再掲載/2012年12月 2日 (日) 「永訣の秋」存在のわかれ・「村の時計」2
(前回からつづく)
「村の時計」は
一日中休むことなく働いていて
字板のペンキにはつやがなく
近くで見れば細(こま)かなひび割れがあり
夕方の陽にあたっておとなしい色合いをしていて
時刻を鳴らすときにはゼーゼーと音を出し
その音はどこから出ているのか誰にもわからない
――とだけを述べた詩です。
だからどうしたというような感想は見当たりませんし
風景の一つも歌われていませんが
どこかの村の役場だとか教会だとかの広場みたいなところにある
ゼンマイ仕掛けの大きな時計を思い浮かべることができ
その時計は村人たちに目立って感謝されているわけでもないけれど
日々の暮らしに欠かせない役割をこなしている
確実で誠実で安定した頼りがいのある存在であることをイメージできるでしょう。
世界中の村のどこにでも
このような大きくて古ぼけていながら
現役として働いている老兵のような時計が存在する――と
誰しもが抱いている古い記憶を呼び起すことだけが
この詩には重要な役目であるかのようです。
◇
「村の時計」は
連詩「或る夜の幻想」の構造を見れば分かるように
「彼」に関しての詩の一部でした。
「彼女」についての部分と「彼」についての部分で構成された詩の
「彼」の部分に属する詩でした。
それが分解されて
「彼」は独立しました。
この「彼」とは
私の頭の中に棲んでいた薄命そうなピエロ(幻影)
――のピエロのようであり(そのピエロを思う私のようであり)、
遠い彼方で夕陽にけぶっていたフィトル(号笛)の音のように繊弱なあれ(言葉なき歌)
――のようであり(それを待ち望んでいる詩人のようであり)、
月夜の晩の浜辺に落ちていたボタン(月夜の浜辺)
――のボタンのようであり(それを拾った僕=詩人のようであり)、
注意していないと見過ごしてしまいそうに存在感のうすいヒト・モノ・コトの仲間でした。
やがて「彼」は
「或る男の肖像」に姿形を変えますが
そこではすでに死んだ男として現われ
さらには「米子」の女性になり
最後には「蛙声」の蛙になります――。
(この項終わり)
*
村の時計
村の大きな時計は、
ひねもす働いてゐた
その字板(じいた)のペンキは
もう艶が消えてゐた
近寄つて見ると、
小さなひびが沢山にあるのだつた
それで夕陽が当つてさへか、
おとなしい色をしてゐた
時を打つ前には、
ぜいぜいと鳴つた
字板が鳴るのか中の機械が鳴るのか
僕にも誰にも分らなかつた
◇
「新字・新かな」表記を以下に掲出しておきます。
村の時計
村の大きな時計は、
ひねもす動いていた
その字板(じいた)のペンキは
もう艶が消えていた
近寄ってみると、
小さなひびが沢山にあるのだった
それで夕陽が当ってさえか、
おとなしい色をしていた
時を打つ前には、
ぜいぜいと鳴った
字板が鳴るのか中の機械が鳴るのか
僕にも誰にも分らなかった
※「新編中原中也全集」より。( )で示したルビは、全集編集委員会によるものです。
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