再掲載/2012年12月19日 (水) 「永訣の秋」愛児文也のわかれ・「また来ん春……」6
(前回からつづく)
「文也の一生」は日記の8ページにわたって
毛筆で書き付けられました。
そして
7月末日万国博覧会にゆきサーカスをみる。飛行機にのる。坊や喜びぬ。帰途不忍池を貫く路を通る。上野の夜店をみる。
――と書いたところで途切れます。
同じ毛筆で書かれたのが
「夏の夜の博覧会はかなしからずや」で
この詩は発表されていませんが
明らかに「文也の一生」を中断した後で
書き継がれた形跡があり
内容も博覧会に親子3人で行った時のイメージを膨(ふく)らませたものになっています。
◇
「夏の夜の博覧会はかなしからずや」に続けて
「冬の長門峡」が書かれました。
これも毛筆で書かれました。
◇
ここで「夏の夜の博覧会はかなしからずや」を読んでおきます。
読みやすくするために「新字・新かな」表記に変え、適宜(てきぎ)行アキを加えます。
◇
夏の夜の博覧会はかなしからずや
夏の夜の、博覧会は、哀しからずや
雨ちょと降りて、やがてもあがりぬ
夏の夜の、博覧会は、哀しからずや
女房買物をなす間、かなしからずや
象の前に余と坊やとはいぬ
二人蹲(しゃが)んでいぬ、かなしからずや、やがて女房きぬ
三人博覧会を出でぬかなしからずや
不忍(しのばず)ノ池の前に立ちぬ、坊や眺めてありぬ
そは坊やの見し、水の中にて最も大なるものなりきかなしからずや、
髪毛風に吹かれつ
見てありぬ、見てありぬ、
それより手を引きて歩きて
広小路に出でぬ、かなしからずや
広小路にて玩具を買いぬ、兎の玩具かなしからずや
2
その日博覧会入りしばかりの刻(とき)は
なお明るく、昼の明《あかり》ありぬ、
われら三人《みたり》飛行機にのりぬ
例の廻旋する飛行機にのりぬ
飛行機の夕空にめぐれば、
四囲の燈光また夕空にめぐりぬ
夕空は、紺青(こんじょう)の色なりき
燈光は、貝釦(かいボタン)の色なりき
その時よ、坊や見てありぬ
その時よ、めぐる釦を
その時よ、坊やみてありぬ
その時よ、紺青の空!
(一九三六・一二・二四)
※《 》で示したルビは原作者本人によるもの、( )は全集編集委員会によるものです。
(つづく)
*
また来ん春……
また来ん春と人は云ふ
しかし私は辛いのだ
春が来たつて何になろ
あの子が返つて来るじやない
おもへば今年の五月には
おまへを抱いて動物園
象を見せても猫《にやあ》といひ
鳥を見せても猫《にやあ》だつた
最後に見せた鹿だけは
角によつぽど惹かれてか
何とも云はず 眺めてた
ほんにおまへもあの時は
此の世の光のたゞ中に
立つて眺めてゐたつけが……
※「新編中原中也全集」より。《 》で示したルビは、原作者本人によるものです。
◇
「新字・新かな」表記を以下に掲出しておきます。
また来ん春……
また来ん春と人は云う
しかし私は辛いのだ
春が来たって何になろ
あの子が返って来るじゃない
おもえば今年の五月には
おまえを抱いて動物園
象を見せても猫《にゃあ》といい
鳥を見せても猫《にゃあ》だった
最後に見せた鹿だけは
角によっぽど惹かれてか
何とも云わず 眺めてた
ほんにおまえもあの時は
此の世の光のただ中に
立って眺めていたっけが……
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