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カテゴリー「面白い!中也の日本語」の記事

2018年8月11日 (土)

中原中也・詩の宝島/ベルレーヌーの足跡(あしあと)/「ポーヴル・レリアン」その3

 

 

「ポーヴル・レリアン」は

ベルレーヌが書いた「呪われた詩人たち」の一つです。

 

トリスタン・コルビエール

アルチュール・ランボー

ステファン・マラルメ

マスリーヌ・デボルド=ヴァルモール

ヴィリエ・ド・リラダンとともに

最終形である増補改訂版「呪われた詩人たち」に

発表されたのは1888年でした。

 

 

中原中也は

この増補改訂版が収録された「ヴェルレーヌ著作集」第4巻を

翻訳のテキストとし

このうち

コルビエール(初出「社会及国家」)

ポーヴル・レリアン(初出「白痴群」第5号)

ランボー(未発表)

――の3作を

次々に訳出しました。

 

1929年(昭和4年)ころのことでした。

 

ベルレーヌの詩の翻訳は世の中で盛んに行われていた時期ですが

散文の翻訳はほとんどなく

この仕事自体が先駆的であったそうです。

(「新編中原中也全集」第3巻「翻訳・解題篇」。)

 

 

中原中也訳の「ポーヴル・レリアン」を

引き続いて読みましょう。

 

 

ポーヴル・レリアン        ポール・ヴェルレーヌ

         ――Les Poètes mauditsより――

 

(前回からつづく)

 

 其の後ポーヴル・レリアンは小さな批評集を出した、――いやはや、批評集、批評だかな

んだか、寧ろ激賞集――数人の知られざる詩人に関する批評集である。それには『難解

者』と銘打つた。諸君は未だ読まれまい。わけてもアルチュル・ランボオの章を。ランボオと

いへばレリアンが自分の宿命の或るものを象徴してゐるといふので愛したものだ。

 

盗まれた心

 

愁ひに満ちて私の心は船尾に行つて涎を垂らす、

安煙草にむかついて私の心。

スープを吐瀉する、

愁ひに満ちて私の心は船尾に行つて涎を垂らす。

一緒になつてゲラゲラ笑ふ

世間の駄洒落に打ちのめされて、

愁ひに満ちて私の心は船尾に行つて涎を垂らす、

安煙草にむかついている私の心は。

 

諷刺詩流儀の雑兵気質の

奴等の駄洒落が私を汚した!

舵の所(とこ)には壁画が見える

諷刺詩流儀の雑兵気質の、

おゝ、玄妙不可思議の波浪

私の心を洗つてくれよ。

諷刺詩流儀の雑兵気質の、

奴等の駄洒落が私を汚した。

 

 

フォーヌの頭

 

緑金に光る葉繁みの中に、

接唇(くちづけ)が眠る大きい花咲く

けぶるがやうな葉繁みの中に、

活々として、佳き刺繍(ぬいとり)をだいなしにして

 

ふらふらフォーヌが二つの目をだし

その皓い歯で真紅(まっか)な花を咬むでゐる。

古酒と血に染み朱(あけ)に浸され、

その唇は笑ひに開く、枝々の下。

 

と、逃げかくれた――まるで栗鼠、――

彼の笑ひはまだ葉に揺らぎ

沈思の鷽と怖気づく

森の黄金(をがね)の接唇(くちづけ)を、我は見る。

 

(「新編中原中也全集」第3巻「翻訳」より。読みやすくするために、改行を加えました。編者。)

 

 

ベルレーヌは

ランボーの詩をここで2篇だけ紹介しています。

 

ランボオといへばレリアンが自分の宿命の或るものを象徴してゐるといふので愛したものだ。

――と記した流れの中でのことですから

二つの詩に自身の宿命の一部を読み取ったものでしょう。

 

