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カテゴリー「戦後詩の海へ/茨木のり子の案内で/黒田三郎」の記事

2015年10月13日 (火)

茨木のり子厳選の恋愛詩・黒田三郎「ひとりの女に」補遺/5億円の詩

 

(前回からつづく)

茨木のり子が「詩のこころを読む」の「恋唄」の章で

詩行を引いて実際に取り上げた詩は――

 

みちでバッタリ 岡真史(ぼくは12歳)

十一月 安西均(花の店)

それは 黒田三郎(ひとりの女に)

賭け 黒田三郎(同)

僕はまるでちがって 黒田三郎(同)

君はかわいいと 安水稔和(愛について)

鳩 高橋睦郎(ミノ・あたしの雄牛)

葉月 阪田寛夫(わたしの動物園)

練習問題 阪田寛夫(サッちゃん)

顔 松下育男(肴)

海鳴り 高良留美子(見えない地面の上で)

木 高良留美子(同)

男について 滝口雅子(鋼鉄の足)

秋の接吻 滝口雅子(窓ひらく)

ふゆのさくら 新川和江(比喩でなく)

助言 ラングストン・ヒューズ

 

――というラインアップです。

(※詩のタイトル、作者、詩集名の順。)

 

 

黒田三郎の「ひとりの女に」にさしかかって

茨木のり子は突如「値段ごっこ」という

自身のひそかな楽しみを公開します。

 

詩に値段をつけたら

どれほどになるか、という遊びです。

 

 

詩ほど値のつけにくいものはなく、

ゼロとも言えるし、

1篇1億円とも言えるもので、

現実に世間がつけてくれる値段は1万円くらい。

――と茨木のり子は前置きして、

 

 

なかば本気であるかのように

なかば遊び心であるかのように

(と読めるのですが)

その値段ごっこ(の値=あたい)を怪しむ意見があることをも付言して

 

たとえば、

果物店にレモンは50円で売っているけれど

「私のなかで5000円くらい」はするかしら。

 

高村光太郎の詩や梶井基次郎の小説に現れるレモンは

宝石なみに扱われているので

これは正確な感覚ね。

 

では、芭蕉の句はいくらになるか? と問えば

新聞の見出し、天気予報、日常会話にさえ

芭蕉の句はしのびこんでいるほどなのだから

計り知れない値がつくはずよ

――などといった意味の想像を繰り広げます。

 

(※このあたり、「詩のこころを読む」では、会話体で書かれているものではありません。編者。)

 

 

結果、

「黒田三郎の詩ばかりでなくこの本で私が選んだ詩はすべて、1篇5億円くらいの値打ちあり」

――という値踏みを敢行します。

 

 

そう言われればそうかな。

 

 

こうして再び三度(みたび)

「詩のこころを読む」のページをめくり返すことになります。

 

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

2015年9月30日 (水)

茨木のり子厳選の恋愛詩・黒田三郎「ひとりの女に」10/「渇いた心」

(前回からつづく)

(茨木のり子の読みを離れています。編者。)




歌いはじめられた戦争の体験は

歌い尽くされるということはないのでしょう――。

 

「時代の囚人」中の「死のなかに」で

思う存分、戦争を歌った詩人は

歌えば歌うほど

歌い足りないことを認識する円環(循環)にはまったかのように

再び、戦争体験の詩をつくります。

 

それが

詩集「渇いた心」にまとめられました。

 

多くは長詩になりました。

 

のびのびとと言うのは御幣がありますが

吹っ切れたように

戦争(の傷跡)が歌われます。

 

幾つか読みましょう。

 

 

微風のなかで
 

 

あいつも死に

こいつも死んだと

知らせてまわらねばならないのか

ひとりは

はじめて戦場へ飛び立つ朝

機上で

操縦をあやまり

梢にひっかかって死んだ

ひとりは

肺を病んで

戦場へ立った友ことごとくに忘れられ

さるすべりの花の咲く頃

川ほとりの家で死んだ

 

死んだ友へあてた手紙の書きかけを

抽斗の古い書反古のなかに見つけ出し

いたずらに

それをまた抽斗のなかにほおりこむ

微風がゆるやかに屋上の旗に吹き

僕の耳のあたりに吹く

微風のなかで

ああ

ひそかに僕はこの数秒を耐える

 

 

香り高い朝の一杯のコーヒーに

僕の平和があるのだろうか

やすらかな妻の寝息のくり返しに

僕の平和があるのだろうか

 

真昼の白い砂の上にありが引きずる影のように

ささやかな小市民の平和を引きずって

この世にこうして生きているというのか

小市民のささやかな幸福

 

それが風にくつがえる艀舟であるならば

風はどこに吹いているのか

それがししの一撃に倒れるシマ馬であるならば

ししはどこの岩かげにひそんでいるのか

 

小さな窓のなかで

僕は艀舟のように思想の水に浮び

赤い屋根がわらの下で

僕はシマ馬のように欲情のかん木を駈けぬける



 

それは滴り落ちる

こわれた水道の水のように

せきとめてもせきとめても滴り落ちる

すべてが徒労に帰したあとで

僕はつぶやいてみる

別に何事もないのだ

僕はつぶやいてみる

別に何事もないのだ

僕はつぶやいてみる

 

ああ

ここにこうして

僕は

かって血を流した野を

友を

敵を

憎悪を

恐怖を

どこへやったのか

血にまみれたあらゆるものを

 

時はまぎれもなく過ぎてゆくのだ

過ぎて行ったあとになって

そこに

こじんまりとした小市民の生活のなかに

何を

見出すというのか

僕は香り高い朝の一杯のコーヒーをのむ

僕はやすらかな妻の寝息の微かなくり返しをきく


 

