるかのようです。
◇
「その一」と「その二」はほとんど同じ内容で
表現を考えているうちに
捨てるに捨てられない作品ができてしまって
二つの詩にしたことが推測できますが
これはあくまで推測です。
違いをあえて言えば
「その一」にはルフランがあり
「その二」にはルフランがない、ということほどのことでしょうか。
◇
「永訣の秋」で「月の光」は
「月夜の浜辺」「また来ん春……」につづいて配置され
「冬の長門峡」や「春日狂想」が続いていますが
これらの作品が生まれた頃には
愛息文也の死という経験があったことを
もはや知らないで読むことはできません。
「月の光」の不可思議な世界が
妙にリアルで妙に幻のようなのは
このあたりのところから生じています。
(つづく)
*
月の光 その一
月の光が照つてゐた
月の光が照つてゐた
お庭の隅の草叢《くさむら》に
隠れているのは死んだ児だ
月の光が照つてゐた
月の光が照つてゐた
おや、チルシスとアマントが
芝生の上に出て来てる
ギタアを持つては来てゐるが
おつぽり出してあるばかり
月の光が照つてゐた
月の光が照つてゐた
*
月の光 その二
おゝチルシスとアマントが
庭に出て来て遊んでる
ほんに今夜は春の宵
なまあつたかい靄(もや)もある
月の光に照らされて
庭のベンチの上にゐる
ギタアがそばにはあるけれど
いつかう弾き出しさうもない
芝生のむかふは森でして
とても黒々してゐます
おゝチルシスとアマントが
こそこそ話してゐる間
森の中では死んだ子が
蛍のやうに蹲(しやが)んでる
※「新編中原中也全集」より。《 》は原作者、( )は全集編集委員会によるルビです。
◇
「新字・新かな」表記を以下に掲出しておきます。
月の光 その一
月の光が照っていた
月の光が照っていた
お庭の隅の草叢《くさむら》に
隠れているのは死んだ児だ
月の光が照っていた
月の光が照っていた
おや、チルシスとアマントが
芝生の上に出て来てる
ギタアを持っては来ているが
おっぽり出してあるばかり
月の光が照っていた
月の光が照っていた
*
月の光 その二
おおチルシスとアマントが
庭に出て来て遊んでる
ほんに今夜は春の宵
なまあったかい靄(もや)もある
月の光に照らされて
庭のベンチの上にいる
ギタアがそばにはあるけれど
いっこう弾き出しそうもない
芝生のむこうは森でして
とても黒々しています
おおチルシスとアマントが
こそこそ話している間
森の中では死んだ子が
蛍のように蹲(しゃが)んでる
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