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カテゴリー「面白い!中也の日本語」の記事

2018年6月21日 (木)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「妹よ」

 

 

 

妹よ

 

夜、うつくしい魂は涕(な)いて、

  ――かの女こそ正当(あたりき)なのに――

夜、うつくしい魂は涕いて、

  もう死んだっていいよう……というのであった。

 

湿った野原の黒い土、短い草の上を

  夜風は吹いて、 

死んだっていいよう、死んだっていいよう、と、

  うつくしい魂は涕くのであった。

 

夜、み空はたかく、吹く風はこまやかに

  ――祈るよりほか、わたくしに、すべはなかった……

 

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えました。編者。)

 

 

この詩に

妹がなぜ現われるのでしょうか?

 

妹のいない詩人が

なぜ突如、妹を歌ったのでしょうか?

 

この妹は

またも長谷川泰子以外に

考えられないところがいかにも晦渋で

それはまたこの詩の卓越さでもありますが

妹の出現は謎であり

不思議の極みでもあります。

 

 

それに

この詩についても

なぜ「少年時」の章に配置されているのかという問いを

避けて通ることはできません。

 

この問いは

「わが喫煙」に向けたのと同じように

問われなければならないことでしょう。

 

この詩が

過去の恋を歌ったことを知るまでには

すこし時間がかかるかもしれませんが。

 

 

しかしこの詩に

ランボーの足跡がないことを

断言できるでしょうか。

 

くっきりとは現われませんが

ランボーの影(痕跡)があると見るのは

不自然でしょうか、

不可能でしょうか。

 

死を口にする女性のイメージが

ランボーに起因するなどといえば

馬鹿げたことでしょうか。

 

 

何一つ断言できませんが

「わが喫煙」の現在には

詩人と長谷川泰子が

横浜の街に遊び

途中で歩み疲れた泰子の言うままに

カフェレストランに入った過去のある日を歌ったものと

思わせるリアリティーがあるのに

この詩は

なんら詩人の現実とつながりません。

 

死んだっていいよう

――と泣いている女性は

長谷川泰子以外にないのに

妹に変ってしまうのは

なぜでしょうか?

 

不思議の理由を突き詰めていくと

うっすらとランボーが見えてきては

消えていきます。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

2018年6月18日 (月)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「わが喫煙」の歴史的現在

 

 

中原中也を読みはじめて

ざっと10年の歳月が流れました。

 

長い間、「わが喫煙」が

なぜ「山羊の歌」の「少年時」に配置されているのかを

疑問に思っていましたが

この最大の難問が今になって

溶解していくようで感慨一入(ひとしお)です。

 

そのうえ、ランボーの足跡をたどるうちに

その疑問が解けていくのを

発見するのは心地よいことでした。

 

 

わが喫煙

 

おまえのその、白い二本の脛(すね)が、

  夕暮(ゆうぐれ)、港の町の寒い夕暮、

にょきにょきと、ペエヴの上を歩むのだ。

  店々に灯(ひ)がついて、灯がついて、

私がそれをみながら歩いていると、

  おまえが声をかけるのだ、

どっかにはいって憩(やす)みましょうよと。

 

そこで私は、橋や荷足を見残しながら、

  レストオランに這入(はい)るのだ――

わんわんいう喧騒(どよもし)、むっとするスチーム、

  さても此処(ここ)は別世界。

そこで私は、時宜(じぎ)にも合わないおまえの陽気な顔を眺め、

  かなしく煙草(たばこ)を吹かすのだ、

一服(いっぷく)、一服、吹かすのだ……

 

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えました。編者。)

 

 

この詩に

ランボーの足跡はありません。

 

今、詩人の目の前にあるのは

にょきにょきと素足を曝して

舗道(ペーブ)を歩む女性の姿です。

 

私(詩人)は

おまえ(泰子)が疲れた様子も見せずに

どこかのお店に入りましょうよと

いつものような気軽さで言うのが不満で

かなしく煙草を吹かしています。

 

気分がズレてしまっているこういう状態は

倦怠(アンニュイ)というより

もう少し根の深いところに起因しているのですが

詩はそのことをたどろうとはしません。

 

 

「わが喫煙」は

現在形で歌われているところに

隠された意図があります。

 

この現在形は

歴史的現在と呼んでもよい現在で

現在形でありながら

過去を歌っているものです。

 

ここにこそ「わが喫煙」が

「少年時」の章へ配置された意図があります。

 

 

にょきにょきとペエヴの上を歩むのだ

――という断定の現在形に出くわす時

詩人の目の前にある泰子の2本の足は

読む人の目の前にもあります。

 

こうして

2人の間にある

恋人同士だけに特有な

あの濃密な時間の中に

いきなり引きずりこまれます。

 

恋人同士であっても

気持ちがちぐはぐになることもあるものなどと感じながら

私(詩人)がかなしく吹かす煙草の苦味(にがみ)を

さほどのこととも思い致さないで

詩を読み終えます。

 

