再掲載/2013年1月 9日 (水) 「永訣の秋」詩人のわかれ・「蛙声」5
(前回からつづく)
第3、4連を読んでいて
よし此の地方《くに》が、の地方をなぜ「くに」と読ませるのか
くに(地方)が湿潤に過ぎる、とはどういう意味か
疲れたる我等が心、の疲れたる我等とは誰のことか
柱とは何の比喩か
柱が乾く、とはどういう状態か
なぜ、思われでなく、感《おも》われ、か
なぜ、頭は重く、肩は凝る、のか
暗雲に迫る、とは具体的にどんな行為を示しているのか
――などの疑問が湧いてきます。
これらの詩句により
詩人は何を主張しているのでしょうか?
地方《くに》が湿潤過ぎる
柱が乾いている
――というフレーズは
いったい何をいっているのでしょう。
ここが分かれば
一気に全体が分かりそうな見当がついてきます。
◇
「永訣の秋」の最終詩である「蛙声」は
すなわち「在りし日の歌」の掉尾(とうび)を飾る巻末詩ですから
詩人はここになんらかのメッセージを込めたと考えるのが自然でしょう。
その線に沿って読めば
ここには時代や時局・時勢への発言があることを
読み取るのに抵抗はありません。
◇
「蛙声」を制作したのは昭和12年(1937年)5月ですが
前年1936年に2.26事件
同年の11月10日に愛息・文也が死去
翌1937年に中村古峡療養所に入退院
7月に盧溝橋事件
8月に上海事変と
後に15年戦争といわれることになる世界大戦に突入した年でした。
時代はまさしく暗雲が立ち込めていました。
◇
これらの時代背景があって
地方に「くに」のルビは振られたのです。
振ったのは中原中也本人です。
だから、地方とは
詩人がこの詩を作ったときに住んでいた
鎌倉(地方)を指すという解釈はいただけません。
暗雲は鎌倉にだけ立ちこめていたのではありません。
この詩のスケールは
天、地、空といった壮大なものですし
これらの時代背景のもとでの地方ですし
「地」の中の地方だから国(くに)としたのです。
アジアの一地方とか
世界や地球の一部としての地方を
「くに」としたのです。
ズバリ言って
それは日本という地方(くに)=国のことですが
日本と言いたくなかっただけのことでしょう。
◇
その地方(くに)がじめじめしている(湿潤)というのは
いろいろな矛盾とか不満とか不安とかが充満しているという意味で
それが過剰になっていまにも氾濫しそうだからといって
国の柱(政治)がドライ過ぎてよいというものではない、と
思わしくない方向(戦争)へ進む国に注文をつけているものと読めそうです。
◇
詩人が
体調思わしくなかったことは想像できますが
ここで個人的な体調不良が述べられているにしても
その原因までが個人的な事情によるだけのものと述べているのではないでしょう。
詩句の流れから言って
頭は重く、肩は凝る原因は
第3連に述べられた
地方(くに)が湿潤過ぎていたとしても
こんなにくたびれている我らのためには
柱が乾き過ぎていること――にあるのです。
(つづく)
*
蛙 声
天は地を蓋(おお)ひ、
そして、地には偶々(たまたま)池がある。
その池で今夜一と夜(よ)さ蛙は鳴く……
――あれは、何を鳴いてるのであらう?
その声は、空より来り、
空へと去るのであらう?
天は地を蓋ひ、
そして蛙声(あせい)は水面に走る。
よし此の地方《くに》が湿潤に過ぎるとしても、
疲れたる我等が心のためには、
柱は猶、余りに乾いたものと感《おも》はれ、
頭は重く、肩は凝るのだ。
さて、それなのに夜が来れば蛙は鳴き、
その声は水面に走つて暗雲に迫る。
※「新編中原中也全集」より。《 》で示したルビは原作者本人、( )は全集委員会によるものです。
◇
「新字・新かな」表記を以下に掲出しておきます。
蛙 声
天は地を蓋(おお)い、
そして、地には偶々(たまたま)池がある。
その池で今夜一と夜(よ)さ蛙は鳴く……
――あれは、何を鳴いてるのであろう?
その声は、空より来り、
空へと去るのであろう?
天は地を蓋い、
そして蛙声(あせい)は水面に走る。
よし此の地方《くに》が湿潤に過ぎるとしても、
疲れたる我等が心のためには、
柱は猶、余りに乾いたものと感《おも》われ、
頭は重く、肩は凝るのだ。
さて、それなのに夜が来れば蛙は鳴き、
その声は水面に走って暗雲に迫る。
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