「盗まれた心」は

解釈が様々に乱れ飛ぶ詩ですが

詩の背後にランボーを傷つけた事件の体験があり

ランボーの痛手への同情を読むことが可能でしょうし

「フォーヌの頭」は

創造の神(カトリシズムとは異なる)への

敬慕とか称賛とかの

立ち位置の近似の表明を読むことが可能でしょう。

 

ベルレーヌは

ランボーの人間を愛したのです。

 

 

「盗まれた心」に関しては

何年か前に書いた鑑賞記がありますので

こちらを参考にしてください。

→(中原中也・全詩アーカイブ)「盗まれた心」

 

 

途中ですが

今回はここまで。

2018年6月28日 (木)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「心象」の空

 

 

どこそこと言うと

嘘っぽくなりますから

言わないことにしますが

「夏」に

ランボーの足跡(あしあと)は再び現われました。

 

「少年時」の夏の少年は

「夏」の少年の現在へと

詩集の中で

断絶し連続します。

 

「夏」の少年の現在もまた

歴史的現在ですが

「少年時」という過去を歌っています。

 

 

このようにして

「少年時」の章は

最終詩「心象」へたどり着きます。

 

 

心象   Ⅰ

 

松の木に風が吹き、

踏む砂利(じゃり)の音は寂しかった。

暖い風が私の額を洗い

思いははるかに、なつかしかった。

 

腰をおろすと、

浪(なみ)の音がひときわ聞えた。

星はなく

空は暗い綿(わた)だった。

 

とおりかかった小舟の中で

船頭(せんどう)がその女房に向って何かを云(い)った。

――その言葉は、聞きとれなかった。

 

浪の音がひときわきこえた。

 

   Ⅱ

 

亡(ほろ)びたる過去のすべてに

涙湧(わ)く。

城の塀乾きたり

風の吹く

 

草靡く

丘を越え、野を渉(わた)り

憩(いこ)いなき

白き天使のみえ来ずや

 

 

あわれわれ死なんと欲(ほっ)す、

あわれわれ生きんと欲す

あわれわれ、亡びたる過去のすべてに

 

涙湧く。

み空の方より、

風の吹く

 

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えました。編者。)

 

 

一読して

人気(じんき)が帯びる

この詩の唐突な感じは

第1節に現われる小舟と

中からする船頭とその女房の声によります。

 

会話の内容が聞こえないのは

浪の音が騒がしいからではなく

詩(人)が聞いた

幻想の風景だったからでしょう。

 

ドラマが起こるわけでもなく

しかしここに小舟と漁師の夫婦が登場するのには

詩(人)の意志が働いています。

 

詩を作る方法の

なんともいえない自由が

ここに躍動しています。

 

この方法が

ランボーに起因しないという理由は

見当たりません。

 

 

第2節に入って

少年詩人は

前作「夏」では嵐のような心の歴史と歌ったのと同じ

亡びたる過去に真っ正面で対峙します。

 

草茫々

夢遥か

 

丘を越え

野を渡り

 

白き天使は

やってこないか

 

来るわけないな。

 

天使というこのボキャブラリーに

かすかにランボーが匂います。

 

 

あわれわれ死なんと欲す

あわれわれ生きむと欲す

――というここは

パラフレーズするところではありません。

 

「少年時」の

ギロギロする目で諦めていた……

――や

「夏」の

血を吐くようなせつなさかなしさ

――の流れの歌と読むほかにありません。

 

最終行、

み空の彼方に風の吹く

――は

blowin’ in the wind(風に吹かれて)

――の気分でしょう。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

2018年6月27日 (水)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「少年時」から「夏」へ

 

ここでもう一度

「夏」を読みましょう。

 

 

 

血を吐くような 倦(もの)うさ、たゆけさ

今日の日も畑に陽は照り、麦に陽は照り

睡(ねむ)るがような悲しさに、み空をとおく

血を吐くような倦うさ、たゆけさ

 

空は燃え、畑はつづき

雲浮び、眩(まぶ)しく光り

今日の日も陽は炎(も)ゆる、地は睡る

血を吐くようなせつなさに。

 