そうして

刻印されるのは

多少はほころびはじめた恋人同士の時間です。

 

ほころびがあっても

恋人同士の時間です。

 

 

ところがこの詩を

詩人がここ「少年時」の章を置いたのは

この章に

遠いのも近いのも含めて

戻ることのできない過去の時(とき)を集めようとしたからでした。

 

遠い時(とき)であった幼少時代も

近い過去(とき)であったランデブーも

どちらも2度と帰ってこない過ぎ去った時間でした。

 

非可逆的な時間(とき)でした。

 

 

「わが喫煙」の

次に置かれた「妹よ」も

帰って来ない過去の時間を歌った詩です。

 

「少年時」の章の後半部にある

「木蔭」も

「失せし希望」も

「夏」も

「心象」も同じです。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

2018年6月15日 (金)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/続・「夜寒の都会」から「寒い夜の自我像」へ

 

 

「寒い夜の自我像」は

「山羊の歌」の第2章「少年時」に

少年時

盲目の秋

わが喫煙

妹よ

寒い夜の自我像

木蔭

失せし希望

心象

――の順で配置された9篇の一つで

中原中也の代表作の一つです。

 

この詩の第1次形態が3節構成でした。

 

その草稿が「ノート小年時」に記されて現存し

詩の末尾に「1929、1、20」とあることから

制作日は特定されています。

 

 

いっぽうの「夜寒の都会」の制作は

「少年時(母は父を送り出すと、部屋に帰って来て溜息(ためいき)をした)」と

同じ原稿用紙に書かれてあることから

1927年(昭和2年)に制作されたことが推定されています。

 

冬の都会の夜を背景にした詩は

このほかにもあるかもしれませんが

「夜寒の都会」を作って2年後に

「寒い夜の自我像」が作られたことになります。

 

 

すでに見てきたように

「盲目の秋」の第1節(Ⅰ)にはランボーの足跡があり

その第1節が第2節以後、長谷川泰子への恋歌に転じる構造がありました。

 

この構造が

「寒い夜の自我像」の原形詩の

第1節と第2節以後の詩にもありました。

 

「寒い夜の自我像」へとつながる

未発表詩篇「夜寒の都会」の最終行にランボーの足跡があり

この詩の中にもまた

泰子の面影があります。

 

 

中也は

長谷川泰子を失なって以後

失なったこと自体の意味を確認する過程で

多量の恋愛詩を生み出します。

 

その仕事は

自身に死が突然やってくる年(1938年)にも及びました。

 

ほぼ10年にわたって

恋愛詩を書いたことになります。

 

 

「山羊の歌」の「少年時」に

長谷川泰子が現われるのは

長谷川泰子との過去を歌った初めであるでしょう。

 

その影に

ランボーの足跡はあり

時折、姿を現わします。

 

 

「わが喫煙」は

今、目の前にいる泰子との時間を歌いますが

詩の外の現実では

遠い時間でした。

 

 

わが喫煙

 

おまえのその、白い二本の脛(すね)が、

  夕暮(ゆうぐれ)、港の町の寒い夕暮、

にょきにょきと、ペエヴの上を歩むのだ。

  店々に灯(ひ)がついて、灯がついて、

私がそれをみながら歩いていると、

  おまえが声をかけるのだ、

どっかにはいって憩(やす)みましょうよと。

 

そこで私は、橋や荷足を見残しながら、

  レストオランに這入(はい)るのだ――

わんわんいう喧騒(どよもし)、むっとするスチーム、

  さても此処(ここ)は別世界。

そこで私は、時宜(じぎ)にも合わないおまえの陽気な顔を眺め、

  かなしく煙草(たばこ)を吹かすのだ、

一服(いっぷく)、一服、吹かすのだ……

 

 

途中ですが

今回はここまで。

2018年6月14日 (木)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「夜寒の都会」から「寒い夜の自我像」へ

 

 

「夜寒の都会」の最終連に現われる天子は

自分の胯を裂いて、

ずたずたに甘えてすべてを呪った

――と暗喩で登場しますが

つまるところ、この天子は

詩人自身のことではないでしょうか?

 

このなんとも面妖(めんよう)な表現を読み解こうとして

あっちへ行ったりこっちへ行ったりしている中で

ふとそのような答が出てきました。

 

 

この天子は前連で

沈黙から紫がかった

数個の苺を受け取った私でした。

 

紫がかった苺は

心や魂の

恐ろしいほどに凍てついた孤独の状態を

シュールに表わしただけのことですよね。

 

それなら

天子だって

同じことですよ。

 

自らの股を裂いて

ずたずたに甘えてすべてを呪った

――というのは

なんらかの苛酷な状態を表わした

シュールレアリスティックな表現です。

 

 

この状態に詩人を追いやったのは

やはり長谷川泰子に逃げられた事件でした。

 

そのことは

「山羊の歌」の「少年時」の章に配置された

「寒い夜の自我像」の来歴をたどれば

くっきりと理解できます。

 

 

「寒い夜の自我像」は

最初に作られた時には

3節で構成されていました。

 

3節構成の詩の第1節だけが

「寒い夜の自我像」として初めて発表されたのは

「白痴群」の創刊号(昭和4年、1929年)4月のことです。

 

まずこの3節構成の「寒い夜の自我像」を

読みましょう。

 

 

寒い夜の自我像

 

   1

 

きらびやかでもないけれど、

この一本の手綱(たづな)をはなさず

この陰暗の地域をすぎる!

