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カテゴリー「065中原中也・雨の詩の名作コレクション」の記事

2020年1月 1日 (水)

中原中也・朝の詩の名作29/春の消息

春の消息

生きているのは喜びなのか
生きているのは悲みなのか
どうやら僕には分らなんだが
僕は街なぞ歩いていました

店舗(てんぽ)々々に朝陽はあたって
淡い可愛いい物々の蔭影(かげ)
僕はそれでも元気はなかった
どうやら 足引摺(ひきず)って歩いていました

    生きているのは喜びなのか
    生きているのは悲みなのか

こんな思いが浮かぶというのも
ただただ衰弱(よわっ)ているせいだろか?
それとももともとこれしきなのが
人生というものなのだろうか?

尤(もっと)も分ったところでどうさえ
それがどうにもなるものでもない
こんな気持になったらなったで
自然にしているよりほかもない

そうと思えば涙がこぼれる
なんだか知らねえ涙がこぼれる
  悪く思って下さいますな
  僕はこんなに怠け者

                             (一九三五・四・二四)

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月27日 (金)

中原中也・朝の詩の名作24/怠 惰

怠 惰
夏の朝よ、蝉(せみ)よ、
砂に照りつける陽よ……
燃えている空よ!
今日は誰も泳いでいない、
赤痢患者でもあったんだろう?
海は空しく光っている。――風よ……
叔父さんは僕にいうのだ
「早く持ったほうがいいぜ、
独り者が碌(ろく)なことを考えはせぬ。」
それどころか、……夏の朝よ、蝉よ、
むこうにみえる、海よ、
僕は寝ころびたいのだよ、
目をつむって蝉が聞いていたい!――森の方……
                                             (一九三三・八・一〇)
(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2019年12月 1日 (日)

中原中也・雨の詩の名作14/一夜分の歴史

一夜分の歴史

その夜は雨が、泣くように降っていました。
瓦はバリバリ、煎餅かなんぞのように、
割れ易いものの音を立てていました。
梅の樹に溜った雨滴(しずく)は、風が襲(おそ)うと、
他の樹々のよりも荒っぽい音で、
庭土の上に落ちていました。
コーヒーに少し砂糖を多い目に入れ、
ゆっくりと掻き混ぜて、さてと私は飲むのでありました。

と、そのような一夜が在ったということ、
明らかにそれは私の境涯(きょうがい)の或る一頁(いちページ)であり、
それを記憶するものはただこの私だけであり、
その私も、やがては死んでゆくということ、
それは分り切ったことながら、また驚くべきことであり、
而(しか)も驚いたって何の足しにもならぬということ……
――雨は、泣くように降っていました。
梅の樹に溜った雨滴(しずく)は、他の樹々に溜ったのよりも、
風が吹くたび、荒っぽい音を立てて落ちていました。

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2019年11月30日 (土)

中原中也・雨の詩の名作13/間奏曲

間奏曲

いとけない顔のうえに、
降りはじめの雨が、ぽたっと落ちた……

百合(ゆり)の少女の眼瞼(まぶた)の縁(ふち)に、
露の玉が一つ、あらわれた……

春の祭の街の上に空から石が降って来た
人がみんなとび退(の)いた!

いとけない顔の上に、
雨が一つ、落ちた……

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2019年11月29日 (金)

中原中也・雨の詩の名作12/春の雨

春の雨

昨日は喜び、今日は死に、
明日は戦い?……
ほの紅の胸ぬちはあまりに清く、
道に踏まれて消えてゆく。

歌いしほどに心地よく、
聞かせしほどにわれ喘(あえ)ぐ。
春わが心をつき裂きぬ、
たれか来りてわを愛せ。

ああ喜びはともにせん、
わが恋人よはらからよ。

われの心の幼くて、
われの心に怒りあり。

さてもこの日に雨が降る、
雨の音きけ、雨の音。

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2019年11月28日 (木)

