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2021年7月16日 (金)

再掲載/2012年11月27日 (火) 「永訣の秋」女のわかれ2・「或る男の肖像」2・生きているうちに読んでおきたい名作たち

「或る男の肖像」の1には
三つの過去の時間が重なっています。

1、 男が洋行していた過去
2、 夜になると喫茶店にやって来て暇をつぶしていた過去
3、 死んだという過去

――を「話者」(=詩人)が見聞きしていて、案内しているのが1です。

その男が生きていたあるときに経験した事件の断面が
描かれるのが2、3です。

髪毛の艶《つや》と、とか
剃りたての、頚条《うなじ》も手頸《てくび》も、とかは
洒落者(しゃれもの)だった男のいでたちや性格を表わしているようですから
2、3に出てくる彼は
1に出てくる男と同じ人物であることが想像できます。

その男が
開け放たれた戸口――無防備で自由で殺風景な――から戸外へ出て行きます。
それだけのことですが
どこもかしこもそわそわしていて、寒い感じなのです。

髪の毛をピシリと整髪油で決め
剃ったばかりで青白い首すじや手首が
寒そうに見えるのは
どうしようもなく悔恨の感情がにじみ出ているからで
隠しようにも隠し切れないのです。
小奇麗に身を整えることが
隠そうとする気持ちを逆に表わしてしまうのです。

悔恨は、
風と一緒に
容赦なく
吹き込んでいた
――という表現が男の内面の凄まじさを物語ります。

読書も恋もお茶も
黄昏とともに風とともに
みんななくなってしまった。

男は生活するのに必要な物以外のすべてを失なってしまったのです。

これらのすべての原因は
彼女が壁の中に入ってしまったからです。

彼女に何が起こったのでしょうか?
壁の中に入ったとは何を意味しているのでしょうか?

その説明は一言もありませんが
彼は吹きさらしの部屋にいて、テーブルを拭いているのです。

こうとまで読める物語なら
「彼女」が長谷川泰子であり
「彼」が中原中也であることを理解でき
「彼女」が引っ越していった後の「彼」の様子が描かれていることが分かるでしょうか。
「11月の事件」を題材にしていることがわかるでしょうか。

それとも「11月の事件」を知らないでも
この詩を読むことができるでしょうか?

(つづく)

或る男の肖像
 
   1
洋行帰りのその洒落者(しゃれもの)は、
齢をとつても髪に緑の油をつけてた。

夜毎喫茶店にあらはれて、
其処(そこ)の主人と話してゐる様はあはれげであつた。

死んだと聞いてはいつそうあはれであつた。

   2
      ――幻滅は鋼《はがね》のいろ。

髪毛の艶《つや》と、ランプの金との夕まぐれ
庭に向つて、開け放たれた戸口から、
彼は戸外に出て行つた。

剃りたての、頚条《うなじ》も手頸《てくび》も
どこもかしこもそはそはと、
寒かつた。

開け放たれた戸口から
悔恨は、風と一緒に容赦なく
吹込んでゐた。

読書も、しむみりした恋も、
暖かいお茶も黄昏《たそがれ》の空とともに
風とともにもう其処にはなかつた。

   3

彼女は
壁の中へ這入(はい)つてしまつた。
それで彼は独り、
部屋で卓子《テーブル》を拭いてゐた。
 
※「新編中原中也全集」より。《 》内のルビは原作者本人によるもの、( )内は全集編集委員会
がつけたものです。

「新字・新かな」表記を以下に掲出しておきます。

或る男の肖像
 
   1
洋行帰りのその洒落者(しゃれもの)は、
齢をとっても髪に緑の油をつけてた。

夜毎喫茶店にあらわれて、
其処(そこ)の主人と話している様はあわれげであった。

死んだと聞いてはいっそうあわれであった。

   2
      ――幻滅は鋼《はがね》のいろ。

髪毛の艶《つや》と、ランプの金との夕まぐれ
庭に向って、開け放たれた戸口から、
彼は戸外に出て行った。

剃りたての、頚条《うなじ》も手頸《てくび》も
どこもかしこもそわそわと、
寒かった。

開け放たれた戸口から
悔恨は、風と一緒に容赦なく
吹込んでいた。

読書も、しんみりした恋も、
あたたかいお茶も黄昏《たそがれ》の空とともに
風とともにもう其処にはなかった。

   3

彼女は
壁の中へ這入(はい)ってしまった。
それで彼は独り、
部屋で卓子《テーブル》を拭いていた。
 
※「新編中原中也全集」より。《 》内のルビは原作者本人によるもの、( )内は全集編集委員会
がつけたものです。

 

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