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2021年7月18日 (日)

再掲載/2012年12月 1日 (土) 「永訣の秋」存在のわかれ・「村の時計」1

「或る夜の幻想」のうち
「1 彼女の部屋」「3 彼女」は除外され
「2 村の時計」は同じタイトルで「村の時計」として
「4 或る男の肖像」「5 無題」「6 壁」は「或る男の肖像」として
独立した詩に仕立てられました。

「村の時計」は「永訣の秋」の中で
「月の光」と「冬の長門峡」の間に
「或る男の肖像」とともに配置されています。

原形詩「或る夜の幻想」の構造を知れば
詩人の意図が少し理解できた気がしますが、
もうすこし「村の時計」はなぜ「永訣の秋」に選ばれたのかを考えてみましょう。

なぜこの詩はここにあるのでしょうか?

「永訣の秋」のほかの作品とくらべて
どことなく影の薄い感じのするこの詩が
なぜここに選ばれたのでしょう。

「村の時計」を
何度も何度も読んでいると
ようやく浮かんでくることがあります。

どこか覚えのある存在――。
存在感のうすい存在――。

「永訣の秋」のページをめくれば
そのような存在がいくつかあるのに気づきます。

私の頭の中に棲んでいた薄命そうなピエロ(幻影)
遠い彼方で夕陽にけぶっていたフィトル(号笛)の音のように繊弱なあれ(言葉なき歌)
月夜の晩の浜辺に落ちていたボタン(月夜の浜辺)
……
「或る男の肖像」の男も影がうすく、すでに死んでいました――。
……
「米子」のかぼそい声の女もそうです――。

ひっそりと、おとなしく
どっこい生きている!
(「或る男の肖像」の男は死んでしまいましたが、詩に語られているのは生前です)

これら存在感のない
影がうすい存在――ヒト・モノ・コト。

「村の時計」もこれらの仲間です。

(つづく)

村の時計
 
村の大きな時計は、
ひねもす働いてゐた

その字板(じいた)のペンキは
もう艶が消えてゐた

近寄つて見ると、
小さなひびが沢山にあるのだつた

それで夕陽が当つてさへか、
おとなしい色をしてゐた

時を打つ前には、
ぜいぜいと鳴つた

字板が鳴るのか中の機械が鳴るのか
僕にも誰にも分らなかつた

「新字・新かな」表記を以下に掲出しておきます。

村の時計
 
村の大きな時計は、
ひねもす動いていた

その字板(じいた)のペンキは
もう艶が消えていた

近寄ってみると、
小さなひびが沢山にあるのだった

それで夕陽が当ってさえか、
おとなしい色をしていた

時を打つ前には、
ぜいぜいと鳴った

字板が鳴るのか中の機械が鳴るのか
僕にも誰にも分らなかった
 
※「新編中原中也全集」より。( )で示したルビは、全集編集委員会によるものです。

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