カテゴリー「中原中也・雨の詩の名作コレクション」の記事

2019年12月 1日 (日)

中原中也・雨の詩の名作14/一夜分の歴史

一夜分の歴史

その夜は雨が、泣くように降っていました。
瓦はバリバリ、煎餅かなんぞのように、
割れ易いものの音を立てていました。
梅の樹に溜った雨滴(しずく)は、風が襲(おそ)うと、
他の樹々のよりも荒っぽい音で、
庭土の上に落ちていました。
コーヒーに少し砂糖を多い目に入れ、
ゆっくりと掻き混ぜて、さてと私は飲むのでありました。

と、そのような一夜が在ったということ、
明らかにそれは私の境涯(きょうがい)の或る一頁(いちページ)であり、
それを記憶するものはただこの私だけであり、
その私も、やがては死んでゆくということ、
それは分り切ったことながら、また驚くべきことであり、
而(しか)も驚いたって何の足しにもならぬということ……
――雨は、泣くように降っていました。
梅の樹に溜った雨滴(しずく)は、他の樹々に溜ったのよりも、
風が吹くたび、荒っぽい音を立てて落ちていました。

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2019年11月30日 (土)

中原中也・雨の詩の名作13/間奏曲

間奏曲

いとけない顔のうえに、
降りはじめの雨が、ぽたっと落ちた……

百合(ゆり)の少女の眼瞼(まぶた)の縁(ふち)に、
露の玉が一つ、あらわれた……

春の祭の街の上に空から石が降って来た
人がみんなとび退(の)いた!

いとけない顔の上に、
雨が一つ、落ちた……

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2019年11月29日 (金)

中原中也・雨の詩の名作12/春の雨

春の雨

昨日は喜び、今日は死に、
明日は戦い?……
ほの紅の胸ぬちはあまりに清く、
道に踏まれて消えてゆく。

歌いしほどに心地よく、
聞かせしほどにわれ喘(あえ)ぐ。
春わが心をつき裂きぬ、
たれか来りてわを愛せ。

ああ喜びはともにせん、
わが恋人よはらからよ。

われの心の幼くて、
われの心に怒りあり。

さてもこの日に雨が降る、
雨の音きけ、雨の音。

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2019年11月28日 (木)

中原中也・雨の詩の名作11/梅雨と弟

梅雨と弟

毎日々々雨が降ります
去年の今頃梅の実を持って遊んだ弟は
去年の秋に亡くなって
今年の梅雨(つゆ)にはいませんのです

お母さまが おっしゃいました
また今年も梅酒をこさおうね
そしたらまた来年の夏も飲物(のみもの)があるからね
あたしはお答えしませんでした
弟のことを思い出していましたので

去年梅酒をこしらう時には
あたしがお手伝いしていますと
弟が来て梅を放(ほ)ったり随分(ずいぶん)と邪魔をしました
あたしはにらんでやりましたが
あんなことをしなければよかったと
今ではそれを悔んでおります……

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

2019年11月27日 (水)

中原中也・雨の詩の名作10/雨の朝

雨の朝

⦅麦湯(むぎゆ)は麦を、よく焦(こ)がした方がいいよ。⦆
⦅毎日々々、よく降りますですねえ。⦆
⦅インキはインキを、使ったらあと、栓(せん)をしとかなきゃいけない。⦆
⦅ハイ、皆さん大きい声で、一々(いんいち)が一……⦆
          上草履(うわぞうり)は冷え、
          バケツは雀の声を追想し、
          雨は沛然(はいぜん)と降っている。

⦅ハイ、皆さん御一緒に、一二(いんに)が二……⦆
          校庭は煙雨(けぶ)っている。
          ――どうして学校というものはこんなに静かなんだろう?
          ――家(うち)ではお饅(まん)じゅうが蒸(ふ)かせただろうか?
          ああ、今頃もう、家ではお饅じゅうが蒸かせただろうか?