嵐のような心の歴史は

終焉(おわ)ってしまったもののように

そこから繰(たぐ)れる一つの緒(いとぐち)もないもののように

燃ゆる日の彼方(かなた)に睡る。

 

私は残る、亡骸(なきがら)として――

血を吐くようなせつなさかなしさ。

 

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えました。編者。)

 

 

いうまでもなく

この「夏」は

「少年時」の章の中の「夏」です。

 

第1詩集「山羊の歌」の

第2章「少年時」9篇の

第8番詩です。

 

そして

第1番詩「少年時」の夏から

幾年かを経て巡って来た夏です。

 

同じ風景の中に

少年はいますが

この幾年かの間に少年が辿った時間は

通り過ぎた嵐のような歴史と化し

手繰り寄せる糸口の一つもないかのように

燃える太陽の向こうにあります。

 

嵐のような心の歴史は

燃える日の向こうに

しっかりと眠っています。

 

 

私は残る、亡骸(なきがら) として――

――というのは

もはや

亡骸(なきがら)として

少年の私は残っているだけだという意味に近い状態でしょうが

死んでしまったわけではありません。

 

形骸(けいがい)だけの存在に

ぎっしり詰まっているものがあります。

 

それが

血を吐くような心です。

 

血を吐くような

せつなさかなしさの中に

詩人は生きています。

 

 

私は希望を唇に噛みつぶして

私はギロギロする目で諦めていた……

噫(ああ)、生きていた、私は生きていた!

――と第1番詩「少年時」で歌った現在とは

断絶した「夏」の現在のようですが

変容したものよりも

連続するものの正体が

捉(とら)えられています。

 

4度も繰り返される

血を吐くような

――と

倦(もの)うさ

たゆけさ

せつなさ

かなしさ

――の体言止め。

 

 

ギロギロする目の

変容と連続が

ここにあります。

 

 

「少年時」をあわせて

読んでおきましょう。

 

 

少年時

 

黝(あおぐろ)い石に夏の日が照りつけ、

庭の地面が、朱色に睡(ねむ)っていた。

 

地平の果(はて)に蒸気が立って、

世の亡ぶ、兆(きざし)のようだった。

 

麦田(むぎた)には風が低く打ち、

おぼろで、灰色だった。

 

翔(と)びゆく雲の落とす影のように、

田の面(も)を過ぎる、昔の巨人の姿――

 

夏の日の午過(ひるす)ぎ時刻

誰彼(だれかれ)の午睡(ひるね)するとき、

私は野原を走って行った……

 

私は希望を唇に噛みつぶして

私はギロギロする目で諦(あきら)めていた……

噫(ああ)、生きていた、私は生きていた!

 

 

途中ですが

今回はここまで。

2018年6月24日 (日)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「失せし希望」の空

 

 

 

失せし希望

 

  暗き空へと消え行きぬ

  わが若き日を燃えし希望は。

 

夏の夜の星の如(ごと)くは今もなお

  遐(とお)きみ空に見え隠る、今もなお。

 

暗き空へと消えゆきぬ

  わが若き日の夢は希望は。

 

今はた此処(ここ)に打伏(うちふ)して

  獣(けもの)の如くは、暗き思いす。

 

そが暗き思いいつの日

  晴れんとの知るよしなくて、

 

溺れたる夜の海より

  空の月、望むが如し。

 

その浪(なみ)はあまりに深く

  その月はあまりに清く、

 

あわれわが若き日を燃えし希望の

  今ははや暗き空へと消え行きぬ。

 

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えました。編者。)

 

 

「木蔭」で歌われた空は

「失せし希望」では

明確に暗い空となります。

 

かくて今では朝から夜まで

忍従(にんじゅう)することのほかに生活を持たない

怨みもなく喪心(そうしん)したように

空を見上げる私の眼(まなこ)――

 

「木蔭」から

「失せし希望」への推移。

 

あわれわが若き日を燃えし希望の

  今ははや暗き空へと消え行きぬ。

 

 

この暗い空は

希望が消えて行った空です。

 

ではその空を

恨めし気に見ているのでしょうか?

