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カテゴリー「面白い!中也の日本語」の記事

2016年1月 1日 (金)

2016年賀

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い申し上げます。
20161_4

2014年8月 5日 (火)

ショックでよみがえる遠い過去/面白い!中也の日本語

(前回からつづく)

事件の痕跡はしかし過去との断絶の意識となって、現われる。
――と大岡昇平がいうのは
泰子を失なったという事件が
過去の一切を過去としてあらためて認識する契機となったと示しているもので
それゆえに遠い日の記憶が突如よみがえってきたものと
「月」に現われる「忘られた運河の岸堤」や「戦車の地音」などを読み解いているのです。

泰子がいなくなって
泰子との暮らしが遠い日のもののように思えたのは
幼時の記憶と同じようなことになってしまったというショックを示し
「在りし日の歌」の「月」で
父の医療施設の風景がまざまざと思い出されたのは
泰子を遠くを見る眼差しで見るようなことなのでした。

「在りし日の歌」の「月」に
泰子は現われませんが
泰子は「文子さん」に映っています。


 
今宵(こよい)月は襄荷(みょうが)を食い過ぎている
済製場(さいせいば)の屋根にブラ下った琵琶(びわ)は鳴るとしも想(おも)えぬ
石灰の匂いがしたって怖(おじ)けるには及ばぬ
灌木(かんぼく)がその個性を砥(と)いでいる
姉妹は眠った、母親は紅殻色(べんがらいろ)の格子を締めた!

さてベランダの上にだが
見れば銅貨が落ちている、いやメダルなのかァ
これは今日昼落とした文子さんのだ
明日はこれを届けてやろう
ポケットに入れたが気にかかる、月は襄荷を食い過ぎている
灌木がその個性を砥いでいる
姉妹は眠った、母親は紅殻色の格子を締めた!
 
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

ここに現われる遠い過去、

済製場(さいせいば)の屋根
ブラ下った琵琶(びわ)
石灰の匂い
――は山口・湯田温泉で父・謙助が営んでいた医院の景色です。

住まいは医院に続く建物の中にあり
中也は立ち入りを禁じられているはずの医療施設で
よく遊んだものでした。

幼児もしくは少年の目に
その無機質であり生々しくもある景色がどのように映ったか
想像できるような気がしませんか?

姉妹は眠った、母親は紅殻色(べんがらいろ)の格子を締めた!
――も故郷での同じような経験の反映でしょうが
ここに詩の「現在」はあります。

「眠った」も「締めた」も
なにごとかの終わりを示しているようです。

こうした景色の中に
灌木(かんぼく)がその個性を砥(と)いでいる
――のは詩人でしょう。

ここにも「現在」がありますが
詩人はここにいます。

そして、もう一人の登場人物である「文子さん」に
「泰子」の影はあることでしょう。

いや、こんなところに泰子がでてくるはずはない、という声が聞こえてきそうですが
「月」が遠い日の淡い恋の歌であるのならまだしも
流れは「山羊の歌」の「月」に連なっています。

今宵(こよい)月は襄荷(みょうが)を食い過ぎている
――は、
今宵(こよい)月はいよよ愁(かな)しく、
――の流れの中にあり
二つは「対」を作っています。

ここは
「悲しみで呆(ぼ)ける」と取るのが自然です。

第1行には
「みょうがを食べ過ぎるとバカになる」という意味を含ませながら
悲しみが隠されてあるのです。

ここに撹乱(かくらん)されてはなりません。

とはいえ
暗喩は正解というものに辿りつくのは
至難であることも忘れてはなりません。

実証できるものはなにもありませんし
実証がすべてではありません。

実証がすべてであるのなら
詩は存在しなくなってしまいます。

「在りし日の歌」の「月」も
広義、恋愛詩なのです。

今回はここまで。

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2014年8月 3日 (日)

恋愛詩のはじまり「月」/面白い!中也の日本語

(前回からつづく)

