スペシャル・ゲスト

春野一樹特別寄稿「可愛い恋人」

可愛い恋人

 出かける前に天気予報を見た。
昼過ぎから雨があるかもしれぬらしい。
私は、その50%に賭け何も持たず外に出た。

赤坂見附に着くと、予めプリント・アウトしておいた地図を取り出し、
その小劇場の場所を確かめた。
通りを歩いていると、左手のビルの地下フロアの店の案内の、
ショウ・ウインドウにmember’s  only jazz  live  barのロゴが見えた。
私は「へぇー、面白いな、結構あるんだな。」とガラス越しに中のポスターを見た。
ホキ徳田。
えー!?、まだ、健在なの?
私は舞台が跳ねたら立ち寄ることを決心した。

「中也が愛した女」
私も中也の一連の詩を英訳し、知り合いのjazz  singerとプロジェクトを立ち上げていた。
案内の後に追いて、席に着き1時間半余りの劇を見た。
例の、中也とあの女とあの男の人間模様の劇だった。
舞台も終わり、フロントで挨拶を済ませ外に出ると、弱い雨が降り始めていた。

ビルの階段を下りbarの店に入った。
受付に、その旨を伝え、責任者の提示した書類にサイン・アップしてメンバーになった。
そして、彼に、ステージの合間に、
ホキさんと話せるよう取り計らってもらえないか? と、聞いてみた。
返事は良好だった。
「いいですよ。話しておきます。」

期待に胸を膨らませながらバーボンを飲みながら、時間を待った。
やがて、19時20分になり、彼の責任者がやってきた。
ホキさんが都合で21時からのスタートになるから、もう少し待ってくれとのことだった。
私は2杯目のバーボンを注文した。
21時になり、他のユニットのライヴも終わり、
ステージが暗くなり、ピアノだけにスポット・ライトが降り注いだ。
彼女がやってきた。
何十年も昔、テレビで拝見したホキさんだ。
やはり、さすがその姿は、昔のそれではなかったが、
身に纏ったステージ衣装は往年の彼女を彷彿とさせた。
女優、jazz  singer 、文豪ヘンリー・ミラーの最後の妻、日本最年長のヴォーカリスト。
私は目を訝った。
私は果たしてその人を目の前にしているのか?
いや、これは事実だ、これは大変なことだ。

彼女は、軽やかにピアノを弾き始めた。
軽い。
タッチの切れもいい。
旋律が鍵盤の上を踊るようで、眼を瞑ると、
まるで、成熟期のピアニストが網膜に浮かんでくるようだった。
一頻り前奏があり、彼女はマイクに向かい、歌いだした。
おそらく、店に入る前、ポスターを読んだとき、書いてあった、
即興は若さを保つのに有効だ、ということから、すべて、即興なのだろう。
声質はやや弱いが、ハスキーで実にジャジーだ。
私は時を忘れて歌に聞き入った。
気が付くと、彼女のショーは最後の歌となった。
その時間は、まるで永遠の楽興の時であった。

舞台が暗くなり、彼女のステージが終わった。
私はバーボンで喉の渇きを潤した。
しばらくすると、暗いフロアの奥のほうから、
スタッフに手を支えられながら、一人の老女が、
私の座るソファーのほうへ歩いてくるのが見えた。
彼女はホキ徳田だ。
私の座るテーブルで私は簡単な自己紹介と来て頂いたことへのサンクスを述べた。
彼女は小さく微笑んで私の右の席に座った。

私は名詞を取り出し、最近、jazzの製作も始めた、3曲は完成しており、
携帯電話にダウンロードしてあるので聴いていただけませんか? と、尋ねた。
彼女はいやな顔もせず、「どこにあるの?」と答えた。
私はイヤ・ホーンを差し出し、促した。
私は、(心は焦っていた)「いま、選曲してスタート・ボタンを押します」と、いった。
スタート・ボタンを押すと、私は彼女の顔に見入った。

しばらく、真剣に聴き入るホキさんの顔を見つめていると、
突然、小さく微笑んだ。
まるで、バラ園のなかの一つのランブラーのように可愛い笑みだった。
私はうれしかった。
私の歌が気に入ってもらえたのだと……。

彼女は歌の途中でイヤ・ホーン外し、
私に言った。
「何いってるのかわからない。」
私は面食らった。
彼女は、これはネイティヴにはなんのことか、聞き取れない、といった。
私は以前から懸念していた、英語の発音がやはり、問題としてあった、と思い返した。

彼女はアドヴァイスをくれた。
英語圏の英語を話せなくてはだめです。
むしろ、日本語で歌ったほうがいいんじゃないの?
それがいやなら、日本語と英語を交えた歌詞にしたら?

私は、アメリカ人にセンテンス・チェックをしてもらった。
ヴォーカルの子は月2回、英語のレッスンを受けている。
弁解した。

そして、2曲目、3曲目と聴いてもらって、
最後の曲で、これが一番いいわね、とお褒めの言葉をいただいた。

それから、いろんな談議へと話は及び、
元夫の小説のこと、最近、売れている雑誌の特集で、またなぜこの歳になってライヴを再開したのかのインタビューを受け、近じか発売されることとか、戦後まもなくカナダの叔父さんの創設した全寮制の音楽学校に入った、それによって、絶対音感を徹底的に身に付けた、日本に来ると、それによって耳が周りの音を騒音として聞いてしまうので困る、あとでうちの事務所の者に連絡させます、とまで話は及んだ。
実に、フランクに話に応じてくれた。
休憩時間一杯を私の恐縮にかかわらず、それに当ててくれた。
彼女もお気に入りのカクテルを飲んだ。
彼女は何でも、初めての人とはあまり話はしないそうだ。

彼女が次のステージのため席を立ち上がろうとした。
私は満身の謝意を述べた。
ホキさん。
「がんばんなさい」

私は彼女とのホット・ラインが出来たことに、
その日の帰宅はいつになくご機嫌だった。
いつも、ライヴの帰り道は酸鼻な気持ちと陰惨な思いが当たり前だったから。

外に出ると、雨はやんでいた。
その夜の夜気はいつになく、私に優しく私を包んでくれるようだった。

年寄りよ、がんばれ!
私の年老いた可愛い恋人と酒を飲み交わしたことを思い出しながら……。

   2009/4./17
         春野一樹

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