その志(こころざし)明らかなれば

冬の夜を、我は嘆かず、

人々の憔懆(しょうそう)のみの悲しみや

憧れに引廻(ひきまわ)される女等の鼻唄を、

わが瑣細(ささい)なる罰と感じ

そが、わが皮膚を刺すにまかす。

蹌踉(よろ)めくままに静もりを保ち、

聊(いささ)か儀文めいた心地をもって

われはわが怠惰を諌(いさ)める、

寒月の下を往きながら、

 

陽気で坦々として、しかも己を売らないことをと、

わが魂の願うことであった!……

 

   2

 

恋人よ、その哀しげな歌をやめてよ、

おまえの魂がいらいらするので、

そんな歌をうたいだすのだ。

しかもおまえはわがままに

親しい人だと歌ってきかせる。

 

ああ、それは不可(いけ)ないことだ!

降りくる悲しみを少しもうけとめないで、

安易で架空な有頂天を幸福と感じ倣(な)し

自分を売る店を探して走り廻るとは、

なんと悲しく悲しいことだ……

 

   3

 

神よ私をお憐(あわ)れみ下さい!

 

 私は弱いので、

 悲しみに出遇(であ)うごとに自分が支えきれずに、

 生活を言葉に換えてしまいます。

 そして堅くなりすぎるか

 自堕落になりすぎるかしなければ、

 自分を保つすべがないような破目(はめ)になります。

 

神よ私をお憐れみ下さい!

この私の弱い骨を、暖いトレモロで満たして下さい。

ああ神よ、私が先(ま)ず、自分自身であれるよう

日光と仕事とをお与え下さい!

                       (一九二九・一・二〇)

 

(「新編中原中也全集」第2巻「詩Ⅱ」より。新かなに変えました。編者。)

 

 

この詩の構造には

見覚えがあります。

 

第1節と第2節、第3節とが

連続していないような作りの詩は

驚くなかれ!

「盲目の秋」とまったく同様です。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

2018年6月13日 (水)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「夜寒の都会」の天子

 

 

「夜寒の都会」に明示されたランボーの足跡を

これでは物足りなく感じている人のために

もう一つの例を記しておきましょう。

 

それは「夜寒の都会」の最終行に現われる

天子です。

 

 

ガリラヤの湖にしたりながら、

天子は自分の胯(また)を裂いて、

ずたずたに甘えてすべてを呪つた。

――と天子は現われるのですが

この詩「夜寒の都会」の前後の詩には

一般的に使われる天使が出現します。

 

一つは中也が書いた

最初の散文詩「或る心の一季節」に、

 

それを得たる者の胸に訪れる筈の天使

――として出てくる例で

大正14年(1925年)春の制作(推定)。

 

もう一つは

昭和2年(1927年)春の制作(推定)の「地極の天使」で

こちらは本文詩行にではなく

詩タイトルにあります。

 

 

「夜寒の都会」に現われる天子は

どう見ても天使の意味を持ちますが

中也は天子という字形にこだわって

天の使い(エンジェル)であり

天の子(こども)であるという二重の含みを

持たせたかったもののようです。

 

 

「新編中原中也全集」の解題では

ランボーの翻訳をここで参照しています。

 

中原中也が訳したランボーの「黄金期」は

「翻訳詩ファイル」という未発表翻訳詩篇の中にあるもので

この詩に

「天子の如き!」

――と現われます。

 

なかなか読む機会がありませんから

ここで全行に目を通しておきましょう。

 

 

黄金期   アルチュール・ランボオ

 

声の或るもの、

――天子の如き!――

厳密に聴きとれるは

私に属す、



酔と狂気とを

決して誘わない、

かの分岐する

千の問題。



Terque quaterque

悦ばしくたやすい

この旋回を知れよ、

波と草本、

それの家族の!



それからまた一つの声、

――天子の如き!――

厳密に聴きとれるは

私に属す、



そして忽然として歌う、

吐息のように、

劇しく豊かな

独乙のそれの。

世界は不徳だと

君はいうか? 君は驚くか?

生きよ! 不運な影は

火に任せよ……

 

Pluries

おお美しい城、

その生は朗か!

おまえは何時の代の者だ?

我等の祖父の

天賦の王侯の御代のか。

Indesinenter

私も歌うよ!

