カテゴリー「中原中也が歌った朝の詩」の記事

2020年1月 2日 (木)

中原中也・朝の詩の名作30/春と恋人

春と恋人

 

美しい扉の親しさに

私が室(へや)で遊んでいる時、

私にかまわず実ってた

新しい桃があったのだ……

 

街の中から見える丘、

丘に建ってたオベリスク、

春には私に桂水くれた

丘に建ってたオベリスク……

蜆(しじみ)や鰯(いわし)を商(あきな)う路次の

びしょ濡れの土が歌っている時、

かの女は何処(どこ)かで笑っていたのだ

 

港の春の朝の空で

私がかの女の肩を揺ったら、

真鍮(しんちゅう)の、盥(たらい)のようであったのだ……

 

以来私は木綿の夜曲?

はでな処(とこ)には行きたかない……

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

 

 

 

2020年1月 1日 (水)

中原中也・朝の詩の名作29/春の消息

春の消息

生きているのは喜びなのか
生きているのは悲みなのか
どうやら僕には分らなんだが
僕は街なぞ歩いていました

店舗(てんぽ)々々に朝陽はあたって
淡い可愛いい物々の蔭影(かげ)
僕はそれでも元気はなかった
どうやら 足引摺(ひきず)って歩いていました

    生きているのは喜びなのか
    生きているのは悲みなのか

こんな思いが浮かぶというのも
ただただ衰弱(よわっ)ているせいだろか?
それとももともとこれしきなのが
人生というものなのだろうか?

尤(もっと)も分ったところでどうさえ
それがどうにもなるものでもない
こんな気持になったらなったで
自然にしているよりほかもない

そうと思えば涙がこぼれる
なんだか知らねえ涙がこぼれる
  悪く思って下さいますな
  僕はこんなに怠け者

                             (一九三五・四・二四)

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月31日 (火)

中原中也・朝の詩の名作28/朝(雀の声が鳴きました)

 

雀の声が鳴きました

雨のあがった朝でした

お葱(ねぎ)が欲しいと思いました

 

ポンプの音がしていました

頭はからっぽでありました

何を悲しむのやら分りませんが、

心が泣いておりました

 

遠い遠い物音を

多分は汽車の汽笛(きてき)の音に

頼みをかけるよな心持

 

心が泣いておりました

寒い空に、油煙(ゆえん)まじりの

煙が吹かれているように

焼木杭(やけぼっくい)や霜(しも)のよう僕の心は泣いていた

 

                             (一九三四・四・二二)

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

 

 

 

2019年12月30日 (月)

中原中也・朝の詩の名作27/夜明け

夜明け

 

夜明けが来た。雀の声は生唾液(なまつばき)に似ていた。

水仙(すいせん)は雨に濡(ぬ)れていようか? 水滴を付けて耀(かがや)いていようか?

出て、それを見ようか? 人はまだ、誰も起きない。

鶏(にわとり)が、遠くの方で鳴いている。――あれは悲しいので鳴くのだろうか?

声を張上げて鳴いている。――井戸端(いどばた)はさぞや、睡気(ねむけ)にみちているであろう。

 

槽(おけ)は井戸蓋の上に、倒(さかし)まに置いてあるであろう。

御影石(みかげいし)の井戸側は、言問いたげであるだろう。

苔(こけ)は蔭(かげ)の方から、案外に明るい顔をしているだろう。

御影石は、雨に濡れて、顕心的(けんしんてき)であるだろう。

 

鶏(とり)の声がしている。遠くでしている。人のような声をしている。

 

おや、焚付(たきつけ)の音がしている。――起きたんだな――

新聞投込む音がする。牛乳車(ぐるま)の音がする。

《えー……今日はあれとあれとあれと……?………》

脣(くち)が力を持ってくる。おや、烏(からす)が鳴いて通る。

 

                       (一九三四・四・二二)

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

 


2019年12月29日 (日)

中原中也・朝の詩の名作26/朝(雀が鳴いている)