長谷川泰子が
中也との暮らしをやめて
小林秀雄の元へと去ったのは
大正14年11月のことでした。

「月」が作られたのは
その頃とされていますが
この「11月の事件」の後であるかを断定できません。

「新編中原中也全集」は
「在りし日の歌」所収の「むなしさ」が大正15年2月制作であり
その高踏的な漢語の使用と類似した「月」の制作が
同じ頃のものであると推定し
「月」の制作を「大正14年~15年」の幅をとっています。

「11月の事件」より後の制作である可能性を示唆(しさ)していますが
断定していません。

しかし、高い可能性は否定しようになく
「月」に事件の反映を見ないことのほうが不自然です。


 
今宵(こよい)月はいよよ愁(かな)しく、
養父の疑惑に瞳を睜(みは)る。
秒刻(とき)は銀波を砂漠に流し
老男(ろうなん)の耳朶(じだ)は蛍光をともす。

ああ忘られた運河の岸堤
胸に残った戦車の地音(じおん)
銹(さ)びつく鑵(かん)の煙草とりいで
月は懶(ものう)く喫(す)っている。

それのめぐりを七人の天女(てんにょ)は
趾頭舞踊(しとうぶよう)しつづけているが、
汚辱(おじょく)に浸る月の心に

なんの慰愛(いあい)もあたえはしない。
遠(おち)にちらばる星と星よ!
おまえの劊手(そうしゅ)を月は待ってる

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

今宵(こよい)月はいよよ愁(かな)しく、
――というこのはじまりの唐突な感じ!

詩人にとって「愁しみ」は唐突ではなく
すでに馴染みのものだったのです。

読者はしかしなにが「愁しい」のだろうかと思うヒマもなく
晦渋(かいじゅう)な詩語の攻勢にあい
難解さと苦闘しているうちに
詩を見失うというパターンにはまってしまうのです。

ご用心。

中也の「恋愛詩」は
京都時代のダダ詩は別として
詩に歌われたはじめから
失われた恋なのでした。

中原中也の中期の恋愛詩が始まるのは昭和3年12月18日の「女よ」からである。
――と大岡昇平が「片恋」(「文芸」1956年6月号)を書き出したのは
すでに「朝の歌」(「世界」1956年5月号)を書き終えてからのことでしたから
「初期の恋愛詩」の印象がうすれてしまったということでしょうか。

そういうことも考えられますが
「朝の歌」をよく読めば大岡が
事件の痕跡はしかし過去との断絶の意識となって、現われる。
――と記して

「月」の第2連前半行、
ああ忘られた運河の岸堤
胸に残った戦車の地音(じおん)
――と、

「春の日の夕暮」の第2連前半行、
吁(ああ)! 案山子(かかし)はないか――あるまい
馬嘶(いなな)くか――嘶きもしまい
――を例示しているところはさすがです。

中也の恋愛詩のはじまりについて
大岡は「月」と「春の日の夕暮」をはっきりと挙げているのです。

しかし、それ以上に掘り下げられませんでした。
後続する論考・評論も大岡にならっているということでしょうか。

「山羊の歌」には
終始、それが「失恋」であったにせよ恋愛(詩)が歌われています。

途切れ途切れのように見えますが
恋愛(詩)は歌われ
むしろ充満しています。

今回はここまで。

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2014年8月 2日 (土)

「月」が歌った三角関係/面白い!中也の日本語

(前回からつづく)

