再掲載/2012年12月28日 (金) 「永訣の秋」愛児文也のわかれ・「春日狂想」
「永訣の秋」に採るためには
「わかれの歌」でなければならない。
内容は現在ではなく
過去のものでなくてはならないということで
「夏の夜の博覧会はかなしからずや」は採られなくて
「また来ん春……」や「春日狂想」や「冬の長門峡」は選ばれました。
愛児文也を追悼した詩「春日狂想」も
この流れに沿って読むことが可能になります。
追悼それ自体が客体化され
距離をもって眺められます。
現在の心境ではなく
そこから一歩引いたところで歌った追悼として
「春日狂想」を読めるようになります。
愛するものが死んだ時には、
自殺しなきゃあなりません。
――という冒頭行もそのように
読みはじめることができます。
◇
「春日狂想」は昭和12年3月23日の制作とされているのは
文学界の同年5月号に掲載された詩(春日狂想)と
同日の日記に「文学界に詩稿発送」と記されている詩が合致することなどからの推定です。
3月23日といえば
中原中也が中村古峡療養所から退院して
40日近くが経過していることになり
文也の死から数えれば
およそ4か月の時間が過ぎたことになる日です。
それだけの時間が経過しました。
単なる時間の累積ばかりではなく
半強制的に文也の死との距離を置くことを命じられた時間を経たことで
文也の死を
直後の衝撃とは異なる受け止め方をできるようになっていたと言えるのでしょうか。
時間が何らかの解決になったとは
たやすく言うことはできませんが
直後と4か月後との受け止め方には
違いがあることを想像することはできそうです。
◇
(つづく)
*
春日狂想
1
愛するものが死んだ時には、
自殺しなけあなりません。
愛するものが死んだ時には、
それより他に、方法がない。
けれどもそれでも、業(ごう)(?)が深くて、
なおもながらうことともなつたら、
奉仕の気持に、なることなんです。
奉仕の気持に、なることなんです。
愛するものは、死んだのですから、
たしかにそれは、死んだのですから、
もはやどうにも、ならぬのですから、
そのもののために、そのもののために、
奉仕の気持に、ならなけあならない。
奉仕の気持に、ならなけあならない。
2
奉仕の気持になりはなつたが、
さて格別の、ことも出来ない。
そこで以前《せん》より、本なら熟読。
そこで以前《せん》より、人には丁寧。
テンポ正しき散歩をなして
麦稈真田《ばつかんさなだ》を敬虔(けいけん)に編み――
まるでこれでは、玩具《おもちゃ》の兵隊、
まるでこれでは、毎日、日曜。
神社の日向を、ゆるゆる歩み、
知人に遇(あ)へば、につこり致し、
飴売爺々(あめうりじじい)と、仲よしになり、
鳩に豆なぞ、パラパラ撒いて、
まぶしくなつたら、日蔭に這入(はい)り、
そこで地面や草木を見直す。
苔はまことに、ひんやりいたし、
いはうやうなき、今日の麗日。
参詣人等もぞろぞろ歩き、
わたしは、なんにも腹が立たない。
《まことに人生、一瞬の夢、
ゴム風船の、美しさかな。》
空に昇つて、光つて、消えて――
やあ、今日は、御機嫌いかが。
久しぶりだね、その後どうです。
そこらの何処(どこ)かで、お茶でも飲みましよ。
勇んで茶店に這入りはすれど、
ところで話は、とかくないもの。
煙草なんぞを、くさくさ吹かし、
名状しがたい覚悟をなして、――
戸外《そと》はまことに賑やかなこと!
――ではまたそのうち、奥さんによろしく、
外国《あつち》に行つたら、たよりを下さい。
あんまりお酒は、飲まんがいいよ。
馬車も通れば、電車も通る。
まことに人生、花嫁御寮。
まぶしく、美《は)》しく、はた俯(うつむ)いて、
話をさせたら、でもうんざりか?
それでも心をポーツとさせる、
まことに、人生、花嫁御寮。
3
ではみなさん、
喜び過ぎず悲しみ過ぎず、
テンポ正しく、握手をしませう。
つまり、我等に欠けてるものは、
実直なんぞと、心得まして。
ハイ、ではみなさん、ハイ、御一緒に――
テンポ正しく、握手をしませう。
※「新編中原中也全集」より。《 》で示したルビは原作者本人、( )で示したルビは全集編集委員会によるものです。
◇
「新字・新かな」表記を以下に掲出しておきます。
春日狂想
1
愛するものが死んだ時には、
自殺しなきゃあなりません。
愛するものが死んだ時には、
それより他に、方法がない。
けれどもそれでも、業(ごう)(?)が深くて、
なおもながろうことともなったら、
奉仕の気持に、なることなんです。
奉仕の気持に、なることなんです。
愛するものは、死んだのですから、
たしかにそれは、死んだのですから、
もはやどうにも、ならぬのですから、
そのもののために、そのもののために、
奉仕の気持に、ならなきゃあならない。
奉仕の気持に、ならなきゃあならない。
2
奉仕の気持になりはなったが、
さて格別の、ことも出来ない。
そこで以前《せん》より、本なら熟読。
そこで以前《せん》より、人には丁寧。
テンポ正しき散歩をなして
麦稈真田《ばっかんさなだ》を敬虔(けいけん)に編み――
まるでこれでは、玩具《おもちゃ》の兵隊、
まるでこれでは、毎日、日曜。
神社の日向を、ゆるゆる歩み、
知人に遇(あ)えば、にっこり致し、
飴売爺々(あめうりじじい)と、仲よしになり、
鳩に豆なぞ、パラパラ撒いて、
まぶしくなったら、日蔭に這入(はい)り、
そこで地面や草木を見直す。
苔はまことに、ひんやりいたし、
いわうようなき、今日の麗日。
参詣人等もぞろぞろ歩き、
わたしは、なんにも腹が立たない。
《まことに人生、一瞬の夢、
ゴム風船の、美しさかな。》
空に昇って、光って、消えて――
やあ、今日は、御機嫌いかが。
久しぶりだね、その後どうです。
そこらの何処(どこ)かで、お茶でも飲みましょ。
勇んで茶店に這入りはすれど、
ところで話は、とかくないもの。
煙草なんぞを、くさくさ吹かし、
名状しがたい覚悟をなして、――
戸外《そと》はまことに賑やかなこと!
――ではまたそのうち、奥さんによろしく、
外国《あっち》に行ったら、たよりを下さい。
あんまりお酒は、飲まんがいいよ。
馬車も通れば、電車も通る。
まことに人生、花嫁御寮。
まぶしく、美《は)》しく、はた俯(うつむ)いて、
話をさせたら、でもうんざりか?
それでも心をポーッとさせる、
まことに、人生、花嫁御寮。
3
ではみなさん、
喜び過ぎず悲しみ過ぎず、
テンポ正しく、握手をしましょう。
つまり、我等に欠けてるものは、
実直なんぞと、心得まして。
ハイ、ではみなさん、ハイ、御一緒に――
テンポ正しく、握手をしましょう。
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