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2021年7月 3日 (土)

再掲載/2012年11月 3日 (土) 「永訣の秋」の月光詩群・「月夜の浜辺」2・生きているうちに読んでおきたい名作たち

(前回からつづく)

「月夜の浜辺」は
「在りし日の歌」の後半の章「永訣の秋」で
「一つのメルヘン」
「幻影」と続いた物語詩から二つ飛んで置かれて
月をモチーフにした作品です。

と、こう記したところで
「幻影」の月光が

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちていた。

――と「月夜の浜辺」に続いていることに気づくではありませんか!

そしてこの月は
一つ飛んで
「月の光 その一」「その二」の
明るい月光の世界へと続いていることを発見するではありませんか!

この連続は何を意味しているだろうかなどと
しかつめらしい分析や研究をするつもりでないことを
繰り返しません。

詩集を読む一つの筋道が見えると
個々の詩は新たな相貌(かお)を見せはじめるので
新しい驚きと興奮をもって味わうことができて楽しいばかりです。
ビギナーの目でもう一度、青春時代に読んだあの詩を読み返してみよう
Begin once more(ビギン・ワンスモア)――。

「月夜の浜辺」は
風景を歌ってはじめられている詩ですが
その浜辺の風景がどのようなものか
具体的になにものも述べられていません。

晩年の作品だから
きっと鎌倉海岸のことであろう、などという推測が可能ですが
そんなことを考えなくてよい詩なのです。

(つづく)

月夜の浜辺
 
月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂《たもと》に入れた。

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
   月に向つてそれは抛《はふ》れず
   浪に向つてそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。

月夜の晩に、拾つたボタンは
指先に沁《し》み、心に沁《し》みた。

月夜の晩に、拾つたボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?
 
※「新編中原中也全集」より。《》で示したルビは、原作者本人によるものです。

「新字・新かな」表記を以下に掲出しておきます。

月夜の浜辺
 
月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちていた。

それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂《たもと》に入れた。

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちていた。

それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけでもないが
   月に向ってそれは抛《ほう》れず
   浪に向ってそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。

月夜の晩に、拾ったボタンは
指先に沁《し》み、心に沁《し》みた。

月夜の晩に、拾ったボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?

 

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