そこで何をしているのか

がん具を持った子どものように

お前は

何に夢中になっているのか

トカゲを捕えた猫のように

お前は

何に熱中しているのか

お前は

数億の資本を動かす企業家でもない

民衆に福音を説く宣伝家でもない

あるいはまた

他人の生活を憂慮する衛生技師でもない

わずかにお前が捕えるのは

それは

お前の影なのか

すみれ色の夕暮れに浮ぶやせた影

すすきのように思い出にふるえる影

逃げる影

影によりかかる影




 

風は破れた窓ガラスから忍び入る

光はくずれた壁穴からかすかにさす

閉ざされた部屋のような空虚な心を持って

それでもひとは眼を高く上げるのだ

 

未来!

それは

砂にねて

無心に仰ぐ青い空であろうか

人いきれで絶え入りそうな

満員電車の行手に待つ

夕暮れの停車場であろうか

それとも

未来というのは

給料の尽きたひとの待つ

次の給料日のようなものであろうか

そのまた次の給料日でもあろうか

雨ふりにも霧の夜にもはいてでかける

たった一足きりの靴の

寿命のようなものであろうか

 

(現代詩文庫6「黒田三郎詩集」より。)

 

 

戦争は

詩人にとって

純粋に過去のものではなく

現在に影を落とす現在なのです。

 

つづいて

もう1作――。

 

 

ただ過ぎ去るために 

 

 

給料日を過ぎて

十日もすると

貧しい給料生活者の考えのことごとくは

次の給料日に集中してゆく

カレンダーの小ぎれいな紙を乱暴にめくりとる

あと十九日 あと十八日と

それを

ただめくりさえすれば

すべてがよくなるかのように

 

あれからもう十年になる!

引揚船の油塗れの甲板に

はだしで立ち

あかず水平線の雲をながめながら

僕は考えたものだった

「あと二週間もすれば

子どもの頃歩いた故郷の道を

もう一度歩くことができる」と

 

あれからもう一年になる!

雑木林の梢が青い芽をふく頃

左の肺を半分切り取られた僕は

病院のベッドの上で考えたものだった

「あと二カ月もすれば

草いきれにむせかえる裏山の小道を

もう一度自由に歩くことができる」と

 

歳月は

ただ

過ぎ去るために

あるかのように

 



お前は思い出さないか

あの五分間を

五分かっきりの

最後の

面会時間

言わなければならぬことは何ひとつ言えず

ポケットに手をつっ込んでは

また手を出し

取り返しのつかなくなるのを

ただ

そのことだけを

総身に感じながら

みすみす過ぎ去るに任せた

あの五分間を

粗末な板壁のさむざむとした木理

半ば開かれた小さなガラス窓

葉のないポプラの梢

その上に美しく

無意味に浮かんでいる白い雲

すべてが

平然と

無慈悲に

落着きはらっているなかで

そのとき

生暖かい風のように

時間がお前のなかを流れた

 

 

パチンコ屋の人混みのなかから

汚れた手をして

しずかな夜の町に出るとき

その生暖かい風が僕のなかを流れる

薄い給料袋と空の弁当箱をかばんにいれて

駅前の広場を大またに横切るとき

その生暖かい風が僕のなかを流れる

 

「過ぎ去ってしまってからでないと

それが何であるかわからない何か

それが何であったかわかったときには

もはや失われてしまった何か」

 

いや そうではない それだけではない

「それが何であるかわかっていても

みすみす過ぎ去るに任せる外はない何か」

 

 

小さな不安

指先にささったバラのトゲのように小さな

小さな不安

夜遅く自分の部屋に帰って来て

お前はつぶやく

「何ひとつ変わっていない

何ひとつ」

 

畳の上には

朝、でがけに脱ぎ捨てたシャツが

脱ぎ捨てたままの形で

食卓の上には

朝、食べ残したパンが

食べ残したままの形で

壁には

汚れた寝衣が醜くぶら下がっている

 

妻と子に

晴着を着せ

ささやかな土産をもたせ

何年ぶりかで故郷へ遊びにやって

三日目

 

 

お前には不意に明日が見える

明後日が…………

十年先が

脱ぎ捨てられたシャツの形で

食べ残されたパンの形で

 

お前のささやかな家はまだ建たない

お前の妻の手は荒れたまま

お前の娘の学資は乏しいまま

小さな夢は小さな夢のままで

お前のなかに

 

そのままの形で

醜くぶら下がっている

色あせながら

半ばくずれかけながら…………

 

 

今日も

もっともらしい顔をしてお前は

通勤電車の座席に坐り

朝の新聞をひらく

「死の灰におののく日本国民」

お前もそのひとり

「政治的暴力に支配される民衆」

お前もそのひとり

 

「明日のことは誰にもわかりはしない」

お前を不安と恐怖のどん底につき落す

危険のまっただなかにいて

それでもお前は

何食わぬ顔をして新聞をとじる

名も知らぬ右や左の乗客と同じように

叫び声をあげる者はひとりもいない

他人に足をふまれるか

財布をスリにすられるか

しないかぎり たれも

もっともらしい顔をして

座席に坐っている

つり皮にぶら下がっている

新聞をひらく 新聞をよむ 新聞をとじる

 

 

生暖かい風のように流れるもの!

 

閉ざされた心の空き部屋のなかで

それは限りなくひろがってゆく

 

言わねばならぬことは何ひとつ言えず

みすみす過ぎ去るに任せた

あの五分間!