中原中也・雨の詩の名作11/梅雨と弟

梅雨と弟

毎日々々雨が降ります
去年の今頃梅の実を持って遊んだ弟は
去年の秋に亡くなって
今年の梅雨(つゆ)にはいませんのです

お母さまが おっしゃいました
また今年も梅酒をこさおうね
そしたらまた来年の夏も飲物(のみもの)があるからね
あたしはお答えしませんでした
弟のことを思い出していましたので

去年梅酒をこしらう時には
あたしがお手伝いしていますと
弟が来て梅を放(ほ)ったり随分(ずいぶん)と邪魔をしました
あたしはにらんでやりましたが
あんなことをしなければよかったと
今ではそれを悔んでおります……

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

2019年11月27日 (水)

中原中也・雨の詩の名作10/雨の朝

雨の朝

⦅麦湯(むぎゆ)は麦を、よく焦(こ)がした方がいいよ。⦆
⦅毎日々々、よく降りますですねえ。⦆
⦅インキはインキを、使ったらあと、栓(せん)をしとかなきゃいけない。⦆
⦅ハイ、皆さん大きい声で、一々(いんいち)が一……⦆
          上草履(うわぞうり)は冷え、
          バケツは雀の声を追想し、
          雨は沛然(はいぜん)と降っている。

⦅ハイ、皆さん御一緒に、一二(いんに)が二……⦆
          校庭は煙雨(けぶ)っている。
          ――どうして学校というものはこんなに静かなんだろう?
          ――家(うち)ではお饅(まん)じゅうが蒸(ふ)かせただろうか?
          ああ、今頃もう、家ではお饅じゅうが蒸かせただろうか?

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

2019年11月26日 (火)

中原中也・雨の詩の名作9/秋を呼ぶ雨

秋を呼ぶ雨  

   1

畳の上に、灰は撒(ま)き散らされてあったのです。
僕はその中に、蹲(うずく)まったり、坐(すわ)ったり、寝ころんだりしていたのです。
秋を告げる雨は、夜明け前に降り出して、
窓が白む頃、鶏の声はそのどしゃぶりの中に起ったのです。

僕は遠い海の上で、警笛(けいてき)を鳴らしている船を思い出したりするのでした。
その煙突は白く、太くって、傾いていて、
ふてぶてしくもまた、可憐(かれん)なものに思えるのでした。
沖の方の空は、煙っていて見えないで。

僕はもうへとへとなって、何一つしようともしませんでした。
純心な恋物語を読みながら、僕は自分に訊(たず)ねるのでした、
もしかばかりの愛を享(う)けたら、自分も再び元気になるだろうか?

かばかりの女の純情を享けたならば、自分にもまた希望は返って来るだろうか?
然(しか)し……と僕は思うのでした、おまえはもう女の愛にも動きはしまい、
おまえはもう、此(こ)の世のたよりなさに、いやという程やっつけられて了(しま)ったのだ!

   2

弾力も何も失(な)くなったこのような思いは、
それを告白してみたところで、つまらないものでした。
それを告白したからとて、さっぱりするというようなこともない、
それ程までに自分の生存はもう、けがらわしいものになっていたのです。

それが嘗(かつ)て欺(あざむ)かれたことの、私に残した灰燼(かいじん)のせいだと決ったところで、
僕はその欺かれたことを、思い出しても、はや憤(いきどお)りさえしなかったのです。
僕はただ淋しさと怖れとを胸に抱いて、
灰の撒き散らされた薄明(はくめい)の部屋の中にいるのでした。

そしてただ時々一寸(ちょっと)、こんなことを思い出すのでした。
それにしてもやさしくて、理不尽(りふじん)でだけはない自分の心には、
雨だって、もう少しは怡(たの)しく響いたってよかろう…………

それなのに、自分の心は、索然(さくぜん)と最後の壁の無味を甞(な)め、
死のうかと考えてみることもなく、いやはやなんとも
隠鬱(いんうつ)なその日その日を、糊塗(こと)しているにすぎないのでした。