「サロメ」を下敷きにしたのなら
「月」に登場する人物たちのキャスティングは
はっきりしてきます。

誰が誰でありと推測することが可能になります。

まずは月に見立てられたのは詩人か否か。

月が詩人ならば
養父とは誰のことで
養父の疑惑とは何のことで
その疑惑に瞳を瞠(みは)っているのは誰でしょうか。
老男とは誰を指すのでしょう。

第1連に現われるキャラクターをおよそ見当をつけられます。

月は詩人ではなく
ほかの誰かのメタファーである、という見方も当然出てきます。

養父の疑惑に瞳を睜(みは)る。
――の主語を月と取る見方も出てくるし
ほかの人物の存在を見ることもできるでしょう。

何種類もの配役が推測できることになりますが
それは断定できることでありませんから
あくまでも可能性です。

読み手それぞれの想像力に
委(ゆだ)ねられているものとしておくのがベストです。

読みを競うことは自由ですが
他人に強要するものではありません。


 
今宵(こよい)月はいよよ愁(かな)しく、
養父の疑惑に瞳を睜(みは)る。
秒刻(とき)は銀波を砂漠に流し
老男(ろうなん)の耳朶(じだ)は蛍光をともす。

ああ忘られた運河の岸堤
胸に残った戦車の地音(じおん)
銹(さ)びつく鑵(かん)の煙草とりいで
月は懶(ものう)く喫(す)っている。

それのめぐりを七人の天女(てんにょ)は
趾頭舞踊(しとうぶよう)しつづけているが、
汚辱(おじょく)に浸る月の心に

なんの慰愛(いあい)もあたえはしない。
遠(おち)にちらばる星と星よ!
おまえの劊手(そうしゅ)を月は待ってる

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

と言いながら推測の一つもしないでは
詩を読んだことになりませんから
ここではある読みを試みておきましょう。

今宵(こよい)月はいよよ愁(かな)しく、
養父の疑惑に瞳を睜(みは)る。
――という第1連冒頭行に主役級のキャラクターは登場しています。

月は中也その人です。
養父は月(=中也)のライバルである小林秀雄。
その小林の疑惑に目を丸くしている長谷川泰子
――という構図です。

後に小林秀雄自らが「奇怪な三角関係」と呼んだ
中也―泰子―小林秀雄の
この詩を制作した時期の状態が
「月」に歌われたのではないかという読みです。

「山羊の歌」に現われる恋愛(詩)を追っていくと
恋愛(詩)が充満していることに気づきますが
「月」はその早い時期の作品ということになります。

いかがでしょうか?

今回はここまで。

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2014年8月 1日 (金)

ワイルド「サロメ」の月/面白い!中也の日本語

(前回からつづく)

オスカー・ワイルドの「サロメ」については
すでに初めて「月」を読んだときに概略を記述してありますから
それを引っぱっておきましょう。

サロメ:ガリラヤ王ヘロデに捕らえられた預言者ヨハネを愛した王女サロメが、義父ヘロデを月の下で「七つのベールの舞」を踊ってたぶらかし、ヨハネの生首を手に入れ、その生首にキスするというあらすじの物語。新約聖書のわずかな記述から拡大解釈された。ヨーロッパで油絵やオペラの題材に好んで取り上げられた歴史があるが、1891年にフランス語で出版されたオスカー・ワイルドの戯曲は、オーブリー・ビアズリーの挿画の斬新さも手伝って、センセーションを巻き起こした。中原中也は、1927年(昭和2年)の日記の読書メモに「SaloméOscarWild」と記しているが、どの翻訳を読んだのか分かっていない。
(※初めて「月」を読んだときの鑑賞記は「中原中也・全詩アーカイブ」にあります。)

「山羊の歌」の「月」は
オスカー・ワイルドの「サロメ」を下敷にしていると推測する読みがあり
「新編中原中也全集」も参考文献の一つに挙げています。

「サロメ」では
月が劇の進行に象徴的な役割をもたされおり、

今宵(こよい)月はいよよ愁(かな)しく、
養父の疑惑に瞳を睜(みは)る。
――は、王女サロメと義父ヘロデの関係と類似し、

それのめぐりを七人の天女(てんにょ)は
趾頭舞踊(しとうぶよう)しつづけているが、
――は、裸足の王女サロメが7本の布帛(ふはく)を持ち
ヘロデ王の前で舞う「七つのベールの踊り」を想起させるものと案内しています。