八重なる妹(いも)よ、その声は

聊かも公共的でない、

貞潔な耀きで

取り囲めよ私を

 

(「新編中原中也全集」第3巻「翻訳」より。新かなに変えました。編者。)

 

 

この詩は

1連を4行とする8連構成の詩。

 

第3連と第7連と第8連には

各連全体を片方の中括弧(={ )でくくった上で

Terque quaterque=3回でも4回でも

Pluries=何回でも

Indesinenter=いつまでも、

――とラテン語の註がある詩です。

 

 

また、

「ランボオ詩集」(1938年発行)に収録された「孤児のお年玉」には

「だが揺籃を見舞う天子は彼等の涙を拭ひに来ます」

――と訳した例が現われます。

 

 

孤児等のお年玉

 

  Ⅰ 

 

薄暗い部屋。

ぼんやり聞こえるのは

二人の子供の悲しいやさしい私話(ささやき)。

互いに額を寄せ合って、おまけに夢想(ゆめ)で重苦しげで、

慄えたり揺らいだりする長い白いカーテンの前。

戸外(そと)では、小鳥たちが寄り合って、寒がっている。

灰色の空の下で彼等の羽はかじかんでいる。

さて、霧の季節の後(あと)に来た新年は、

ところどころに雪のある彼女の衣裳を引摺りながら、

涙をうかべて微笑をしたり寒さに慄えて歌ったりする。

 

  Ⅱ    

 

二人の子供は揺れ動くカーテンの前、

低声で話をしています、恰度(ちょうど)暗夜に人々がそうするように。

遠くの囁でも聴くよう、彼等は耳を澄ましています。

彼等屡々、目覚時計の、けざやかな鈴(りん)の音には

びっくりするのでありました、それはりんりん鳴ります 鳴ります、

硝子の覆いのその中で、金属的なその響き。

部屋は凍てつく寒さです。寝床の周囲(まわり)に散らばった

喪服は床(ゆか)まで垂れてます。

酷(きび)しい冬の北風は、戸口や窓に泣いていて、

陰気な息吹を此の部屋の中までどんどん吹込みます。

彼等は感じているのです、何かが不足していると……

それは母親なのではないか、此のいたいけな子達にとって、

それは得意な眼眸(まなざし)ににこにこ微笑を湛えてる母親なのではないでしょうか?

母親は、夕方独りで様子ぶり、忘れていたのでありましょうか、

灰を落としてストーブをよく燃えるようにすることも、

彼等の上に羊毛や毬毛(わたげ)をどっさり掛けることも?

彼等の部屋を出てゆく時に、お休みなさいを云いながら、

その晨方(あさがた)が寒いだろうと、気の付かなかったことでしょうか、

戸締(とじ)めをしっかりすることさえも、うっかりしていたのでしょうか?

――母の夢、それは微温の毛氈(もうせん)です、

柔らかい塒(ねぐら)です、其処に子供等小さくなって、

枝に揺られる小鳥のように、

ほのかなねむりを眠ります!

今此の部屋は、羽なく熱なき塒(ねぐら)です。

二人の子供は寒さに慄え、眠りもしないで怖れにわななき、

これではまるで北風が吹き込むための塒(ねぐら)です……

 

  Ⅲ   

 

諸君は既にお分りでしょう、此の子等には母親はありません。

養母(そだておや)さえない上に、父は他国にいるのです!……

そこで婆やがこの子等の、面倒はみているのです。

つまり凍った此の家に住んでいるのは彼等だけ……

今やこれらの幼い孤児が、嬉しい記憶を彼等の胸に

徐々に徐々にと繰り展(ひろ)げます、

恰度お祈りする時に、念珠(じゅず)を爪繰るようにして。

ああ! お年玉、貰える朝の、なんと嬉しいことでしょう。

明日(あした)は何を貰えることかと、眠れるどころの騒ぎでない。

わくわくしながら玩具(おもちゃ)を想い、

金紙包(きんがみづつ)みのボンボン想い、キラキラきらめく宝石類は、

しゃなりしゃなりと渦巻き踊り、

やがて見えなくなるかとみれば、またもやそれは現れてくる。

さて朝が来て目が覚める、直ぐさま元気で跳(は)ね起きる。

目を擦(こす)っている暇もなく、口には唾(つばき)が湧くのです、

さて走ってゆく、頭はもじゃもじゃ、

目玉はキョロキョロ、嬉しいのだもの、

小さな跣足(はだし)で床板踏んで、

両親の部屋の戸口に来ると、そおっとそおっと扉に触れる、

さて這入ります、それからそこで、御辞儀……寝巻のまんま、

接唇(ベーゼ)は頻(しき)って繰返される、もう当然の躁ぎ方です!

 

  Ⅳ

 

ああ! 楽しかったことであった、何べん思い出されることか……

――変り果てたる此の家(や)の有様(さま)よ!