 

五分は一時間となり

一日となりひと月となり

一年となり

限りなくそれはひろがってゆく

 

みすみす過ぎ去るに任せられている

途方もなく重大な何か

何か

 

僕の眼に大映しになってせまってくる

汚れた寝衣

壁に醜くぶら下がっているもの

僕が脱ぎ 僕がまた身にまとうもの

 

(同。)

 


「微風」と

「生暖かい風」と

二つの詩の間に吹く風に

時の隔たりはない様子です。

 

これらの詩がつくられた頃に

一人の女と出会い結婚し

一子を授かり

愛に満ちたその暮らしから

多くの詩が生まれました。

 

それが

詩集「ひとりの女に」であり

詩集「小さなユリと」でした。

 

 

この二つの詩集の間に

詩集「渇いた心」は刊行されました。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

2015年9月27日 (日)

茨木のり子厳選の恋愛詩・黒田三郎「ひとりの女に」9/「小さなユリと」へ

(前回からつづく)

(茨木のり子の読みを離れています。編者。)

 

詩集「失われた墓碑銘」を書いた詩人が

戦争を経験して後に

書いた詩を集めたのが「時代の囚人」です。

 

「時代の囚人」は

そういう意味で

「ひとりの女に」にいっそう近いのです。

 

 

「失われた墓碑銘」が戦争と遠く

「時代の囚人」が戦争と近くにある

 

その遠さは

「ひとりの女に」と「失われた墓碑銘」との間の距離と

たいして変わりはないといってオーバーではないでしょう。

 

ということは

「時代の囚人」は

「ひとりの女に」とひどく近い距離にあることを示しています。

 

 

「時代の囚人」を少し読んでみましょう。

 

詩集「時代の囚人」には

詩集と同じタイトルの詩があります。

 

 

時代の囚人

 

言論の自由と

行為の自由とを

奪われた囚人は何を持っているか

わずかにとひとは言う

窓に切り取られた天の一角と

回想と

夢みることと

 

そこで何が起こったか誰が知ろう

刑務所の門で

見覚えのある帽子や着物とともに

彼等の久しく奪われていたものを

取りかえす

有頂天

ああ 有頂天のなかに

回想を通じて夢みられた未来への解放

彼等の忘れて行ったものに誰が気がつくか

 

そして幻滅

 

 

たったひとつのビイ玉でさえも

それが失われたとき

胸には大きな穴があいている

ああ

忘れた頃になって

ビイ玉は出てくる

ほこりのたまった戸棚の裏から

出てくるものは

それは

ひとつのビイ玉にすぎぬ

涙ぐんで

ときには涙ぐみもしないで

胸にあいた大きな穴をふさぐには

あまりにもありふれた

あまりにも変わりのない

ひとつのビイ玉を

掌にのせて

青く暮れてゆく並木の下で

どぶ臭い敷石の上で

ぼんやり立っていたことが

あったかなかったか

 

 

奪われるものは奪われ

奪いかえされるものは奪いかえされる

野を埋める死屍と

死屍のかげに咲く野の花と

 

今はあなたの胸にあふれる喜びと

掌にきらめく自由

奪われぬ何があなたの胸にあり

奪われぬ何があなたの掌にあったのか

奪いかえされぬ何が

 

ああ 失われた日に

鉄格子のなかで

あなたはあなたに何を語ったか

停車場の群衆のなかで

あなたはあなたに何を語ったか

そしていまは

与えられた喜びと

自由のなかで

あなたはあなたに何を語るのか

 

(現代詩文庫6「黒田三郎詩集」より。)

 

 

戦争を経験した詩人が

初めて公刊した詩集の

タイトル詩は囚人の詩でした。

 

なぜ囚人だったのでしょうか。

 

 

「Ⅰ」の

有頂天

そして

幻滅――。

 

「Ⅲ」の

喜び

そして

自由――。

 

 

回想を通じて夢みられた未来への解放

 

この曲がりくねったような詩行が

この詩の錯綜を明かしているようです。

 

彼等の忘れて行ったものに誰が気がつくか

 

この問いには

「Ⅱ」のビイ玉の喩(たと)えが

具体的な解答になるでしょう。

 

そしていまは

与えられた喜びと

自由のなかで

あなたはあなたに何を語るのか

 

この自問に

詩人の現在はあるでしょう。

 

 

「時代の囚人」では

終始、問いの形で

詩人=囚人の内面が開示されました。

 

それにしても

まだ書かれていない。

 

戦争は

まだ書かれていません。

 

それで

「死のなかに」が書かれました。

 

この詩は

比喩を極力排して

戦争を真正面から歌った詩でした。

 

この詩を歌ったのと同じ地平で

「ひとりの女に」は歌われました。

 

 

「ひとりの女に」からまっすぐにつながる「小さなユリと」の中には

次のような詩があります。

 

 

夕方の三十分

 

コンロから御飯をおろす

卵を割ってかきまぜる

合間にウィスキーをひと口飲む

折り紙で赤い鶴を折る

ネギを切る

一畳に足りない台所につっ立ったままで

夕方の三十分

 

僕は腕のいいコックで

酒飲みで

オトーチャマ

小さなユリの御機嫌とりまで

いっぺんにやらなきゃならん

半日他人の家で暮らしたので

小さなユリはいっぺんにいろんなことを言う

 

「ホンヨンデェ  オトーチャマ」

「コノヒモホドイテェ オトーチャマ」

「ココハサミデキッテェ オトーチャマ」

卵焼きをかえそうと

一心不乱のところへ

あわててユリが駆けこんでくる

「オシッコデルノー オトーチャマ」

だんだん僕は不機嫌になってくる

 

