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2021年8月 7日 (土)

再掲載/2013年1月 8日 (火) 「永訣の秋」詩人のわかれ・「蛙声」4

(前回からつづく)

昭和8年に蛙(の声)を続けて歌った詩人は
最後4作目のQu'est-ce que c'est? で

蛙の声を聞く時は、
何かを僕はおもい出す。何か、何かを、
おもいだす。

――と、まだ十分に歌い切っていないかのように
何か、何かと言い残しました。

4年後の昭和12年に
また蛙声をモチーフにしたとき
その何かは存分に表白されたのか? という眼差しで「蛙声」を読んでみれば
少しは見えてくるものがあるはずです。

まず目立つのは
僕が詩の中から消えたことですが
僕がいなくても
僕は詩の中にきちんと存在することです。
僕はここへ来て
蛙(声)そのものに成り変ったのです。

次には全体に贅肉(ぜいにく)が落とされ
引き締まった感じがするのは
ソネットにしたり
古語や漢語を使用したりして
格調感を出しているところです。

やや難解な感じがするのは
直喩をやめ暗喩へ変えたり
説明を省略しているからです。

天は地を蓋(おお)い
――は漢籍か
今夜一と夜(よ)さ
――は宮沢賢治か
空より来り
――は文語的だし
よし此の地方《くに》が湿潤に過ぎるとしても、
――の「よし」も文語です。

総じて言葉を選びに選んだ印象ですが
第3、4連

よし此の地方《くに》が湿潤に過ぎるとしても、
疲れたる我等が心のためには、
柱は猶、余りに乾いたものと感《おも》われ、

頭は重く、肩は凝るのだ。
さて、それなのに夜が来れば蛙は鳴き、
その声は水面に走って暗雲に迫る。

――は、この詩の転・結であるばかりでなく
「永訣の秋」の
そして「在りし日の歌」全体の結語として
耳をそばだてるべき最大のポイントといってもよいところでしょう。

そのように読まれてきた例(ためし)をまず見かけないのは
中原中也という詩人へのとんでもない誤解の一つですが
ここにこそ
詩人が蛙声に託した最大のメッセージはあります。

4年前の蛙声とは違って
昭和12年のこの詩では
あれ
その声
蛙声
その声
――と、あくまで第3者的ですが
蛙にエールを送っているというほど客観的なものではなく
蛙声に同化している域に入っているのです。

その声は水面に走って暗雲に迫る。

――の「その声」は
詩(人)の声のことであり
暗雲立ちこめる時局へ「迫る」のは
詩(人)の命(ミッション)であることを告げているものです。

(つづく)

蛙 声
 
天は地を蓋(おお)ひ、
そして、地には偶々(たまたま)池がある。
その池で今夜一と夜(よ)さ蛙は鳴く……
――あれは、何を鳴いてるのであらう?

その声は、空より来り、
空へと去るのであらう?
天は地を蓋ひ、
そして蛙声(あせい)は水面に走る。

よし此の地方《くに》が湿潤に過ぎるとしても、
疲れたる我等が心のためには、
柱は猶、余りに乾いたものと感《おも》はれ、

頭は重く、肩は凝るのだ。
さて、それなのに夜が来れば蛙は鳴き、
その声は水面に走つて暗雲に迫る。

※「新編中原中也全集」より。《 》で示したルビは原作者本人、( )は全集委員会によるものです。

「新字・新かな」表記を以下に掲出しておきます。

蛙 声
 
天は地を蓋(おお)い、
そして、地には偶々(たまたま)池がある。
その池で今夜一と夜(よ)さ蛙は鳴く……
――あれは、何を鳴いてるのであろう?

その声は、空より来り、
空へと去るのであろう?
天は地を蓋い、
そして蛙声(あせい)は水面に走る。

よし此の地方《くに》が湿潤に過ぎるとしても、
疲れたる我等が心のためには、
柱は猶、余りに乾いたものと感《おも》われ、

頭は重く、肩は凝るのだ。
さて、それなのに夜が来れば蛙は鳴き、
その声は水面に走って暗雲に迫る。

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