 

今はた此処(ここ)に打伏(うちふ)して

  獣(けもの)の如くは、暗き思いす。

――とあり、

 

溺れたる夜の海より

  空の月、望むが如し。

――とあるのですから、

暗然は確かでしょうね。

 

 

しかし第2連に、

 

夏の夜の星の如(ごと)くは今もなお

  遐(とお)きみ空に見え隠る、今もなお。

――とあるのも見過ごせません。

 

希望は

夏の夜の星のように

いまもなお見え隠れしています。

 

 

にもかかわらず

やはりこの詩が歌う重心は

消えてなくなった希望です。

 

消えてなくなったという事実であり

希望の中身ではありません。

 

 

かつて存在しましたが

いまは無い――。

 

時の経過を

ここで刻んでおかなければなりませんでした。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

2018年6月23日 (土)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「木蔭」の空

 

 

木蔭

 

神社の鳥居が光をうけて

楡(にれ)の葉が小さく揺すれる

夏の昼の青々した木蔭(こかげ)は

私の後悔を宥(なだ)めてくれる

 

暗い後悔 いつでも附纏(つきまと)う後悔

馬鹿々々しい破笑(はしょう)にみちた私の過去は

やがて涙っぽい晦暝(かいめい)となり

やがて根強い疲労となった

 

かくて今では朝から夜まで

忍従(にんじゅう)することのほかに生活を持たない

怨みもなく喪心(そうしん)したように

空を見上げる私の眼(まなこ)――

 

神社の鳥居が光をうけて

楡の葉が小さく揺すれる

夏の昼の青々した木蔭は

私の後悔を宥めてくれる

 

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えました。編者。)

 

 

「木蔭」の現在は

神社の森で

楡の木蔭に詩人はいます。

 

木蔭が

後悔をやわらげてくれる――。

 

そのことを歌う現在なのですが

木蔭が与えてくれる

安らぎのひとときの背後には

馬鹿々々しい破笑にみちた私の過去があります。

 

やすらぎの現在を歌うのですが

その裏には

後悔ばかりの過去が

ぎゅうぎゅう詰めに犇めいています。

 

後悔はいつまでもつきまとい

涙っぽい晦冥の日々。

 

忍従

喪失

……。

 

 

身心ともに疲労の極に

詩人はあります。

 

たった今

木蔭のやすらぎの中にある詩人のこころは

後悔にめげそうです。

 

こころは折れそうになり

空を見上げるばかりです。

 

 

空に

いったい

何が見えるでしょうか。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

2018年6月22日 (金)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「少年時」後半部の時(とき)

 

 

 

 

木蔭

 

神社の鳥居が光をうけて

楡(にれ)の葉が小さく揺すれる

夏の昼の青々した木蔭(こかげ)は

私の後悔を宥(なだ)めてくれる

 

暗い後悔 いつでも附纏(つきまと)う後悔

馬鹿々々しい破笑(はしょう)にみちた私の過去は

やがて涙っぽい晦暝(かいめい)となり

やがて根強い疲労となった

 

かくて今では朝から夜まで

忍従(にんじゅう)することのほかに生活を持たない

怨みもなく喪心(そうしん)したように

空を見上げる私の眼(まなこ)――

 

神社の鳥居が光をうけて

楡の葉が小さく揺すれる

夏の昼の青々した木蔭は

私の後悔を宥めてくれる

 

 

失せし希望

 

  暗き空へと消え行きぬ

  わが若き日を燃えし希望は。

 

夏の夜の星の如(ごと)くは今もなお

  遐(とお)きみ空に見え隠る、今もなお。

 

暗き空へと消えゆきぬ

  わが若き日の夢は希望は。

 

