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2021年7月16日 (金)

再掲載/2012年11月26日 (月) 「永訣の秋」女のわかれ2・「或る男の肖像」・生きているうちに読んでおきたい名作たち

「或る男の肖像」は

1、2、3の番号が振られた3部仕立ての短詩ですが
1と2、3との間のつながりが見えにくい断片のような作品です。

1に現われる「洋行帰りのその男」が
タイトルの「或る男」であり
2、3に現われる「彼と彼女」の「彼」でもあるらしいのですが
「その男」は1で死んでいます。

死んだ男について回想した詩ということになりますが
同時に「その男」と同一の人物であるらしい「彼」が
「彼女」と別れたとき(=秋)を歌った詩でもあります。

彼と彼女は別れたのですが
そんなことどこにも書かれておらず
それらしいのは

彼は戸外に出て行った(2)
彼女は壁の中へ這入ってしまった(3)

――とあるところだけです。

長谷川泰子が中原中也と暮らしていた住まいの荷物をたたんで
小林秀雄の住まいへ引っ越したのは
大正14年(1925年)11月のある日のことでした

折りあるごとに
詩人はこの「11月の事件」を
詩にしたり小説にしたり日記に書いたりもしていますが
「或る男の肖像」もその一つと言えそうです。

「永訣の秋」にも
「11月の事件」にかかわる詩を配置したということになります。

(つづく)

或る男の肖像
 
   1
洋行帰りのその洒落者(しゃれもの)は、
齢をとつても髪に緑の油をつけてた。

夜毎喫茶店にあらはれて、
其処(そこ)の主人と話してゐる様はあはれげであつた。

死んだと聞いてはいつそうあはれであつた。

   2
      ――幻滅は鋼《はがね》のいろ。

髪毛の艶《つや》と、ランプの金との夕まぐれ
庭に向つて、開け放たれた戸口から、
彼は戸外に出て行つた。

剃りたての、頚条《うなじ》も手頸《てくび》も
どこもかしこもそはそはと、
寒かつた。

開け放たれた戸口から
悔恨は、風と一緒に容赦なく
吹込んでゐた。

読書も、しむみりした恋も、
暖かいお茶も黄昏《たそがれ》の空とともに
風とともにもう其処にはなかつた。

   3

彼女は
壁の中へ這入(はい)つてしまつた。
それで彼は独り、
部屋で卓子《テーブル》を拭いてゐた。
 

「新字・新かな」表記を以下に掲出しておきます。

或る男の肖像
 
   1
洋行帰りのその洒落者(しゃれもの)は、
齢をとっても髪に緑の油をつけてた。

夜毎喫茶店にあらわれて、
其処(そこ)の主人と話している様はあわれげであった。

死んだと聞いてはいっそうあわれであった。

   2
      ――幻滅は鋼《はがね》のいろ。

髪毛の艶《つや》と、ランプの金との夕まぐれ
庭に向って、開け放たれた戸口から、
彼は戸外に出て行った。

剃りたての、頚条《うなじ》も手頸《てくび》も
どこもかしこもそわそわと、
寒かった。

開け放たれた戸口から
悔恨は、風と一緒に容赦なく
吹込んでいた。

読書も、しんみりした恋も、
あたたかいお茶も黄昏《たそがれ》の空とともに
風とともにもう其処にはなかった。

   3

彼女は
壁の中へ這入(はい)ってしまった。
それで彼は独り、
部屋で卓子《テーブル》を拭いていた。
 
※「新編中原中也全集」より。《 》内のルビは原作者本人によるもの、( )内は全集編集委員会がつけたものです。

 

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