化学調味料をひとさじ

フライパンをひとゆすり

ウィスキーをがぶりとひと口

だんだん小さなユリも不機嫌になってくる

「ハヤクココキッテヨー オトー」

「ハヤクー」

 

かんしゃくもちのおやじが怒鳴る

「自分でしなさい 自分でェ」

かんしゃくもちの娘がやりかえす

「ヨッパライ グズ ジジイ」

おやじが怒って娘のお尻をたたく

小さなユリが泣く

大きな大きな声で泣く

 

それから

やがて

しずかで美しい時間が

やってくる

おやじは素直にやさしくなる

小さなユリも素直にやさしくなる

食卓に向かい合ってふたり座る

 

(同。

 

 

この詩に

戦争の痕跡を読むのは

大間違いでしょうか?

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

 

2015年9月24日 (木)

茨木のり子厳選の恋愛詩・黒田三郎「ひとりの女に」8/戦前から戦後へ

(前回からつづく)

(茨木のり子の読みを離れています。編者。)

 

詩集「失われた墓碑銘」は

黒田三郎が戦前に作った詩で

戦火を免れた手帳に残っていた詩を集めたものです。

 

詩集「時代の囚人」は

戦後のはじめの頃に書いた詩を集めたもので

この二つの詩集の冒頭に

「道」というタイトルの詩があり

詩人の初期の作品としてよく話題になります。

 

 

 

 道はどこへでも通じている 美しい伯母様の家へゆく道 海へゆく道 刑務所へゆく道 どこへも通じていない道なんてあるだろうか

 それなのに いつも道は僕の部屋から僕の部屋に通じているだけなのである 群衆の中を歩きつかれて 少年は帰ってくる

 

 

それは美しい伯母様の家へ行く道であった

それは木いちごの実る森へ行く道であった

それは夕暮ひそかに電話をかけに行く道であった

崩れ落ちた町のなかに

道だけが昔ながらに残っている

 

いそがしげに過ぎていく見知らぬひとびとよ

それぞれがそれぞれの中に違った心をもって

それぞれの行先に消えてゆくなかに

僕は一個の荷物のように置き去られて

僕は僕に与えられた自由を思い出す

 

右に行くのも左に行くのも今は僕の自由である

戦い敗れた故国に帰り

すべてのものの失われたなかに

いたずらに昔ながらに残っている道に立ち

今さら僕は思う

右に行くのも左に行くのも僕の自由である

 

 

前の詩は戦前に作られ

後の詩は戦後に作られました。

 

この間に

戦地体験があったわけです。

 

どちらにも「美しい伯母様の家」が現れますが

きっとこれは暗喩でしょう。

 

はじめの「道」が

詩人として出発したころに書かれ

後の「道」は戦争を経て書かれたということで

詩人の変貌を読むことができるのかもしれません。

 

その逆に変わらないものもあるのかもしれません。

 

 

前の詩に現れる街は

ボードレールの街でしょうか。

 

朔太郎や中也の街とも通じるものがあります。

 

都会の街です。

 

モダニズムとかアバンギャルドとかの詩風で知られるグループ「VOU」から出発した詩人の

その痕跡がかすかに残る詩と読むことができるでしょうか。

 

 

「失われた墓碑銘」から「時代の囚人」へ

「時代の囚人」から「ひとりの女に」へ

「ひとりの女に」から「小さなユリと」へ。

 

これらを詩人の前期とするなら

「ひとりの女に」そして「小さなユリと」への道筋が

わずかながら見えてくるようです。

 

詩集「失われた墓碑銘」をもう少し読むと

それはもっとくっきり見えてきます。

 

 

逃亡者

 

余りしづかで美しいので

不安になりそうな

夜の町

そのどこかで

一軒の家が燃えている

 

火はあかく染めるだろう

窓影に立つ蒼白い少女のほほを

火はあかく染めるだろう

それは

眼に見えぬどこか遠くの夜の町

 

あした運転手や奥様や代言人は見るだろう

焼け落ちた家

石壁のなかの空洞

沢山の眼がじろじろそれを見るだろう

がやがや声がそれをとりまくだろう

恥辱を受けるものよ

二度と姿を見せない美しい深夜の逃亡者

 

(現代詩文庫6「黒田三郎詩集」より。)

 

 

この「燃える家」は

もちろん幻(まぼろし)の家ですね。

 

その家の窓辺に少女の影はあり

焼け落ちた家には

いつしか詩の作者らしき逃亡者がいます――。

 

 

次の詩も

同じ時期に書かれました。

 

 

こうもりがさの詩

 

雨の降る日にこうもりがさをさして

濡れた街路を少女達が歩いている

少女よ

どんなに雨が降ろうとも

あなたの黒い睫毛が乾いていますように

ああ

どんなに雨の降る日でも

そこだけ雨の降らない小さな世界

そこにひとつの世界がある

三階の窓から僕は眺める

ひっそりと動いてゆく沢山の円い小さなきれいなものを

そのひとつの下で

あなたは別れてきたひとのことを思っている

そのひとつの下で

あなたはせんのない買物の勘定をくりかえしている

そのひとつの下で

あなたは来年のことを思っている

三階の窓から僕は眺める

ひっそりと動いてゆく円い小さなきれいなものを

 

(同。)



このこうもりがさの少女が

やがて「ひとりの女に」の少女として

詩人の運命に下りてくるという予感は

出来すぎたストーリーになってしまいますから

やめたほうがよいひらめきですが

予感を制することもまた無理なことかもしれません。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

2015年9月22日 (火)