今はた此処(ここ)に打伏(うちふ)して

  獣(けもの)の如くは、暗き思いす。

 

そが暗き思いいつの日

  晴れんとの知るよしなくて、

 

溺れたる夜の海より

  空の月、望むが如し。

 

その浪(なみ)はあまりに深く

  その月はあまりに清く、

 

あわれわが若き日を燃えし希望の

  今ははや暗き空へと消え行きぬ。

 

 

 

血を吐くような 倦(もの)うさ、たゆけさ

今日の日も畑に陽は照り、麦に陽は照り

睡(ねむ)るがような悲しさに、み空をとおく

血を吐くような倦うさ、たゆけさ

 

空は燃え、畑はつづき

雲浮び、眩(まぶ)しく光り

今日の日も陽は炎(も)ゆる、地は睡る

血を吐くようなせつなさに。

 

嵐のような心の歴史は

終焉(おわ)ってしまったもののように

そこから繰(たぐ)れる一つの緒(いとぐち)もないもののように

燃ゆる日の彼方(かなた)に睡る。

 

私は残る、亡骸(なきがら)として――

血を吐くようなせつなさかなしさ。

 

 

心象   Ⅰ

 

松の木に風が吹き、

踏む砂利(じゃり)の音は寂しかった。

暖い風が私の額を洗い

思いははるかに、なつかしかった。

 

腰をおろすと、

浪(なみ)の音がひときわ聞えた。

星はなく

空は暗い綿(わた)だった。

 

とおりかかった小舟の中で

船頭(せんどう)がその女房に向って何かを云(い)った。

――その言葉は、聞きとれなかった。

 

浪の音がひときわきこえた。

 

   Ⅱ

 

亡(ほろ)びたる過去のすべてに

涙湧(わ)く。

城の塀乾きたり

風の吹く

 

草靡く

丘を越え、野を渉(わた)り

憩(いこ)いなき

白き天使のみえ来ずや

 

 

あわれわれ死なんと欲(ほっ)す、

あわれわれ生きんと欲す

あわれわれ、亡びたる過去のすべてに

 

涙湧く。

み空の方より、

風の吹く

 

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えました。編者。)

 

 

以上が

「少年時」の章の9作品のうち

後半部の4作品です。

 

少年時

盲目の秋

我が喫煙

妹よ

寒い夜の自我像

――というラインアップに

この4作が続いて配置されています。

 

タイトルだけではわかりませんが

前半部と後半部の詩は

くっきりとした違いがあります。

 

 

「木蔭」の第2連、

 

暗い後悔 いつでも附纏(つきまと)う後悔

馬鹿々々しい破笑(はしょう)にみちた私の過去は

やがて涙っぽい晦暝(かいめい)となり

やがて根強い疲労となった

 

「失せし希望」の第1連および最終連、

 

暗き空へと消え行きぬ

わが若き日を燃えし希望は。

 

「夏」の第3連、

 

嵐のような心の歴史は

終焉(おわ)ってしまったもののように

そこから繰(たぐ)れる一つの緒(いとぐち)もないもののように

燃ゆる日の彼方(かなた)に睡る。

 

「心象」の「Ⅱ」の第1連、

 

亡(ほろ)びたる過去のすべてに

涙湧(わ)く。

 

――などに明示されるのは

帰らざる時間(とき)、遠い過去ばかりです。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

2018年6月21日 (木)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「妹よ」

 

 

 

妹よ

 

夜、うつくしい魂は涕(な)いて、

  ――かの女こそ正当(あたりき)なのに――

夜、うつくしい魂は涕いて、

  もう死んだっていいよう……というのであった。

 

湿った野原の黒い土、短い草の上を

  夜風は吹いて、 

死んだっていいよう、死んだっていいよう、と、

  うつくしい魂は涕くのであった。

 

夜、み空はたかく、吹く風はこまやかに

  ――祈るよりほか、わたくしに、すべはなかった……

 

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えました。編者。)

 

 

この詩に

妹がなぜ現われるのでしょうか?