太い薪は炉格(シュミネ)の中で、かっかかっかと燃えていたっけ。

家中明るい灯火は明(あか)り、

それは洩れ出て外(そと)まで明るく、

机や椅子につやつやひかり、

鍵のしてない大きな戸棚、鍵のしてない黒い戸棚を

子供はたびたび眺めたことです、

鍵がないとはほんとに不思議! そこで子供は夢みるのでした、

戸棚の中の神秘の数々、

聞こえるようです、鍵穴からは、

遠いい幽(かす)かな嬉しい囁き……

――両親の部屋は今日ではひっそり!

ドアの下から光も漏れぬ。

両親はいぬ、家よ、鍵よ、

接唇(ベーゼ)も言葉も呉れないままで、去(い)ってしまった!

なんとつまらぬ今年の正月!

ジッと案じているうち涙は、

青い大きい目に浮かみます、

彼等呟く、『何時母さんは帰って来(くる)ンだい?』

 

  Ⅴ    

 

今、二人は悲しげに、眠っております。

それを見たらば、眠りながらも泣いてると諸君は云われることでしょう、

そんなに彼等の目は腫れてその息遣いは苦しげです。

ほんに子供というものは感じやすいものなのです!……

だが揺籃を見舞う天子は彼等の涙を拭いに来ます。

そして彼等の苦しい眠に嬉しい夢を授けます。

その夢は面白いので半ば開いた彼等の唇(くち)は、

やがて微笑み、何か呟くように見えます。

彼等はぽちゃぽちゃした腕に体重(おもみ)を凭(もた)せ、

やさしい目覚めの身振りして、頭を擡(もた)げる夢をばみます。

そして、ぼんやりした目してあたりをずっと眺めます。

彼等は薔薇の色をした楽園にいると思います……

パッと明るい竃(かまど)には薪がかっかと燃えてます、

窓からは、青い空さえ見えてます。

大地は輝き、光は夢中になってます、

半枯(はんかれ)の野面(のも)は蘇生の嬉しさに、

陽射しに身をばまかせています、

さても彼等のあの家が、今では総体(いったい)に心地よく、

古い着物ももはやそこらに散らばっていず、

北風も扉の隙からもう吹込みはしませんでした。

仙女でも見舞ってくれたことでしょう!……

――二人の子供は、夢中になって、叫んだものです…おや其処に、

母さんの寝床の傍に明るい明るい陽を浴びて、

ほら其処に、毛氈(タピー)の上に、何かキラキラ光っている。

それらみんな大きいメタル、銀や黒のや白いのや、

チラチラ耀(かがや)く黒玉や、真珠母や、

小さな黒い額縁や、玻璃(はり)の王冠、

みれば金字が彫り付けてある、『我等が母に!』と。

 

〔千八百六十九年末つ方〕

 

(同上。)

 

 

「だが揺籃を見舞う天子は彼等の涙を拭いに来ます。」は

Ⅴの第5行にあります。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

2018年6月12日 (火)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「夜寒の都会」続

 

 

「夜寒の都会」は

全篇が比喩で固められた人工の島のようで

はじめは取り付く島もありませんが

ひとたび糸口をつかめば

すんなりと詩世界へ入り込める仕掛けになっています。

 

入って後に

もう一山が立ちはだかりますが。

 

 

夜寒の都会

 

外燈に誘出(さそいだ)された長い板塀(いたべい)、

人々は影を連れて歩く。

 

星の子供は声をかぎりに、

ただよう靄(もや)をコロイドとする。

 

亡国に来て元気になった、

この洟色(はないろ)の目の婦(おんな)、

今夜こそ心もない、魂もない。

 

舗道の上には勇ましく、

黄銅の胸像が歩いて行った。

 

私は沈黙から紫がかった、

数箇の苺(いちご)を受けとった。

 

ガリラヤの湖にしたりながら、

天子は自分の胯(また)を裂いて、

ずたずたに甘えてすべてを呪った。

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えました。編者。)

 

 

詩人はいま

銀座あたりの夜の街頭にいます。

 

どうやら彼女(泰子)と一緒にいるか

もしくはいた時を回想しているのですが

今夜もまた心を開いてはいません(でした)。

 

おりしも舗道を行く兵隊の群れは

勇ましくも元気に歩いて行きます。

 

大きなヤマは次に現われます。

 

 

私は沈黙から紫がかった、

数箇の苺(いちご)を受けとった。

 

ガリラヤの湖にしたりながら、

天子は自分の胯(また)を裂いて、

ずたずたに甘えてすべてを呪った。

 

――という末尾のこの2連で

突如、暗喩に転じるために

立ち止まらざるを得なくなります。

 

 

夜の大都会の喧騒のなかで

詩人の孤独は深まるばかりなのが

ありありと想像できますね。

 

想像できれば、この2連も

詩人のこころの状態や思考の状態に

言い及んでいるであろうことが推察できますね。

 

 

紫がかった数個の苺

――を詩人は沈黙する夜寒の空から

受け取ることになります。

 

この部分を

他の言葉で言いかえることはできませんし

しないほうがよいでしょう。

 

 