茨木のり子厳選の恋愛詩・黒田三郎「ひとりの女に」7/運命の声

(前回からつづく)

(茨木のり子の読みを離れています。編者。)

 

詩集「ひとりの女に」が書かれるまでに

詩人、黒田三郎は戦争の傷をひきずって

心の奥底に虚無をかかえる日々を送っていました。

 

そのような日々に訪れた恋愛ですから

恋愛自体を知覚するのに時間がかかったのも無理のないことでした。

 

このような背景を知らなくても

詩は読めるかもしれませんが

知っていれば

より深く詩に近づくことができることでしょう。

 

 

戦争の傷跡はしかし

詩集全11篇に現れるのはわずか数行です。

 

この数行があるのとないのとでは

この詩の強度や深度が

まったく異なってきます。

 

この数行が

詩の深みを作っていることは間違いなく

この数行によって詩の深みができるという狙いもまた

詩の技術であることがわかります。

 

 

もはやそれ以上

 

もはやそれ以上何を失おうと

僕には失うものとてはなかったのだ

河に舞い落ちた一枚の木の葉のように

流れてゆくばかりであった

 

かつて僕は死の海を行く船上で

ぼんやり空を眺めていたことがある

熱帯の島で狂死した友人の枕辺に

じっと坐っていたことがある

 

今は今で

たとえ白いビルディングの窓から

インフレの街を見下ろしているにしても

そこにどんな違った運命があることか

 

運命は

屋上から身を投げる少女のように

僕の頭上に落ちてきたのである

 

もんどりうって

死にもしないで

一体だれが僕を起こしてくれたのか

少女よ

 

そのとき

あなたがささやいたのだ

失うものを

私があなたに差上げると

 

(現代詩文庫6「黒田三郎詩集」より。)

 

 

この詩は

詩集「ひとりの女に」の冒頭詩「それは」の次にあります。

2番詩です。

 

第2連、

 

かつて僕は死の海を行く船上で

ぼんやり空を眺めていたことがある

熱帯の島で狂死した友人の枕辺に

じっと坐っていたことがある

 

――という過去と

 

第3連、

 

今は今で

たとえ白いビルディングの窓から

インフレの街を見下ろしているにしても

そこにどんな違った運命があることか

 

――という今。

 

過去も今も

同じ運命のもとにある。

 

今もなにも変わっていないじゃないかと

心の奥底にあるシニシズムが顔をもたげるところが

この詩人の個性です。

 

ところが

運命は悪いことばかりに加担するものではありませんでした。

 

運命を襲ったのも運命でした。

 

そこに舞い降りてきた運命は

詩人の中にあるニヒルなものと戦うかのようです。

 

 

そのとき

あなたがささやいたのだ

失うものを

私があなたに差上げると

 

 

戦いを促すものは

女性の声でした。

 

こうして詩人の中に

恋(愛)の認識が生じ

確かなものになろうとします。

 

 

「それは」

「もはやそれ以上」

「僕はまるでちがって」

「賭け」

――あたりまでの詩は

「序」。

 

真ん中の幾つかは

「破」。

 

終わりの幾つかは

「急」。

 

 

起承転結というより

起承転転。

終わりのないはじまりを示す

日本型弁証法=序破急が

この詩の内部を流れる運動法則であるかのようです。

 

恋とか愛とかに

予定される調和はありません。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

 


2015年9月19日 (土)

茨木のり子厳選の恋愛詩・黒田三郎「ひとりの女に」6/戦争の傷跡

(前回からつづく)

(茨木のり子の読みを離れています。編者。)

詩集「ひとりの女に」の多くの詩には

「とある夕」とか

「今」とか

「昨日」とか「今日」とか「明日」とか

「霧の夜」とか「一夜」とか「その夜」とか

……

「それ」が生じた

いくつかの時が示されますが

その前後関係は

必ずしも実際の順序通りではないのかもしれません。

そもそも詩の中の現実が

実際に生の経験を写したものであるかどうかも不明です。

「その時」は、

いつの「時」なのか、

戦後何年のことであるかを特定できるものではないのですが

詩人が復員して後

日本放送協会(NHK)に入社し

サラリーマン生活を何年かする中で起こったものであるくらいのことならば

容易に想像できます。



そのうえ、次のような案内で

この想像を補強することもできます。

VOU」や「荒地」の同人であった木原孝一は

「ひとりの女に」が書かれたころにふれて、

ジャワから引き揚げてきた黒田は、上京するとすぐにある放送局の報道部に入った。その職場で、彼は、詩集「ひとりの女に」の、ひとりの女とめぐりあう。バレリーナ志望だった多菊光子、いまの黒田三郎夫人である。

――と記しています。

(現代詩文庫「黒田三郎詩集」巻末評論「誤説・黒田三郎論」より。)