難解に苦しんできた読者は
目を開かれる思いがしているのではないでしょうか。

「七つのベールの踊り」という場面は
すでに広く知られるほどの
欧米での「サロメ人気」なのでしょうし
日本でも
明治42年(1909年)に小林愛雄、森鴎外の翻訳がはじまって以降大正末期まで
多くの邦訳がなされ
舞台化されることが度々であったそうです。

「月」に登場する養父がヘロデ王で
その養父の疑惑に目を凝らしている者が養女サロメであるとする見方は
いかにもストンと胃袋の中に落ちていきますし、

「月」の中の「7人の天女」は
どうみても固有名のようであると感じていた読者が
納得する有力な読みの一つにするに違いありません。

中也は
昭和2年の日記の「7月の読書」欄に
「Salomé Oscar Wild」と記していて
すでに読んだか
関連文献を読んだかしていました。

では、なぜサロメの物語なのでしょうか?

ボードレールの詩や
ワイルドの戯曲が参照されたからといって
詩がただちに読まれたということにはなりませんから
最大の疑問が解けたものではありません。

「サロメ」のことを知っただけで
だいぶ楽にはなりましたが。

やはり詩に戻るしかありません。

途中ですが今回はここまで。


 
今宵(こよい)月はいよよ愁(かな)しく、
養父の疑惑に瞳を睜(みは)る。
秒刻(とき)は銀波を砂漠に流し
老男(ろうなん)の耳朶(じだ)は蛍光をともす。

ああ忘られた運河の岸堤
胸に残った戦車の地音(じおん)
銹(さ)びつく鑵(かん)の煙草とりいで
月は懶(ものう)く喫(す)っている。

それのめぐりを七人の天女(てんにょ)は
趾頭舞踊(しとうぶよう)しつづけているが、
汚辱(おじょく)に浸る月の心に

なんの慰愛(いあい)もあたえはしない。
遠(おち)にちらばる星と星よ!
おまえの劊手(そうしゅ)を月は待ってる

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

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2014年7月31日 (木)

ボードレールの「月」/面白い!中也の日本語

(前回からつづく)

ボードレールの永井荷風訳「月の悲しみ」(Tristesse de la lune)の冒頭行
「月」今宵(こよひ)いよゝ懶(ものう)く夢みたり。
――が中也の記憶に残ったのかどうか。

月がもの憂い状態にあることを歌った詩が
そうざらに見つかることはないのでしょうが
ボードレールのほかの詩に「憑かれた人」があり
この詩にも「月の倦怠」というモチーフがあることを指摘するのは
「中原中也必携」(学燈社、吉田凞生・編)です。

「月」が制作された大正14年(と吉田は推定)は
中也が上京した年であり
8月頃には「大体詩を専心」しようと決めた年であり
前年に京都で富永太郎と親交を結び
この年4月には小林秀雄を知った中也が
ボードレールに強い影響を受けていた富永、小林との交友の中で
ボードレールに関心を抱いていたことに吉田は着眼しました。

そしてボードレールを渉猟(しょうりょう)したのか
偶然見つけたかしたのでしょう。

いま手元にある「悪の華」(集英社文庫、安藤元雄訳)の
「憑かれた人」に目を通しておきましょう。

37憑かれた人

太陽が喪のヴェールに顔をかくした。それと同じに、
おお わがいのちの月よ! すっぽりと闇に包まれなさい。
眠るもよし 煙草を喫むもよし。じっと黙って、暗い顔で、
『倦怠』の深淵にそっくり沈みこんでいきなさい。

私はそんなおまえが好きだ! けれども、もしもおまえが今日、
蝕みあった天体が薄闇からぬけ出すように、
『狂気』のあるれ返る場所に羽根をひろげてみたいなら、
それもよし! 魅惑にみちた短剣よ、鞘から走れ!

