再掲載/2012年11月 6日 (火) 「永訣の秋」の月光詩群・「月夜の浜辺」5・生きているうちに読んでおきたい名作たち
(前回からつづく)
幾種類かのルフランが
畳みかけるように繰り返され
多声部の輪唱みたいな効果をあげる――。
このルフランに
輪をかけるのが7・7音、7・5音のリズムです。
◇
つきよのばんに―ボタンがひとつ
TuKiYoNoBaNNi―BoTaNGaHiToTu
●●●●●●●―●●●●●●●
7―7
なみうちぎわに―おちていた
NaMiUTiGiWaNi OTiTeITa
●●●●●●●―●●●●●
7―5
◇
破調も極めて少なく
整然とした7・7音を基調にしているため
声に出して何度も読んでいると
声に谺(こだま )が生まれ
あたかも男声の輪唱が聞こえてくるかのようです。
◇
使われている言葉も、
月夜
晩
ボタン
波打際
落ちる
拾う
役立てる
思う
捨てる
忍ぶ
袂(たもと)
抛(ほう)る
浪
向う
入れる
指先
心
沁(し)みる
――と、名詞、動詞で9割以上を占め
形容詞はいっさいなく
副詞(句)に、なぜだか、どうして、があるだけ!
◇
漢字を見ても、
袂(たもと)
抛(ほう)る
忍ぶ
沁(し)みる
――くらいが、やや難しいけれど
「忍(しの)ぶ」を除いて詩人が振ったルビがあります。
◇
難漢字を使わない、
形容詞が一つもないという
やさしい言葉使いであるとともに
月夜の晩に、ボタンが一つ 波打際に、落ちていた。
――という第1連を見るだけでも
「しゃべり言葉」と変わらない日常語です。
ほかの行もすべて日常語です!
きざっぽい文学表現はゼロです!
(つづく)
*
月夜の浜辺
月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。
それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂《たもと》に入れた。
月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。
それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
月に向つてそれは抛《はふ》れず
浪に向つてそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。
月夜の晩に、拾つたボタンは
指先に沁《し》み、心に沁《し》みた。
月夜の晩に、拾つたボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?
※「新編中原中也全集」より。《》で示したルビは、原作者本人によるものです。
◇
「新字・新かな」表記を以下に掲出しておきます。
月夜の浜辺
月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちていた。
それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂《たもと》に入れた。
月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちていた。
それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけでもないが
月に向ってそれは抛《ほう》れず
浪に向ってそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。
月夜の晩に、拾ったボタンは
指先に沁《し》み、心に沁《し》みた。
月夜の晩に、拾ったボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?
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