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2021年8月 6日 (金)

再掲載/2013年1月 6日 (日) 「永訣の秋」詩人のわかれ・「蛙声」2

(前回からつづく)

ガマガエルとか青蛙とか痩せた蛙とか――。
中原中也の「蛙声」には
動物としてのカエルのイメージはまったくありません。
それはなぜでしょう。

ここで寄り道になるようですが
「ノート翻訳詩」(昭和5~8年)に書かれた詩
「蛙声(郊外では)」
(蛙等は月を見ない)
(蛙等が、どんなに鳴こうと)
(Qu'est-ce que c'est?)
――の4作品を一挙に目を通します。
すべて現代かなにしてあります。

蛙 声
 
郊外では、
夜は沼のように見える野原の中に、
蛙が鳴く。

それは残酷な、
消極も積極もない夏の夜の宿命のように、
毎年のことだ。

郊外では、
毎年のことだ今時分になると沼のような野原の中に、
蛙が鳴く。

月のある晩もない晩も、
いちように厳かな儀式のように義務のように、
地平の果にまで、

月の中にまで、
しみこめとばかりに廃墟礼讃の唱歌のように、
蛙が鳴く。

(蛙等は月を見ない)
 
蛙等は月を見ない
恐らく月の存在を知らない
彼等は彼等同志暗い沼の上で
蛙同志いっせいに鳴いている。

月は彼等を知らない
恐らく彼等の存在を想ってみたこともない
月は緞子(どんす)の着物を着て
姿勢を正し、月は長嘯(ちょうしょう)に忙がしい。

月は雲にかくれ、月は雲をわけてあらわれ、
雲と雲とは離れ、雲と雲とは近づくものを、
僕はいる、此処(ここ)にいるのを、蛙等は、
いっせいに、蛙等は蛙同志で鳴いている。
 

(蛙等が、どんなに鳴こうと)
 
蛙等が、どんなに鳴こうと
月が、どんなに空の遊泳術に秀でていようと、
僕はそれらを忘れたいものと思っている
もっと営々と、営々といとなみたいいとなみが
もっとどこかにあるというような気がしている。

月が、どんなに空の遊泳術に秀でていようと、
蛙等がどんなに鳴こうと、
僕は営々と、もっと営々と働きたいと思っている。
それが何の仕事か、どうしてみつけたものか、
僕はいっこうに知らないでいる

僕は蛙を聴き
月を見、月の前を過ぎる雲を見て、
僕は立っている、何時までも立っている。
そして自分にも、何時かは仕事が、
甲斐のある仕事があるだろうというような気持がしている。
 

Qu'est-ce que c'est?
 
蛙が鳴くことも、
月が空を泳ぐことも、
僕がこうして何時まで立っていることも、
黒々と森が彼方(かなた)にあることも、
これはみんな暗がりでとある時出っくわす、
見知越(みしりご)しであるような初見であるような、
あの歯の抜けた妖婆(ようば)のように、
それはのっぴきならぬことでまた
逃れようと思えば何時でも逃れていられる
そういうふうなことなんだ、ああそうだと思って、
坐臥常住の常識観に、
僕はすばらしい籐椅子にでも倚(よ)っかかるように倚っかかり、
とにかくまず羞恥の感を押鎮(おしし)ずめ、
ともかくも和やかに誰彼のへだてなくお辞儀を致すことを覚え、
なに、平和にはやっているが、
蛙の声を聞く時は、
何かを僕はおもい出す。何か、何かを、
おもいだす。

Qu'est-ce que c'est?
 

「永訣の秋」の「蛙声」と
どのような違いが見えるでしょうか。

(つづく)

蛙 声
 
天は地を蓋(おお)ひ、
そして、地には偶々(たまたま)池がある。
その池で今夜一と夜(よ)さ蛙は鳴く……
――あれは、何を鳴いてるのであらう?

その声は、空より来り、
空へと去るのであらう?
天は地を蓋ひ、
そして蛙声(あせい)は水面に走る。

よし此の地方《くに》が湿潤に過ぎるとしても、
疲れたる我等が心のためには、
柱は猶、余りに乾いたものと感《おも》はれ、

頭は重く、肩は凝るのだ。
さて、それなのに夜が来れば蛙は鳴き、
その声は水面に走つて暗雲に迫る。

※「新編中原中也全集」より。《 》で示したルビは原作者本人、( )は全集委員会によるものです。

「新字・新かな」表記を以下に掲出しておきます。

蛙 声
 
天は地を蓋(おお)い、
そして、地には偶々(たまたま)池がある。
その池で今夜一と夜(よ)さ蛙は鳴く……
――あれは、何を鳴いてるのであろう?

その声は、空より来り、
空へと去るのであろう?
天は地を蓋い、
そして蛙声(あせい)は水面に走る。

よし此の地方《くに》が湿潤に過ぎるとしても、
疲れたる我等が心のためには、
柱は猶、余りに乾いたものと感《おも》われ、

頭は重く、肩は凝るのだ。
さて、それなのに夜が来れば蛙は鳴き、
その声は水面に走って暗雲に迫る。

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