シャンデリアの焔でおまえの瞳に火をともせ!
無作法な男どもの目に欲望の火をともせ!
おまえのすべてが わが喜びだ、しなだれていても活発でも。

好きな姿でいればいいのさ、黒い夜、赤いあけぼの。
ふるえる私の全身の筋という筋が一つ残らず
叫んでやまない、『おお いとしの魔王よ、おまえを崇める!』と。

月が現われ
倦怠が歌われ
短剣が出てくるあたりに
中也の「月」への反映があるといえばありそうなかすかなものですね。

そのためか
「新編中原中也全集」はこの吉田説を案内していません。

新全集が新たに参考文献として紹介するのは
オスカー・ワイルドの戯曲「サロメ」です。

途中ですが今回はここまで。

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2014年7月30日 (水)

読まれるたびに詩は生まれるが/面白い!中也の日本語

(前回からつづく)

「月」の主格を父と見なし
「在りし日の歌」の「月」を同時に読む
中原思郎の眼差しが貴重です。

この眼差しによって
「山羊の歌」を「春の日の夕暮」から読みはじめ
「月」を読み
次に「在りし日の歌」の「月」を読むという道筋を
可能にするからです。

「山羊の歌」と「在りし日の歌」の間に横たわる深い溝は
こうして一っ飛びに越えることができますから
中也の詩の読みに幅が出てきます。

「山羊の歌」と「在りし日の歌」は断絶するものではなく
つながっていることを改めて気づかされるものですし
詩(集)は自由に読まれてよいという道を開いてもいるからです。

一つの詩は
なんとさまざまな読みができるものでありましょう!

もとより詩は人によって着眼するところが異なり
多種多様な読まれ方をしますし
そのどれもが新しい発見に満ちていておかしくはありませんし
詩はあらゆる所あらゆる時に読まれますから
ひっきりなしに新しい詩の読まれ方が生じるものです。

詩は読まれるたびに生まれるのですが……。

難解といわれる詩「月」には
難解であるゆえにか
もっともっと角度の異なる読みが試みられています。

「新編中原中也全集」第1巻の「解題篇」で提案されている読み(参考文献)は
その一部であるのかも知れませんが
多様にある読みのうちの「定説」に近いものでもありますから
それを見てみましょう。

その一つは、
ボードレールの(詩の)影響
もう一つは、
オスカー・ワイルドの戯曲「サロメ」の影響です。

ボードレールの詩は、韻文詩集「悪の花」の中にあり、
中也の同時代訳である永井荷風の翻訳詩集「珊瑚集」中の「月の悲しみ」の冒頭行が
参考文献として挙げられています。

「想を得た」とか「触発された」とか
なんらの断定もされていない記述です。

永井荷風の翻訳を全文引いておきましょう。

月の悲しみ
シャアル・ボオドレエル

「月」今宵(こよひ)いよゝ懶(ものう)く夢みたり。
おびただしき小蒲団(クツサン)に乱れて軽き片手して、
まどろむ前にそが胸の
ふくらみ撫(な)づる美女の如(ごと)。

軟(やはらか)き雪のなだれの繻子(しゆす)の背や、
仰向(あふむ)きて横(よこた)はる月は吐息も長々と、
青空に真白く昇(のぼ)る幻(まぼろし)の
花の如(ごと)きを眺(なが)めやりて、

懶(ものう)き疲れの折折(をりをり)は下界の面(おも)に、
消え易(やす)き涙の玉を落す時、
眠りの仇敵(きゆうてき)、沈思(ちんし)の詩人は、
そが掌(てのひら)に猫眼石の破片(かけ)ときらめく
蒼白(あおじろ)き月の涙を摘取(つみと)りて、
「太陽」の眼(まなこ)を忍(しの)びて胸にかくしつ。