 

妹のいない詩人が

なぜ突如、妹を歌ったのでしょうか?

 

この妹は

またも長谷川泰子以外に

考えられないところがいかにも晦渋で

それはまたこの詩の卓越さでもありますが

妹の出現は謎であり

不思議の極みでもあります。

 

 

それに

この詩についても

なぜ「少年時」の章に配置されているのかという問いを

避けて通ることはできません。

 

この問いは

「わが喫煙」に向けたのと同じように

問われなければならないことでしょう。

 

この詩が

過去の恋を歌ったことを知るまでには

すこし時間がかかるかもしれませんが。

 

 

しかしこの詩に

ランボーの足跡がないことを

断言できるでしょうか。

 

くっきりとは現われませんが

ランボーの影(痕跡)があると見るのは

不自然でしょうか、

不可能でしょうか。

 

死を口にする女性のイメージが

ランボーに起因するなどといえば

馬鹿げたことでしょうか。

 

 

何一つ断言できませんが

「わが喫煙」の現在には

詩人と長谷川泰子が

横浜の街に遊び

途中で歩み疲れた泰子の言うままに

カフェレストランに入った過去のある日を歌ったものと

思わせるリアリティーがあるのに

この詩は

なんら詩人の現実とつながりません。

 

死んだっていいよう

――と泣いている女性は

長谷川泰子以外にないのに

妹に変ってしまうのは

なぜでしょうか?

 

不思議の理由を突き詰めていくと

うっすらとランボーが見えてきては

消えていきます。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

2018年6月18日 (月)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「わが喫煙」の歴史的現在

 

 

中原中也を読みはじめて

ざっと10年の歳月が流れました。

 

長い間、「わが喫煙」が

なぜ「山羊の歌」の「少年時」に配置されているのかを

疑問に思っていましたが

この最大の難問が今になって

溶解していくようで感慨一入(ひとしお)です。

 

そのうえ、ランボーの足跡をたどるうちに

その疑問が解けていくのを

発見するのは心地よいことでした。

 

 

わが喫煙

 

おまえのその、白い二本の脛(すね)が、

  夕暮(ゆうぐれ)、港の町の寒い夕暮、

にょきにょきと、ペエヴの上を歩むのだ。

  店々に灯(ひ)がついて、灯がついて、

私がそれをみながら歩いていると、

  おまえが声をかけるのだ、

どっかにはいって憩(やす)みましょうよと。

 

そこで私は、橋や荷足を見残しながら、

  レストオランに這入(はい)るのだ――

わんわんいう喧騒(どよもし)、むっとするスチーム、

  さても此処(ここ)は別世界。

そこで私は、時宜(じぎ)にも合わないおまえの陽気な顔を眺め、

  かなしく煙草(たばこ)を吹かすのだ、

一服(いっぷく)、一服、吹かすのだ……

 

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えました。編者。)

 

 

この詩に

ランボーの足跡はありません。

 

今、詩人の目の前にあるのは

にょきにょきと素足を曝して

舗道(ペーブ)を歩む女性の姿です。

 

私(詩人)は

おまえ(泰子)が疲れた様子も見せずに

どこかのお店に入りましょうよと

いつものような気軽さで言うのが不満で

かなしく煙草を吹かしています。

 

気分がズレてしまっているこういう状態は

倦怠(アンニュイ)というより

もう少し根の深いところに起因しているのですが

詩はそのことをたどろうとはしません。

 

 

「わが喫煙」は

現在形で歌われているところに

隠された意図があります。

 

この現在形は

歴史的現在と呼んでもよい現在で

現在形でありながら

過去を歌っているものです。

 

ここにこそ「わが喫煙」が

「少年時」の章へ配置された意図があります。

 

 

にょきにょきとペエヴの上を歩むのだ

――という断定の現在形に出くわす時

詩人の目の前にある泰子の2本の足は

読む人の目の前にもあります。

 