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

2019年11月26日 (火)

中原中也・雨の詩の名作9/秋を呼ぶ雨

秋を呼ぶ雨  

   1

畳の上に、灰は撒(ま)き散らされてあったのです。
僕はその中に、蹲(うずく)まったり、坐(すわ)ったり、寝ころんだりしていたのです。
秋を告げる雨は、夜明け前に降り出して、
窓が白む頃、鶏の声はそのどしゃぶりの中に起ったのです。

僕は遠い海の上で、警笛(けいてき)を鳴らしている船を思い出したりするのでした。
その煙突は白く、太くって、傾いていて、
ふてぶてしくもまた、可憐(かれん)なものに思えるのでした。
沖の方の空は、煙っていて見えないで。

僕はもうへとへとなって、何一つしようともしませんでした。
純心な恋物語を読みながら、僕は自分に訊(たず)ねるのでした、
もしかばかりの愛を享(う)けたら、自分も再び元気になるだろうか?

かばかりの女の純情を享けたならば、自分にもまた希望は返って来るだろうか?
然(しか)し……と僕は思うのでした、おまえはもう女の愛にも動きはしまい、
おまえはもう、此(こ)の世のたよりなさに、いやという程やっつけられて了(しま)ったのだ!

   2

弾力も何も失(な)くなったこのような思いは、
それを告白してみたところで、つまらないものでした。
それを告白したからとて、さっぱりするというようなこともない、
それ程までに自分の生存はもう、けがらわしいものになっていたのです。

それが嘗(かつ)て欺(あざむ)かれたことの、私に残した灰燼(かいじん)のせいだと決ったところで、
僕はその欺かれたことを、思い出しても、はや憤(いきどお)りさえしなかったのです。
僕はただ淋しさと怖れとを胸に抱いて、
灰の撒き散らされた薄明(はくめい)の部屋の中にいるのでした。

そしてただ時々一寸(ちょっと)、こんなことを思い出すのでした。
それにしてもやさしくて、理不尽(りふじん)でだけはない自分の心には、
雨だって、もう少しは怡(たの)しく響いたってよかろう…………

それなのに、自分の心は、索然(さくぜん)と最後の壁の無味を甞(な)め、
死のうかと考えてみることもなく、いやはやなんとも
隠鬱(いんうつ)なその日その日を、糊塗(こと)しているにすぎないのでした。

   3

トタンは雨に洗われて、裏店の逞(たくま)しいおかみを想(おも)わせたりしました。
それは酸っぱく、つるつるとして、尤(もっと)も、意地悪でだけはないのでした。
雨はそのおかみのうちの、箒(ほうき)のように、だらだらと降続(ふりつづ)きました。
雨はだらだらと、だらだらと、だらだらと降続きました。

瓦(かわら)は不平そうでありました、含まれるだけの雨を含んで、
それは怒り易(やす)い老地主の、不平にも似ておりました。
それにしてもそれは、持って廻(まわ)った趣味なぞよりは、
傷(いた)み果てた私の心には、却(かえっ)て健康なものとして映るのでした。

もはや人の癇癖(かんぺき)なぞにも、まるで平気である程に僕は伸び朽(く)ちていたのです。
尤も、嘘だけは癪(しゃく)に障(さわ)るのでしたが…………
人の性向を撰択するなぞということももう、
早朝のビル街のように、何か兇悪(きょうあく)な逞(たくま)しさとのみ思えるのでした。

――僕は伸びきった、ゴムの話をしたのです。
だらだらと降る、微温(びおん)の朝の雨の話を。
ひえびえと合羽(かっぱ)に降り、甲板(デッキ)に降る雨の話なら、
せめてもまだ、爽々(すがすが)しい思いを抱かせるのに、なぞ思いながら。

   4

何処(どこ)まで続くのでしょう、この長い一本道は。
嘗(かつ)てはそれを、少しづつ片附(かたづ)けてゆくということは楽しみでした。
今や麦稈真田(ばっかんさなだ)を編(あ)むというそのような楽しみも
残ってはいない程、疲れてしまっているのです。