そして、最終行ですが――。

 

ランボーのアンチクリストの相貌(かお)が

立ち現れては消えて行くイメージです。

 

ここは

ダダイスティックであるよりも

シュールレアリスティックです。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

2018年6月11日 (月)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/未発表詩篇「夜寒の都会」

 

 

「盲目の秋」の結末では

私(作者である詩人)は

冥土(よみじ)の道をたどります。

 

詩の作者が死んでしまう詩は

「秋」とか

「骨」とか

「わが半生」とか

「或る男の肖像」とか

 

――発表詩篇だけでも

幾つかがすぐさま思い出され

そちらのほうに興味が誘い出されそうになりますが

それは別の機会に散策することにしましょう。

 

今は

「少年時」を散策しているのですから。

 

 

そうはいっても

「山羊の歌」の第2章「少年時」に

ランボーの足跡をたどるのはもう無理です。

 

無理を強行すれば

それこそ空想、いや妄想のレベルになります。

 

痕跡(こんせき)とか匂いとかを嗅ぎ取るような

マニアックな領域のことにもなりますので

これ以上の深追いは止めることにして

少し時間を戻してみましょう。

 

戻るのは

未発表詩篇「少年時(母は父を送り出すと、部屋に帰って来て溜息をした)」あたりの時間です。

 

そこでめぐり合うのが

またなんとも謎めいた世界です。

 

 

夜寒の都会

 

外燈に誘出(さそいだ)された長い板塀(いたべい)、

人々は影を連れて歩く。

 

星の子供は声をかぎりに、

ただよう靄(もや)をコロイドとする。

 

亡国に来て元気になった、

この洟色(はないろ)の目の婦(おんな)、

今夜こそ心もない、魂もない。

 

舗道の上には勇ましく、

黄銅の胸像が歩いて行った。

 

私は沈黙から紫がかった、

数箇の苺(いちご)を受けとった。

 

ガリラヤの湖にしたりながら、

天子は自分の胯(また)を裂いて、

ずたずたに甘えてすべてを呪った。

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えました。編者。)

 

 

この詩は

「少年時(母は父を送り出すと、部屋に帰って来て溜息をした)」と

同じ原稿用紙に

同じ筆記具、同じインクで書かれたことがわかっていて

昭和2年(1927年)1月の制作と推定されています。

 

同じ時期の制作でも

これほど異なる風貌(外見)を見せることに

あらためて感心しますよね。

 

 

それにしても

不可思議な、というか

比喩のカオス(混沌)のような

色彩にあふれた詩世界の

どこに糸口を見つけたらよいのでしょう。

 

はじめは戸惑うものですが

何度も読んでいるうちに

けっこう分かりやすい詩であることに気づきます。

 

比喩といっても

直喩がほとんどで

一つ解(ほど)けると

詩のほとんどが溶解していくような

スリルさえ味わえるかもしれません。

 

 

寒い夜の都会。

 

ゾロゾロと人々は

長い影を引いて歩いている。

 

星の子供は

ネオンサインのことらしい、

靄のように犇(ひし)めいている。

 

洟色(はないろ)の目の婦(おんな)は

泰子でしょう。

 

黄銅の胸像は兵隊のことで

舗道を闊歩して行きます。

 

 

ここで私(詩人)が登場――。

 

沈黙から紫がかった、

数箇の苺(いちご)を受けとった、のです。

 

ここ以後が暗喩です。

 

この暗喩が

この詩の臍(へそ)です。

 

この臍を捉えないと

詩をつかむことができません。

 

 

そして

ここにランボーが現れます。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

2018年6月10日 (日)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「盲目の秋(Ⅰ)」の肉

 

 

 

盲目の秋

 

   Ⅰ

 

風が立ち、浪(なみ)が騒ぎ、

  無限の前に腕を振る。

 

その間(かん)、小さな紅(くれない)の花が見えはするが、

  それもやがては潰(つぶ)れてしまう。

 

風が立ち、浪が騒ぎ、

  無限のまえに腕を振る。

 

もう永遠に帰らないことを思って

  酷薄(こくはく)な嘆息(たんそく)するのも幾(いく)たびであろう……

 

私の青春はもはや堅い血管となり、

  その中を曼珠沙華(ひがんばな)と夕陽とがゆきすぎる。

 

それはしずかで、きらびやかで、なみなみと湛(たた)え、

  去りゆく女が最後にくれる笑(えま)いのように、

 

厳(おごそ)かで、ゆたかで、それでいて佗(わび)しく

  異様で、温かで、きらめいて胸に残る……

 

      ああ、胸に残る……

 

風が立ち、浪が騒ぎ、

  無限のまえに腕を振る。

 

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えました。編者。)

 

 

「盲目の秋」の第1節(Ⅰ)は

目を凝らして読むと、

 

風が立ち、浪が騒ぎ、

無限の前に腕を振る。

 