雀が鳴いている
朝日が照っている
私は椿(つばき)の葉を想う

雀が鳴いている
起きよという
だがそんなに直(す)ぐは起きられようか
私は潅木林(かんぼくばやし)の中を
走り廻(まわ)る夢をみていたんだ

恋人よ、親達に距(へだ)てられた私の恋人、
君はどう思うか……
僕は今でも君を懐しい、懐しいものに思う

雀が鳴いている
朝日が照っている
私は椿の葉を想う

雀が鳴いている
起きよという
だがそんなに直ぐは起きられようか
私は潅木林の中を
走り廻る夢をみていたんだ

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月28日 (土)

中原中也・朝の詩の名作25/朝

 

かがやかしい朝よ、

紫の、物々の影よ、

つめたい、朝の空気よ、

灰色の、甍(いらか)よ、

水色の、空よ、

風よ!

 

なにか思い出せない……

大切な、こころのものよ、

底の方でか、遥(はる)か上方でか、

今も鳴る、失(な)くした笛よ、

その笛、短くはなる、

短く!

 

風よ!

水色の、空よ、

灰色の、甍よ、

つめたい、朝の空気よ、

かがやかしい朝

紫の、物々の影よ……

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

 

 

 

2019年12月27日 (金)

中原中也・朝の詩の名作24/怠 惰

怠 惰
夏の朝よ、蝉(せみ)よ、
砂に照りつける陽よ……
燃えている空よ!
今日は誰も泳いでいない、
赤痢患者でもあったんだろう?
海は空しく光っている。――風よ……
叔父さんは僕にいうのだ
「早く持ったほうがいいぜ、
独り者が碌(ろく)なことを考えはせぬ。」
それどころか、……夏の朝よ、蝉よ、
むこうにみえる、海よ、
僕は寝ころびたいのだよ、
目をつむって蝉が聞いていたい!――森の方……
                                             (一九三三・八・一〇)
(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2019年12月26日 (木)

中原中也・朝の詩の名作23/(風が吹く、冷たい風は)

(風が吹く、冷たい風は)

       ▲

風が吹く、冷たい風は
窓の硝子(ガラス)に蒸気を凍りつかせ
それを透かせてぼんやりと
遠くの山が見えまする汽車の朝

僕の希望も悔恨も
もう此処(ここ)までは従(つ)いて来ぬ
僕は手ぶらで走りゆく
胸平板(むねへいばん)のうれしさよ

昨日は何をしたろうか日々何をしていたろうか
皆目僕は知りはせぬ
胸平板のうれしさよ

(汽車が小さな駅に着いて、散水車がチョコナンとあることは、
小倉(こくら)服の駅員が寒そうであることは、幻燈風景
七里結界に係累はないんだ)

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月25日 (水)

中原中也・朝の詩の名作22/小 唄

小 唄

僕は知ってる煙(けむ)が立つ
 三原山には煙が立つ

行ってみたではないけれど
 雪降り積った朝(あした)には

寝床の中で呆然(ぼうぜん)と
 煙草くゆらせ僕思う

三原山には煙が立つ
 三原山には煙が立つ

                     (一九三三.二.一七)

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月24日 (火)

中原中也・朝の詩の名作21/秋になる朝

秋になる朝

たったこの間まで、四時には明るくなったのが
五時になってもまだ暗い、秋来る頃の
あの頃のひきあけ方のかなしさよ。
ほのしらむ、稲穂にとんぼとびかよい
何事もなかったかのよう百姓は
朝露に湿った草鞋(わらじ)踏みしめて。

僕達はまだ睡(ねむ)い、睡気で頭がフラフラだ、それなのに
涼風は、おまえの瞳をまばたかせ、あの頃の涼風は
とうもろこしの葉やおまえの指股に浮かぶ汗の味がする
やがて工場の煙突は、朝空に、ばらの煙をあげるのだ。

恋人よ、あの頃の朝の涼風は、
とうもろこしの葉やおまえの指股に浮かぶ汗の匂いがする
そうして僕は思うのだ、希望は去った、……忍従(にんじゅう)が残る。
忍従が残る、忍従が残ると。

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

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