(「珊瑚集」仏蘭西近代叙情詩選 永井荷風訳、新潮社、昭和43年7月20日9刷改版)

途中ですが今回はここまで。

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2014年7月29日 (火)

父・戦争・祖先を歌う流れか/面白い!中也の日本語

(前回からつづく)

「月」といえば、直ちに「父」を連想する先入観が子供たちにある。
――と中原思郎は書きました。

ということは
「山羊の歌」の「月」も
「在りし日の歌」の「月」も
どちらも父・謙助のメタファーという読みになります。

「養父の疑惑――」 養子だった父には、いつも養父の監視の眼がつきまとっていた。
「ああ忘られた運河の岸堤、――戦車の地音」 軍人時代、戦地を思い出す。
「銹びつく鑵の煙草とりいで 月は懶く喫っている。」 ヘビースモーカーだった父は、エヂプト煙草の古いブリキの空罐に入れた刻みたばこを、気力のない手付きで喫っていた。

――と「山羊の歌」の「月」の詩行について
「事典・中也詩と故郷」は続けます。

「七人の天女」 看護婦たちは忙がしげに立ち働いているが、
「汚辱(おじょく)に浸る月の心に なんの慰愛(いあい)もあたえはしない。」 中也の落第は痛恨だった。
「遠にちらばる星と星よ!」 あちこちの患者たちが眼に浮かぶ。
「おまえの劊手を月は待ってる」 外科手術の手伝いをしてくれる軍医時代の部下でもやって来ないかナー、父はもう何もしたくない。

――と「劊手」を「外科手術の手伝い」の意味に取りました。

(「中原中也必携」学燈社、「別冊国文学」1979年夏季号、吉田凞生・編より。)

目から鱗(うろこ)が落ちるようです。
疑問がことごとく氷解してゆきます。
溜飲が下がるとでもいいましょうか。

「サーカス」の「茶色い戦争」や「落下傘奴のノスタルヂア」

「朝の歌」の「鄙びたる 軍楽の憶い」

「都会の夏の夜」の「商用のことや祖先のことや」

「黄昏」の「なんだか父親の映像が気になりだす」

「冬の雨の夜」の「いつだか消えてなくなった、あの乳白の脬囊(ひょうのう)たち」

「逝く夏の歌」の「嘗(かつ)て陥落(かんらく)した海のことを その浪(なみ)のことを語ろうと思う。」や
「騎兵聯隊(きへいれんたい)や上肢(じょうし)の運動や、下級官吏(かきゅうかんり)の赤靴(あかぐつ)のことや、山沿(やまぞ)いの道を乗手(のりて)もなく行く 自転車のことを語ろうと思う。」