こうして

2人の間にある

恋人同士だけに特有な

あの濃密な時間の中に

いきなり引きずりこまれます。

 

恋人同士であっても

気持ちがちぐはぐになることもあるものなどと感じながら

私(詩人)がかなしく吹かす煙草の苦味(にがみ)を

さほどのこととも思い致さないで

詩を読み終えます。

 

そうして

刻印されるのは

多少はほころびはじめた恋人同士の時間です。

 

ほころびがあっても

恋人同士の時間です。

 

 

ところがこの詩を

詩人がここ「少年時」の章を置いたのは

この章に

遠いのも近いのも含めて

戻ることのできない過去の時(とき)を集めようとしたからでした。

 

遠い時(とき)であった幼少時代も

近い過去(とき)であったランデブーも

どちらも2度と帰ってこない過ぎ去った時間でした。

 

非可逆的な時間(とき)でした。

 

 

「わが喫煙」の

次に置かれた「妹よ」も

帰って来ない過去の時間を歌った詩です。

 

「少年時」の章の後半部にある

「木蔭」も

「失せし希望」も

「夏」も

「心象」も同じです。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

2018年6月15日 (金)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/続・「夜寒の都会」から「寒い夜の自我像」へ

 

 

「寒い夜の自我像」は

「山羊の歌」の第2章「少年時」に

少年時

盲目の秋

わが喫煙

妹よ

寒い夜の自我像

木蔭

失せし希望

心象

――の順で配置された9篇の一つで

中原中也の代表作の一つです。

 

この詩の第1次形態が3節構成でした。

 

その草稿が「ノート小年時」に記されて現存し

詩の末尾に「1929、1、20」とあることから

制作日は特定されています。

 

 

いっぽうの「夜寒の都会」の制作は

「少年時(母は父を送り出すと、部屋に帰って来て溜息(ためいき)をした)」と

同じ原稿用紙に書かれてあることから

1927年(昭和2年)に制作されたことが推定されています。

 

冬の都会の夜を背景にした詩は

このほかにもあるかもしれませんが

「夜寒の都会」を作って2年後に

「寒い夜の自我像」が作られたことになります。

 

 

すでに見てきたように

「盲目の秋」の第1節(Ⅰ)にはランボーの足跡があり

その第1節が第2節以後、長谷川泰子への恋歌に転じる構造がありました。

 

この構造が

「寒い夜の自我像」の原形詩の

第1節と第2節以後の詩にもありました。

 

「寒い夜の自我像」へとつながる

未発表詩篇「夜寒の都会」の最終行にランボーの足跡があり

この詩の中にもまた

泰子の面影があります。

 

 

中也は

長谷川泰子を失なって以後

失なったこと自体の意味を確認する過程で

多量の恋愛詩を生み出します。

 

その仕事は

自身に死が突然やってくる年(1938年)にも及びました。

 

ほぼ10年にわたって

恋愛詩を書いたことになります。

 

 

「山羊の歌」の「少年時」に

長谷川泰子が現われるのは

長谷川泰子との過去を歌った初めであるでしょう。

 

その影に

ランボーの足跡はあり

時折、姿を現わします。

 

 

「わが喫煙」は

今、目の前にいる泰子との時間を歌いますが

詩の外の現実では

遠い時間でした。

 

 

わが喫煙

 

おまえのその、白い二本の脛(すね)が、

  夕暮(ゆうぐれ)、港の町の寒い夕暮、

にょきにょきと、ペエヴの上を歩むのだ。

  店々に灯(ひ)がついて、灯がついて、

私がそれをみながら歩いていると、

  おまえが声をかけるのだ、

どっかにはいって憩(やす)みましょうよと。

 

そこで私は、橋や荷足を見残しながら、

  レストオランに這入(はい)るのだ――

わんわんいう喧騒(どよもし)、むっとするスチーム、

  さても此処(ここ)は別世界。

そこで私は、時宜(じぎ)にも合わないおまえの陽気な顔を眺め、

  かなしく煙草(たばこ)を吹かすのだ、

一服(いっぷく)、一服、吹かすのだ……

 

 

途中ですが

今回はここまで。

2018年6月14日 (木)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「夜寒の都会」から「寒い夜の自我像」へ

 

 

「夜寒の都会」の最終連に現われる天子は

自分の胯を裂いて、

ずたずたに甘えてすべてを呪った

――と暗喩で登場しますが

つまるところ、この天子は

詩人自身のことではないでしょうか?