――という殺し文句(キリング・フレーズ)が

3回繰り返されて

詩の骨格を作り

その間に歌われる内容が

詩のボディー(肉)を形成していることがわかります。

 

ボディーとなるのが

小さな紅の花ですが

すぐに見えなくなります。

 

この、

小さな花こそは

恋人であった女性、長谷川泰子のメタファ-ですが

ここで消えます。

 

 

もはや永遠に帰らない存在であることを

詩人は何度も思い知らされました。

 

遠い青春の1ページとなった

堅い血管のなかに

この小さな花はふたたび

曼殊沙華となって現われ

夕陽とともに行き過ぎるのです。

 

 

ひとたび思い出すことがあれば

ありありとしたビジョン(姿)を現わし

胸に残ります。

 

しずかで

きらびやかで

なみなみと湛え

 

去って行く女が

最後に呉れる笑みのように

 

厳かで

ゆたかで

侘しく

異様で

温かで

きらめいて

胸に残る……

 

 

風が立ち、浪が騒ぎ、

無限の前に腕を振る。

――という詩行は

前にも後にも

一歩も動けない断崖絶壁(死の淵)に

立ちすくみながらも

なんとか腕を振るって

生きている姿を歌っています。

 

これが

前詩「少年時」の末行

私は生きていた!

――に反響していることを

忘れてはなりません。

 

ランボーが洞見した「生の原型」を

中也もここで見ています。

 

 

この詩「盲目の秋」はしかし

第2節、第3節を歌い

最終節最終行では

冥土(よみじ)を昇りゆく私を歌うことになります。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

2018年6月 9日 (土)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「山羊の歌」第2章「少年時」

 

 

少年時

盲目の秋の「Ⅰ」

――の3作品の流れを見失うことがなければ

第2章「少年時」に

ランボーの足跡を追うことが可能です。

 

ここで

この3作品を抜き出して読んでおきましょう。

 

 

少年時

 

黝(あおぐろ)い石に夏の日が照りつけ、

庭の地面が、朱色に睡(ねむ)っていた。

 

地平の果(はて)に蒸気が立って、

世の亡ぶ、兆(きざし)のようだった。

 

麦田(むぎた)には風が低く打ち、

おぼろで、灰色だった。

 

翔(と)びゆく雲の落とす影のように、

田の面(も)を過ぎる、昔の巨人の姿――

 

夏の日の午過(ひるす)ぎ時刻

誰彼(だれかれ)の午睡(ひるね)するとき、

私は野原を走って行った……

 

私は希望を唇に噛みつぶして

私はギロギロする目で諦(あきら)めていた……

噫(ああ)、生きていた、私は生きていた!

 

 

盲目の秋

 

   Ⅰ

 

風が立ち、浪(なみ)が騒ぎ、

  無限の前に腕を振る。

 

その間(かん)、小さな紅(くれない)の花が見えはするが、

  それもやがては潰(つぶ)れてしまう。

 

風が立ち、浪が騒ぎ、

  無限のまえに腕を振る。

 

もう永遠に帰らないことを思って

  酷薄(こくはく)な嘆息(たんそく)するのも幾(いく)たびであろう……

 

私の青春はもはや堅い血管となり、

  その中を曼珠沙華(ひがんばな)と夕陽とがゆきすぎる。

 

それはしずかで、きらびやかで、なみなみと湛(たた)え、

  去りゆく女が最後にくれる笑(えま)いのように、

 

厳(おごそ)かで、ゆたかで、それでいて佗(わび)しく

  異様で、温かで、きらめいて胸に残る……

 

      ああ、胸に残る……

 

風が立ち、浪が騒ぎ、

  無限のまえに腕を振る。

 

 

 

血を吐くような 倦(もの)うさ、たゆけさ

今日の日も畑に陽は照り、麦に陽は照り

睡(ねむ)るがような悲しさに、み空をとおく

血を吐くような倦うさ、たゆけさ

 

空は燃え、畑はつづき

雲浮び、眩(まぶ)しく光り

今日の日も陽は炎(も)ゆる、地は睡る

血を吐くようなせつなさに。

 

嵐のような心の歴史は

終焉(おわ)ってしまったもののように

そこから繰(たぐ)れる一つの緒(いとぐち)もないもののように

燃ゆる日の彼方(かなた)に睡る。

 

私は残る、亡骸(なきがら)として――

血を吐くようなせつなさかなしさ。

 

(以上「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えました。編者。)

 

 

「少年時」では、

地平の果(はて)。

 

「盲目の秋」の「Ⅰ」では、

無限の前。

 

「夏」では、

空は燃え、畑はつづき

雲浮び、眩(まぶ)しく光り

――などと刻まれた現在に詩(人)は在ります。

 

 

この現在はやがて

「ランボオ詩集」の後記で

ランボオの思想とは?――簡単に云おう。バイヤン(異教徒)の思想だ。

――と中原中也自らが記すことになる

「生の原型」へ通じています。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

2018年6月 8日 (金)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「盲目の秋」

 

 