眠れば悪夢をばかりみて、
もしそれを同情してくれる人があるとしても、
その人に、済まないと感ずるくらいなものでした。
だって、自分で諦(あきら)めきっているその一本道…………。

つまり、あらゆる道徳(モラリテ)の影は、消えちまっていたのです。
墓石(ぼせき)のように灰色に、雨をいくらでも吸うその石のように、
だらだらとだらだらと、降続くこの不幸は、
もうやむものとも思えない、秋告げるこの朝の雨のように降るのでした。

   5

僕の心が、あの精悍(せいかん)な人々を見ないようにと、
そのような祈念(きねん)をしながら、僕は傘さして雨の中を歩いていた。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

2019年11月25日 (月)

中原中也・雨の詩の名作コレクション8/雨の降るのに

雨の降るのに

雨の降るのに
肩が凝る
てもまあいやみな
風景よ

顔はしらんで
あぶらぎり
あばたも少しは
あろうもの

チェッ、お豆腐屋(とうふや)の
笛の声――
風に揺られる
炊煙(すいえん)よ

炊煙に降る
雨の脚
雨の降るのに
肩が凝る

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

2019年11月23日 (土)

中原中也・雨の詩の名作コレクション7/雨の日

雨の日

通りに雨は降りしきり、
家々の腰板古(こしいたふる)い。
もろもろの愚弄(ぐろう)の眼(まなこ)は淑(しと)やかとなり、
わたくしは、花弁(かべん)の夢をみながら目を覚ます。
     *
鳶色(とびいろ)の古刀(ことう)の鞘(さや)よ、
舌あまりの幼な友達、
おまえの額(ひたい)は四角張ってた。
わたしはおまえを思い出す。
     *
鑢(やすり)の音よ、だみ声よ、
老い疲れたる胃袋よ、
雨の中にはとおく聞け、
やさしいやさしい唇を。
     *
煉瓦(れんが)の色の憔心(しょうしん)の
見え匿(かく)れする雨の空。
賢(さかし)い少女の黒髪と、
慈父(じふ)の首(こうべ)と懐かしい……

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

2019年11月22日 (金)

中原中也・雨の詩の名作コレクション6/六月の雨

六月の雨

またひとしきり 午前の雨が
菖蒲(しょうぶ)のいろの みどりいろ
眼(まなこ)うるめる 面長(おもなが)き女(ひと)
たちあらわれて 消えてゆく

たちあらわれて 消えゆけば
うれいに沈み しとしとと
畠(はたけ)の上に 落ちている
はてしもしれず 落ちている

         お太鼓(たいこ)叩(たた)いて 笛吹いて
         あどけない子が 日曜日
         畳の上で 遊びます

         お太鼓叩いて 笛吹いて
         遊んでいれば 雨が降る
         櫺子(れんじ)の外に 雨が降る

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

2019年11月21日 (木)

中原中也・雨の詩の名作コレクション5/夜更の雨

夜更の雨
    ――ヴェルレーヌの面影――

雨は 今宵(こよい)も 昔 ながらに、
  昔 ながらの 唄を うたってる。
だらだら だらだら しつこい 程だ。
  と、見る ヴェル氏の あの図体(ずうたい)が、
倉庫の 間の 路次(ろじ)を ゆくのだ。

倉庫の 間にゃ 護謨合羽(かっぱ)の 反射(ひかり)だ。
  それから 泥炭(でいたん)の しみたれた 巫戯(ふざ)けだ。
さてこの 路次を 抜けさえ したらば、
  抜けさえ したらと ほのかな のぞみだ……
いやはや のぞみにゃ 相違も あるまい?

自動車 なんぞに 用事は ないぞ、
  あかるい 外燈(ひ)なぞは なおの ことだ。
酒場の 軒燈(あかり)の 腐った 眼玉よ、
  遐(とお)くの 方では 舎密(せいみ)も 鳴ってる。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

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