再掲載/2012年12月 1日 (土) 「永訣の秋」存在のわかれ・「村の時計」1
「或る夜の幻想」のうち
「1 彼女の部屋」「3 彼女」は除外され
「2 村の時計」は同じタイトルで「村の時計」として
「4 或る男の肖像」「5 無題」「6 壁」は「或る男の肖像」として
独立した詩に仕立てられました。
「村の時計」は「永訣の秋」の中で
「月の光」と「冬の長門峡」の間に
「或る男の肖像」とともに配置されています。
原形詩「或る夜の幻想」の構造を知れば
詩人の意図が少し理解できた気がしますが、
もうすこし「村の時計」はなぜ「永訣の秋」に選ばれたのかを考えてみましょう。
◇
なぜこの詩はここにあるのでしょうか?
「永訣の秋」のほかの作品とくらべて
どことなく影の薄い感じのするこの詩が
なぜここに選ばれたのでしょう。
◇
「村の時計」を
何度も何度も読んでいると
ようやく浮かんでくることがあります。
どこか覚えのある存在――。
存在感のうすい存在――。
「永訣の秋」のページをめくれば
そのような存在がいくつかあるのに気づきます。
◇
私の頭の中に棲んでいた薄命そうなピエロ(幻影)
遠い彼方で夕陽にけぶっていたフィトル(号笛)の音のように繊弱なあれ(言葉なき歌)
月夜の晩の浜辺に落ちていたボタン(月夜の浜辺)
……
「或る男の肖像」の男も影がうすく、すでに死んでいました――。
……
「米子」のかぼそい声の女もそうです――。
◇
ひっそりと、おとなしく
どっこい生きている!
(「或る男の肖像」の男は死んでしまいましたが、詩に語られているのは生前です)
これら存在感のない
影がうすい存在――ヒト・モノ・コト。
「村の時計」もこれらの仲間です。
(つづく)
*
村の時計
村の大きな時計は、
ひねもす働いてゐた
その字板(じいた)のペンキは
もう艶が消えてゐた
近寄つて見ると、
小さなひびが沢山にあるのだつた
それで夕陽が当つてさへか、
おとなしい色をしてゐた
時を打つ前には、
ぜいぜいと鳴つた
字板が鳴るのか中の機械が鳴るのか
僕にも誰にも分らなかつた
◇
「新字・新かな」表記を以下に掲出しておきます。
村の時計
村の大きな時計は、
ひねもす動いていた
その字板(じいた)のペンキは
もう艶が消えていた
近寄ってみると、
小さなひびが沢山にあるのだった
それで夕陽が当ってさえか、
おとなしい色をしていた
時を打つ前には、
ぜいぜいと鳴った
字板が鳴るのか中の機械が鳴るのか
僕にも誰にも分らなかった
※「新編中原中也全集」より。( )で示したルビは、全集編集委員会によるものです。
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