「春の思い出」の「古き代(よ)の富みし館(やかた)の カドリール ゆらゆるスカーツ」や
「何時(いつ)の日か絶(た)えんとはする カドリール!」

――等々、「父」や戦争や祖先に関して歌った詩の流れへと続きますから
とても説得力のある読みであることに違いありません。

と同時に
あんまりスッキリした読みなので
むしろ振幅(はば)を失った感じを否めないのはなぜでしょうか。

詩人の含意(の射程)は
もう少し広いのではないか。

父の愁しみを歌うこと自体は自然ですが
「春の日の夕暮」から
「サーカス」を歌い
「朝の歌」を歌う流れを外れてしまうというおそれもあります。

詩人はどこへ行った?
父の愁しみをここでわざわざ歌う必然はないのではないか?
――などという疑問が生じます。

とりわけ「春の日の夕暮」からの繋がりが見えなくなりそうなことが
いっそう新たな読みの探求へと駆り立てることでしょう。

「月」という詩は
詩の作者に最も近く存在した者の読みによって
新たないのちを得ることになりましたが
この読みによって
閉じられたということにはなりません。

次から次へと新しい読みが
試みられ研究され
詩はたえず生成されます。

今回はここまで。


 
今宵(こよい)月はいよよ愁(かな)しく、
養父の疑惑に瞳を睜(みは)る。
秒刻(とき)は銀波を砂漠に流し
老男(ろうなん)の耳朶(じだ)は蛍光をともす。

ああ忘られた運河の岸堤
胸に残った戦車の地音(じおん)
銹(さ)びつく鑵(かん)の煙草とりいで
月は懶(ものう)く喫(す)っている。

それのめぐりを七人の天女(てんにょ)は
趾頭舞踊(しとうぶよう)しつづけているが、
汚辱(おじょく)に浸る月の心に

なんの慰愛(いあい)もあたえはしない。
遠(おち)にちらばる星と星よ!
おまえの劊手(そうしゅ)を月は待ってる

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

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2014年7月28日 (月)

おやじのハゲ頭/面白い!中也の日本語

(前回からつづく)

月は、地球の衛星である月ではなくて
人のメタファー(喩)です。
その人は愁しみのドラマの中にあり
その主人公です。

誰だか不明な人間を月に見立てて
その悲愁の根を
首切りナイフで切り落としてしまいたいと願うほどに
根深い愁しみのようです。

はじめ不明なこの人こそ
詩の作者である詩人にほかならないことが見えてきました。

詩人と遠いところにいる一人の読者が
素手で「月」を読めばこのようになりますが
詩の読みは十人十色、百人百様。
人によってまったく異なる読みが試みられるのが普通です。

幼き日の詩人に最も近くにいた弟、中原思郎は
まったく意外な読みを披瀝していて
とても説得力がありますし
あまりに面白いので
それを見ておくことにしましょう。

「中原中也必携」(学燈社、「別冊国文学」1979年夏季号、吉田凞生・編)の中に
「事典・中也詩と故郷」はあり
「月」に関する記述を読むことができます。

「あゝ」
「いちじく」
「蛙」
「家系」
「帰郷」
「汽笛」
「血縁」
「校外教師」
「権現山(ごんげんやま)」
「三歳の記憶」
「詩的萌芽」
「詩碑」
「泰雲寺(たいうんじ)」
「長門峡(ちょうもんきょう)」
「長楽寺」(ちょうらくじ)」
「月」
「トタンがセンベイ」
「墓」
「椹野川(ふしのがわ)」
「防長新聞(ぼうちょうしんぶん)」
「亡弟」
「骨」
「水無川(みずなしがわ)」
「山羊」
「山口・湯田」
――。

この「事典」の見出し語をすべて挙げてみましたが
タイトル「事典・中也詩と故郷」の通り
中也の先祖から幼少時代のエピソードを集めた事典であり
詩人の故郷への案内になっています。

いまや世界詩人としての評価が高まりつつあり
これまで都会詩人であると見なされてきた中也は
まぎれもなく地方詩人でありました。

もっともどんな国際詩人も
出自となるとローカル色がにじみだすのは当たり前ですが。

中に「月」の項はあります。

「月」を中也の父・謙助と見立てて読んでいます。
一部を読みましょう。

(略)
父謙助の頭髪は、軍人時代の半ばころから薄くなり、爾来急速に禿げつづけ、黄金時代の中期す
でに丸禿げであった。中也ら子供たちは、父の禿げ頭を背ろから指さし、「出た出た月が、まある
いまあるいまんまるい」と歌って笑い転んだ。
(略)

月が「おやじのハゲ頭」だなんて!

オモシロスギマセンカ!