「ひとりの女に」の3番詩「僕はまるでちがって」には、

なるほど僕は昨日と同じネクタイをして

――とか

なるほど僕は昨日と同じ服を着て

昨日と同じように飲んだくれで

――とか

5番詩「そのとき」には、

この世に行列をつくって

ぼんやり並んで

切符売場で

課長や主任の下で

外食券食堂で

――といった詩行が見られます。



ここに現れるサラリーマンは

2番詩「もはやそれ以上」で

かつて僕は死の海をゆく船上で

ぼんやり空を眺めていたことがある

熱帯の島で狂死した友人の枕辺に

じっと坐っていたことがある

――と歌った詩人以外の人ではありません。

黒田三郎は

大正8年(1919年)に生れたのですから

敗戦の年に25歳であったサラリーマンでした。

戦地での経験が

そのサラリーマンになった詩人の内部の奥深くに傷跡を残していました。



ひとりの女に出会う少し前であろうと推察される作品「死のなかに」に

ここで目を通しておきましょう。



死のなかに

死のなかにいると

僕等は数でしかなかった

臭いであり

場所ふさぎであった

死はどこにでもいた

死があちこちにいるなかで

僕等は水を飲み

カードをめくり

えりの汚れたシャツを着て

笑い声を立てたりしていた

死は異様なお客ではなく

仲のよい友人のように

無遠慮に食堂や寝室にやって来た

床には

ときに

食べ散らした魚の骨の散っていることがあった

月の夜に

あしびの花の匂いのすることもあった

戦争が終ったとき

パパイアの木の上には

白い小さい雲が浮いていた

戦いに負けた人間であるという点で

僕等はお互いを軽蔑しきっていた

それでも

戦いに負けた人間であるという点で

僕等はちょっぴりお互いを哀れんでいた

酔漢やペテン師

百姓や錠前屋

偽善者や銀行員

大食いや楽天家

いたわりあったり

いがみあったりして

僕等は故国へ送り返される運命をともにした

引揚船が着いたところで

僕等は

めいめい切り放された運命を

帽子のようにかるがると振って別れた

あいつはペテン師

あいつは百姓

あいつは銀行員

一年はどのようにたったであろうか

そして

二年

ひとりは

昔の仲間を欺いて金をもうけたあげく

酔っぱらって

運河に落ちて

死んだ

ひとりは

乏しいサラリーで妻子を養いながら

五年前の他愛もない傷がもとで

死にかかっている

ひとりは

その

ひとりである僕は

東京の町に生きていて

電車のつり皮にぶら下っている

すべてのつり皮に

僕の知らない男や女がぶら下っている

僕のお袋である元大佐夫人は

故郷で

栄養失調で死にかかっていて

死をなだめすかすためには

僕の二九二〇円では

どうにも足りぬのである

死 死 死

死は金のかかる出来事である

僕の知らない男や女がつり皮にぶら下っているなかで

僕もつり皮にぶら下り

魚の骨の散っている床や

あしびの花の匂いのする夜を思い出すのである

そして

さらに不機嫌になってつり皮にぶら下っているのを

だれも知りはしないのである

(詩集「時代の囚人」所収。現代詩文庫「黒田三郎詩集」思潮社より。)



この詩を歌った詩人が

この詩を流れる時間の地続きで「ひとりの女に」を歌ったことを

銘記しないわけにはいきません。



途中ですが

今回はここまで。

 

茨木のり子厳選の恋愛詩・黒田三郎「ひとりの女に」5/男の物語

(前回からつづく)

詩集「ひとりの女に」は11篇で構成される連作詩ですから

詩のはじめのほうで美しい白い蝶として現れた女性は

次には

胸にヤコブセンのバラをつけて

次には

一夜、掟の網を小鳥のようにくぐりぬけて

最後には

パリの少年のように気難しい顔をして

――現れたというひとつの流れとして読むと

わかりやすいすっきりとしたドラマが見えてくるようになります。



そのように読むことを

誰も禁じてはいませんし

詩が物語になることを求める気持ちは

誰の胸にも止(や)みがたく湧いてくるのは自然なことです。

現実は、しかし、時系列に沿って

原因結果が規則正しく生じるなんてことはないはずですし

詩の中を流れる時間が順序よく書かれることもなければ

詩もそのように作られていることはないでしょう。

にもかかわらず詩を流れる物語を求めて

詩を読むことは普段よく経験することです。



同じように

では男=僕の物語はどうなっているのか

――という問いは湧いてきます。

女性のドラマを追うように

僕のドラマを追うことができれば

この詩の核心に近づくことができるかもしれない、と。



そのような眼差しでもう一度詩に向かってみましょう。

すると……。



2番詩「もはやそれ以上」に

もはやそれ以上何を失おうと

僕には失うものとてなかった

かつて僕は死の海をゆく船上で

ぼんやり空を眺めていたことがある

熱帯の島で狂死した友人の枕辺に

じっと坐っていたことがある

――という詩行に目に目を瞠(みは)らされることになるのですが

詩は流れていきます。

詩人の過去の出来事に

詩はこだわろうとしないもののように

この出来事を深追いはしません。



詩は

あくまでも現在を歌う姿勢を保ちます。

なぜなら

これは恋愛の現在を歌う詩であるからです。

 

言葉は現実の後追いであるかぎり、

絶えず過去の出来事をしか刻まないということとは異なることをいっています。

 



3番詩「僕はまるでちがって」は

詩の作者が昨日とまるで違った存在に変化したということを歌うのですが

この昨日は

2番詩が歌った過去と連続する過去であることをさらりと主張していながら

そのことを拡大する方向には流れません。



4番詩「賭け」は

いよいよドラマのクライマックスを明らかにします。

このクライマックスは

この詩集全篇にわたって持続する緊張(テンション)の一つの山にすぎませんが

詩人が一歩を前に出した瞬間を

「賭け」としたものです。

失うものを一切持たなかった男性が

唯一持っていたもの=破滅を差し出して

賭けの切り札(エース)としたというのは

破滅しかない未来を

破滅以外の未来と引き換えようとする意思の表明でした。


その意思は

昨日まで微塵もなかった(ように思い込んでいた)詩人の賭けでした。



途中ですが

今回はここまで。

 