「少年時」の次に配置されているのは

中也、恋愛詩の絶唱です。

 

わざわざ恋愛詩と呼ぶのは

空しい限りですが

私の聖母(サンタ・マリヤ)!(第3節)

――に出くわしては

とやかく言う気持ちも萎(な)えます。

 

大岡昇平のように

この第1節はシェストフのチェホフ論の借用である、といっても

この詩を読んだことになりませんし。

 

 

盲目の秋

 

   Ⅰ

 

風が立ち、浪(なみ)が騒ぎ、

  無限の前に腕を振る。

 

その間(かん)、小さな紅(くれない)の花が見えはするが、

  それもやがては潰(つぶ)れてしまう。

 

風が立ち、浪が騒ぎ、

  無限のまえに腕を振る。

 

もう永遠に帰らないことを思って

  酷薄(こくはく)な嘆息(たんそく)するのも幾(いく)たびであろう……

 

私の青春はもはや堅い血管となり、

  その中を曼珠沙華(ひがんばな)と夕陽とがゆきすぎる。

 

それはしずかで、きらびやかで、なみなみと湛(たた)え、

  去りゆく女が最後にくれる笑(えま)いのように、

 

厳(おごそ)かで、ゆたかで、それでいて佗(わび)しく

  異様で、温かで、きらめいて胸に残る……

 

      ああ、胸に残る……

 

風が立ち、浪が騒ぎ、

  無限のまえに腕を振る。

 

   Ⅱ

 

これがどうなろうと、あれがどうなろうと、

そんなことはどうでもいいのだ。

 

これがどういうことであろうと、それがどういうことであろうと、

そんなことはなおさらどうだっていいのだ。

 

人には自恃(じじ)があればよい!

その余(あまり)はすべてなるままだ……

 

自恃だ、自恃だ、自恃だ、自恃だ、

ただそれだけが人の行(おこな)いを罪としない。

 

平気で、陽気で、藁束(わらたば)のようにしんみりと、

朝霧を煮釜に塡(つ)めて、跳起(とびお)きられればよい!

 

   Ⅲ

 

私の聖母(サンタ・マリヤ)!

  とにかく私は血を吐いた! ……

おまえが情けをうけてくれないので、

  とにかく私はまいってしまった……

 

それというのも私が素直(すなお)でなかったからでもあるが、

  それというのも私に意気地(いくじ)がなかったからでもあるが、

私がおまえを愛することがごく自然だったので、

  おまえもわたしを愛していたのだが……

 

おお! 私の聖母(サンタ・マリヤ)!

  いまさらどうしようもないことではあるが、

せめてこれだけ知るがいい――

 

ごく自然に、だが自然に愛せるということは、

  そんなにたびたびあることでなく、

そしてこのことを知ることが、そう誰にでも許されてはいないのだ。

 

   Ⅳ

 

せめて死の時には、

あの女が私の上に胸を披(ひら)いてくれるでしょうか。

  その時は白粧(おしろい)をつけていてはいや、

  その時は白粧をつけていてはいや。

 

ただ静かにその胸を披いて、

私の眼に副射(ふくしゃ)していて下さい。

  何にも考えてくれてはいや、

  たとえ私のために考えてくれるのでもいや。

 

ただはららかにはららかに涙を含み、

あたたかく息づいていて下さい。

――もしも涙がながれてきたら、

 

いきなり私の上にうつ俯(ぶ)して、

それで私を殺してしまってもいい。

すれば私は心地よく、うねうねの暝土(よみじ)の径(みち)を昇りゆく。

 

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えました。編者。)

 

 

まずはこの詩が

「少年時」という章の

「少年時」という詩の次に配置されてあることが

どのような意図なのかを考えるところから

アクセスするのが自然な流れです。

 

そうであるならば

そのようにしたいのですが

そのようにならないのは

第2節(Ⅱ)で起こる突然の変調のせいでしょう。

 

トーンの変化ばかりでなく

内容も文体も変わり

第2節(Ⅱ)は

自分への励ましにはじまり

第3節(Ⅲ)は

聖母である泰子への呼びかけ

第4節(Ⅳ)は

詩の作者(=私)が死ぬ場面へと転じ

ついには黄泉(よみじ)をたどるところを歌います。

 

この劇的な変化に圧倒され

茫然としたまま

一気に結末まで運ばれて

「Ⅰ」と「Ⅱ」との間にある断絶は

断絶ではなくなってしまうところに

この詩の技法があります。

 

どこかで見覚えがあるこの技法は

どこからやってきたものでしょうか。

 

 

それこそ

ランボーにほかなりません。

 

ランボーの詩の

飛躍とか省略とか

夢想とか幻想とか。

 

シュールリアリスティックな文体

――とひとことで言ってしまうと乱暴ですが

中原中也が早くも

この詩を作った時点で

ランボーから摂取した

宝物のような技術です、

それは。

 

ボードレールでもなく

ベルレーヌでもありません。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

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