 

このなんとも面妖(めんよう)な表現を読み解こうとして

あっちへ行ったりこっちへ行ったりしている中で

ふとそのような答が出てきました。

 

 

この天子は前連で

沈黙から紫がかった

数個の苺を受け取った私でした。

 

紫がかった苺は

心や魂の

恐ろしいほどに凍てついた孤独の状態を

シュールに表わしただけのことですよね。

 

それなら

天子だって

同じことですよ。

 

自らの股を裂いて

ずたずたに甘えてすべてを呪った

――というのは

なんらかの苛酷な状態を表わした

シュールレアリスティックな表現です。

 

 

この状態に詩人を追いやったのは

やはり長谷川泰子に逃げられた事件でした。

 

そのことは

「山羊の歌」の「少年時」の章に配置された

「寒い夜の自我像」の来歴をたどれば

くっきりと理解できます。

 

 

「寒い夜の自我像」は

最初に作られた時には

3節で構成されていました。

 

3節構成の詩の第1節だけが

「寒い夜の自我像」として初めて発表されたのは

「白痴群」の創刊号(昭和4年、1929年)4月のことです。

 

まずこの3節構成の「寒い夜の自我像」を

読みましょう。

 

 

寒い夜の自我像

 

   1

 

きらびやかでもないけれど、

この一本の手綱(たづな)をはなさず

この陰暗の地域をすぎる!

その志(こころざし)明らかなれば

冬の夜を、我は嘆かず、

人々の憔懆(しょうそう)のみの悲しみや

憧れに引廻(ひきまわ)される女等の鼻唄を、

わが瑣細(ささい)なる罰と感じ

そが、わが皮膚を刺すにまかす。

蹌踉(よろ)めくままに静もりを保ち、

聊(いささ)か儀文めいた心地をもって

われはわが怠惰を諌(いさ)める、

寒月の下を往きながら、

 

陽気で坦々として、しかも己を売らないことをと、

わが魂の願うことであった!……

 

   2

 

恋人よ、その哀しげな歌をやめてよ、

おまえの魂がいらいらするので、

そんな歌をうたいだすのだ。

しかもおまえはわがままに

親しい人だと歌ってきかせる。

 

ああ、それは不可(いけ)ないことだ!

降りくる悲しみを少しもうけとめないで、

安易で架空な有頂天を幸福と感じ倣(な)し

自分を売る店を探して走り廻るとは、

なんと悲しく悲しいことだ……

 

   3

 

神よ私をお憐(あわ)れみ下さい!

 

 私は弱いので、

 悲しみに出遇(であ)うごとに自分が支えきれずに、

 生活を言葉に換えてしまいます。

 そして堅くなりすぎるか

 自堕落になりすぎるかしなければ、

 自分を保つすべがないような破目(はめ)になります。

 

神よ私をお憐れみ下さい!

この私の弱い骨を、暖いトレモロで満たして下さい。

ああ神よ、私が先(ま)ず、自分自身であれるよう

日光と仕事とをお与え下さい!

                       (一九二九・一・二〇)

 

(「新編中原中也全集」第2巻「詩Ⅱ」より。新かなに変えました。編者。)

 

 

この詩の構造には

見覚えがあります。

 

第1節と第2節、第3節とが

連続していないような作りの詩は

驚くなかれ!

「盲目の秋」とまったく同様です。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

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