2015年9月13日 (日)

茨木のり子厳選の恋愛詩・黒田三郎「ひとりの女に」4/意志的な女性

(前回からつづく)

 

冒頭詩「それは」の末行、

 

とある夕

木立をぬける風のように

何があなたを

僕の腕のなかにつれて来たのか

 

――には立ち止まらざるを得ません。

 

 

ある日の夕べ

木立をぬける風のように

その女性は

僕の腕の中にやって来た

――と言い換えるに及びませんが

女性を促して

僕の腕の中に連れてきたものが何だったのかというのは

女性の内部にフォーカスを当てるとともに

これまで「それ」だった主格が変換されて

客観化された言い方であるために

かえってこの女性の意志を感じさせることになったのはなぜでしょうか。

 

ここに言語の絶妙な技術が存在しているようです。

 

 

ここで

ざわめきが

風になったのです。

 

その風の中から

あなたがするりと抜け出す感じが

女性の意志を表わすのです。

 

このことはやがて

奇跡であるとか

運命とか

偶然だとかに集約されてしまうようですが

終始、不釣合いである男女の関係が歌われるこの詩に

女性の優位を告げる

誰の目にも明らかな秘密のようなことです。

 

 

女性は

はじめから一個の主体的な存在として登場し

終わりまで強い個性として登場し続けます。

 

幾つか例をあげれば

2番目の詩「もはやそれ以上」には、

 

屋上から身を投げる少女のように

僕の頭上に

落ちてきた

 

とか

 

そのとき

あなたがささやいたのだ

失うものを私があなたに差上げる

 

とか。

 


3番詩「僕はまるでちがって」には、


僕のなかを明日の方へとぶ

白い美しい蝶がいる


――とあり。

 

4番詩「賭け」には、

 

馬鹿さ加減が

ちょうど僕と同じ位で

貧乏でお天気屋で

強情で

胸のボタンにはヤコブセンのバラ

ふたつの眼には不信心な悲しみ

ブドウの種を吐き出すように

毒舌を吐き散らす

唇の両側に深いえくぼ

 

――とありました。


茨木のり子はこの部分を、

少女が特別に美化されていないところが新鮮です

――と鑑賞しています。

 

 

5番詩「そのとき」には、

 

風のようにあなたが僕のなかに舞い込んで

あっという間もなく

僕をこの世の行列から押し出した

 

――とあり。

 

6番詩「明日」には、

 

「明日はある

信じなさい 明日はある」

 

――と眼が語るのは少女ですし。

 

7番詩「そこにひとつの席が」には、

 

そのあなたが一夜

掟の網を小鳥のようにくぐり抜けて

僕の左側に坐りに来た

 

――とあり。


8番詩「あなたは行くがいいのだ」には、


男爵夫人の舞踏会に

あなたは行くがいいのだ

病みついた僕に電話であいさつなどせずに

あなたは行くがいいのだ

並木道の向うへ


――とあり。


9番詩「あなたも単に」には、


「あなたに御心配かけたくないの

私ひとりが苦しめばそれでいいの」


とか


「あなたがひと言慰めて下さりさえすれば

私はどんなに苦しんでも

それで十分報いられたのでしたのに」


とか


「あなたなんて

一寸も私の苦しみを察して下さらない

あなたなんて」


とかあるのも

正面からまっすぐにものを言う女性のイメージでしょうし。



10番詩「たかが詩人」の、


あなたのお人形ケースにしても

あなたの赤いセーターにしても

あなたが勝手にひとにやってしまう


――とあるのも。

 

11篇の詩すべてに

詩人が見た女性が現れます。


少女であり恋人でありあなたであるこの女性は

ピチピチと尖がって

いつでも意志的な存在として現れます。

 

(尖っているだけではありませんが。)

 

 

そして

最終詩「突然僕にはわかったのだ」には、

 

何もかもいっぺんにわかったとき

そこにあなたがいたのだった

パリの少年のように気難しい顔をして

僕の左の肩に手を置いて

 

――という詩行があり

これを読み終えては

はっとするような納得感に襲われていて

なんだか詩から離れるのが惜しい気持ちになっていることに気づかされます。

 

 

途中ですが

今回はここまで。


2015年9月12日 (土)

茨木のり子厳選の恋愛詩・黒田三郎「ひとりの女に」3/戦争の過去

(前回からつづく)

 

年譜が

黒田三郎の詩「それは」とか

「僕はまるでちがって」とか

「賭け」とかを読むために役立つだろうか。

 

もう一度、「それは」という詩の一部を

ここに呼び出しましょう。

 

それは

信仰深いあなたのお父様を

絶望の谷につき落した

それは

あなたを自慢の種にしていた友達を

こっけいな怒りの虫にしてしまった

 

 

「それは」ではじまる詩行はさらに続き

全部で「それ」は4回現れますが

これは冒頭の6行です。

 

ここに現れる「それ」は

この詩の作者のこころ(というよりか全身)を襲った変化で

「あなた」は

その原因となった相手の女性であることはすぐにわかることです。

 

「それ」はいろいろな変化をもたらしたものなのですが

そのすべてが「あなた」によるものである――。

 

「それ」が何であるか、

読者はすぐにそのことを理解することでしょう。

 

 

そのことについて

年譜を読んでみても

なんの足しにもならないのは当たり前ですね。

 

年譜には

そんなことが記録されているものではありませんが……。

 

 

「ひとりの女に」を読むために

年譜が役立つのは

詩内容それ自体のヒントではなく

詩が作られた年(代)とか日時です。

 