   3

トタンは雨に洗われて、裏店の逞(たくま)しいおかみを想(おも)わせたりしました。
それは酸っぱく、つるつるとして、尤(もっと)も、意地悪でだけはないのでした。
雨はそのおかみのうちの、箒(ほうき)のように、だらだらと降続(ふりつづ)きました。
雨はだらだらと、だらだらと、だらだらと降続きました。

瓦(かわら)は不平そうでありました、含まれるだけの雨を含んで、
それは怒り易(やす)い老地主の、不平にも似ておりました。
それにしてもそれは、持って廻(まわ)った趣味なぞよりは、
傷(いた)み果てた私の心には、却(かえっ)て健康なものとして映るのでした。

もはや人の癇癖(かんぺき)なぞにも、まるで平気である程に僕は伸び朽(く)ちていたのです。
尤も、嘘だけは癪(しゃく)に障(さわ)るのでしたが…………
人の性向を撰択するなぞということももう、
早朝のビル街のように、何か兇悪(きょうあく)な逞(たくま)しさとのみ思えるのでした。

――僕は伸びきった、ゴムの話をしたのです。
だらだらと降る、微温(びおん)の朝の雨の話を。
ひえびえと合羽(かっぱ)に降り、甲板(デッキ)に降る雨の話なら、
せめてもまだ、爽々(すがすが)しい思いを抱かせるのに、なぞ思いながら。

   4

何処(どこ)まで続くのでしょう、この長い一本道は。
嘗(かつ)てはそれを、少しづつ片附(かたづ)けてゆくということは楽しみでした。
今や麦稈真田(ばっかんさなだ)を編(あ)むというそのような楽しみも
残ってはいない程、疲れてしまっているのです。

眠れば悪夢をばかりみて、
もしそれを同情してくれる人があるとしても、
その人に、済まないと感ずるくらいなものでした。
だって、自分で諦(あきら)めきっているその一本道…………。

つまり、あらゆる道徳(モラリテ)の影は、消えちまっていたのです。
墓石(ぼせき)のように灰色に、雨をいくらでも吸うその石のように、
だらだらとだらだらと、降続くこの不幸は、
もうやむものとも思えない、秋告げるこの朝の雨のように降るのでした。

   5

僕の心が、あの精悍(せいかん)な人々を見ないようにと、
そのような祈念(きねん)をしながら、僕は傘さして雨の中を歩いていた。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

2019年11月25日 (月)

中原中也・雨の詩の名作コレクション8/雨の降るのに

雨の降るのに

雨の降るのに
肩が凝る
てもまあいやみな
風景よ

顔はしらんで
あぶらぎり
あばたも少しは
あろうもの

チェッ、お豆腐屋(とうふや)の
笛の声――
風に揺られる
炊煙(すいえん)よ

炊煙に降る
雨の脚
雨の降るのに
肩が凝る

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

2019年11月23日 (土)

中原中也・雨の詩の名作コレクション7/雨の日

雨の日

通りに雨は降りしきり、
家々の腰板古(こしいたふる)い。
もろもろの愚弄(ぐろう)の眼(まなこ)は淑(しと)やかとなり、
わたくしは、花弁(かべん)の夢をみながら目を覚ます。
     *
鳶色(とびいろ)の古刀(ことう)の鞘(さや)よ、
舌あまりの幼な友達、
おまえの額(ひたい)は四角張ってた。
わたしはおまえを思い出す。
     *
鑢(やすり)の音よ、だみ声よ、
老い疲れたる胃袋よ、
雨の中にはとおく聞け、
やさしいやさしい唇を。
     *
煉瓦(れんが)の色の憔心(しょうしん)の
見え匿(かく)れする雨の空。
賢(さかし)い少女の黒髪と、
慈父(じふ)の首(こうべ)と懐かしい……

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

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