 
今宵(こよい)月はいよよ愁(かな)しく、
養父の疑惑に瞳を睜(みは)る。
秒刻(とき)は銀波を砂漠に流し
老男(ろうなん)の耳朶(じだ)は蛍光をともす。

ああ忘られた運河の岸堤
胸に残った戦車の地音(じおん)
銹(さ)びつく鑵(かん)の煙草とりいで
月は懶(ものう)く喫(す)っている。

それのめぐりを七人の天女(てんにょ)は
趾頭舞踊(しとうぶよう)しつづけているが、
汚辱(おじょく)に浸る月の心に

なんの慰愛(いあい)もあたえはしない。
遠(おち)にちらばる星と星よ!
おまえの劊手(そうしゅ)を月は待ってる

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

途中ですが
今回はここまで。

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2014年7月25日 (金)

大きな手がかり「ああ」/面白い!中也の日本語

(前回からつづく)

第1連と最終連で、
悲愁に暮れている月(誰か)が
首切り(役人)を待っている
――ということがわかり、

各連に月を主語にした述語がはっきり明示され、
月が、
愁しく
懶く
汚辱に浸(り)
待ってる
――のですから
これで大体はつかめたと考えてよいでしょう。

そこでディテール(細部)に目を配る余裕ができます。
「月」の周辺の登場人物の正体や
それぞれの関係を詮索(せんさく)しはじめることになり
詩のレトリック(修辞法)にも目が向かいます。

第1連は「起」。

養父とはだれのことか、とか
その疑惑とはなんのことか、とか
その疑惑に瞳を睜(みは)るのは月のようだがなんのことか、とか
幾つかの問いが生まれますが
さしあたっては言葉通りに読んでおけば済むはずです。

月には養父があり
その養父が疑惑を抱いていて
その疑惑に月は目を凝(こ)らしているのでしょう。

秒刻(とき)は銀波を砂漠に流し
老男(ろうなん)の耳朶(じだ)は蛍光をともす。
――は歯が立たないからパスすることにして。

第1連は最後までやっかいですが
このやっかいさを苦痛にしてはいけません。

第2連は「承」。
1連を受けます。
「愁しみ」が続くのでしょう。

「ああ」と嘆息(たんそく)するのは詩の作者=詩人に違いありません。
詩人が顔を出すのです!
ここに大きな手がかりがありますね。

忘れられた運河の岸堤を
詩人は想起しているようです。

ああ! (みんなあの)運河の岸堤のことを忘れてしまった。

(月の)胸に残った戦車の地音(じおん)。
戦車が大地を轟かす音。
戦争の記憶がよみがえるのです。

銹(さ)びつく鑵(かん)の煙草とりいで
月は懶(ものう)く喫(す)っている。
――は字義通りで
戦争の記憶を呼び起こした月が
浮かぬ思いを抱いてタバコをクサクサとふかしている描写。

運河の岸堤も戦車も戦争も
詩人が実際に見聞きしたものか
喩え(メタファー)としての戦車・戦争かを
どこかで見極めなければなりません。

ここでは
その段階に来ていません。

第3連は「転」。
展開があります。

それ(月)の周りを7人の天女(てんにょ)が踊っています。
先ほどからトーダンスで
月を喜ばそうとしているのですが。

第4連は「結(論)」。

天女たちのダンスは
月をいっこうに慰めないのです。

そして、
あっちの方で瞬(またた)いている星々に向かって
月は呼びかけるのです。
お前の首切りナイフを待ってるぜ、と。

難解難解と感じながらも
なんとか読めたのではないでしょうか。

途中ですが
今回はここまで。


 
今宵(こよい)月はいよよ愁(かな)しく、
養父の疑惑に瞳を睜(みは)る。
秒刻(とき)は銀波を砂漠に流し
老男(ろうなん)の耳朶(じだ)は蛍光をともす。

ああ忘られた運河の岸堤
胸に残った戦車の地音(じおん)
銹(さ)びつく鑵(かん)の煙草とりいで
月は懶(ものう)く喫(す)っている。

それのめぐりを七人の天女(てんにょ)は
趾頭舞踊(しとうぶよう)しつづけているが、
汚辱(おじょく)に浸る月の心に

なんの慰愛(いあい)もあたえはしない。
遠(おち)にちらばる星と星よ!
おまえの劊手(そうしゅ)を月は待ってる

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

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