詩集「ひとりの女に」が発行されたのは

昭和29年、1954年のことでした。

 

「それ」は

戦後がもうすぐ10年になるまでの間のある時に

起こったことなのでした。

 

初めて読む詩に

これ以外の有益な手がかりはありません。

 

余計なことを知りすぎて

詩を見失うということもありますから

これくらいのことを知って

さあ、詩を読みましょう。

 

 

「それ」は

あなたの父上を絶望させ

あなたの友だちを怒らせ

あなたの隣人たちに笑い話のタネを撒いた。


 

善行と無智を積んだひとびと

――というのはなんでしょうか。

 

普通に暮らしている多くの善良なひとびとならば

詩の作者と無関係な知らないひとびとということになりますが

赤の他人にしかめっ面をさせたと思い込むほど

世間の顰蹙(ひんしゅく)を買ったということでしょうか。

 

身近にいる人々から

見知らぬ世間一般の人々までが

嘲笑(ちょうしょう)しているような

ざわめき。

 

 

詩の作者である僕を襲ったに違いないざわめきは

あなたをも襲い

そう思うと僕は

どうしてこんなことになったのかと振り返ることになるのです。

 

 

恋愛の認識

――というのなら

どこにでもありそうなことのようですが……。

 

全11篇の連作は

延々と

思索に満ちた大人の恋を歌っていきます。

 

 

第2作「もはやそれ以上」へ読み進むと

この詩の作者である「僕」の過去(の一部)が

明らかにされるのですが

その過去は

波間にふっと現れては消えてしまううたかたのように

再び現れることはありません。

 

 

途中ですが

今回はここまで。


2015年9月 5日 (土)

茨木のり子厳選の恋愛詩・黒田三郎「ひとりの女に」2/金字塔

(前回からつづく)

 

黒田三郎の年譜を見てみましょう。

 

 

すこし古いのですが

昭和44年(1969年)発行の「日本詩人全集34 昭和詩集(二)」(新潮社)では――

 

大正8年(1919年)2月26日、広島県呉市に生れる。東京大学経済学部卒業。「VOU」「荒地」「歴程」に参加。

 

詩集「ひとりの女に」(昭和29年、昭森社)、

「失われた墓碑銘」(昭和30年、同上)、

「渇いたこころ」(昭和32年、同上)、

「黒田三郎詩集」(昭和33年、ユリイカ)、

「小さなユリと」(昭和35年、昭森社)、

「もっと高く」(昭和39年、思潮社)、

「時代の囚人」(昭和40年、昭森社)、

「ある日ある時」(昭和43年、昭森社)、

「黒田三郎詩集」(昭和43年、思潮社)、

評論集「内部と外部の世界」「現代詩入門」がある。

 

昭和21年、日本放送協会に入社。現在(※1969年当時)、同所の中央研修所教授。東京に在住。

 

――と紹介されています。

 

 

1980年(昭和55年)に亡くなっていますから

ウィキペディアで補足してみれば、

 

黒田 三郎(くろだ さぶろう、1919年(大正8年)2月26日―1980(昭和55年)1月8日)は、日本の詩人。

 

広島県呉市出身。呉海兵団の副団長であった父・勇吉(海軍兵学校第21期)の退役に

伴い、3歳からは、父の故郷・鹿児島で育つ。東京大学経済学部卒業。戦時中、会社か

ら派遣されたり現地召集で南洋の島々で過ごした。戦後はNHKに入局し、1947年、詩

誌「荒地」創刊に参加し、詩や評論を発表する。

 

結核の闘病を続けながら、市民の生活に根ざした感情を平明な言葉で描いた。昭和30

年(1955年)には最初の詩集『ひとりの女に』でH氏賞を受賞。1969年にNHKを退職

後は、文筆活動に専念する。詩集には、長女のユリとの日常生活をつづる詩集「小さな

ユリと」、「失われた墓碑銘」、「もっと高く」など、評論集「内部と外部の世界」などがある。

 

1975年から詩人会議運営委員長をつとめた。詩作品は、しばしば楽曲化されることが多

く、クラシックやフォーク系の作曲家によって、曲がつけられ、CD化もされている(後藤悦

治郎「紙風船」、高田渡「夕暮れ」、小室等「苦業」)。

 

――となります。


 

戦後に南方から復員して

NHKに在籍した25年ほどの間に詩集を出し(詩人として業績を残し)

退職後も文筆活動に専念した、というアウトラインが浮かびます。

 

 

出発が重要でしょう。

詩人になったいきさつ(動機)が重要でしょう。

 

それは容易には理解できるものではありませんが

戦後すぐに詩のグループ「荒地」同人となっていることや

それ以前に「VOU」に参加していることや

「歴程」にもかかわっていること

さらには詩人会議の運営委員長のポストにあったということなどから

おおよその見当をつけることができます。

 

戦前から詩を作り

戦後いち早く中央詩壇に名乗りをあげた詩人グループの一人であり

詩壇の中心に黒田三郎はいたのです。

 

 

「それは」も

「賭け」も

「僕はまるでちがって」も

みんな詩集「ひとりの女に」に収められました。

 

「ひとりの女に」は

戦争の傷(内面の)を抱えて荒れた日々を送っていた詩人が

一人の女性に恋し

生きる力を取り戻していった

その再生の過程を歌った連作で

茨木のり子も、

戦後出版された、もっともすぐれた恋愛詩集

――と手ばなしで絶賛しています。

 

「恋愛詩の金字塔」とかいう世評も定着しています。

 

 

どのようにすぐれているのでしょうか。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

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