カテゴリー「中原中也の春の詩コレクション」の記事

2020年4月 1日 (水)

中原中也・春の詩コレクション35/春と恋人

春と恋人

 

美しい扉の親しさに

私が室(へや)で遊んでいる時、

私にかまわず実ってた

新しい桃があったのだ……

 

街の中から見える丘、

丘に建ってたオベリスク、

春には私に桂水くれた

丘に建ってたオベリスク……

 

蜆(しじみ)や鰯(いわし)を商(あきな)う路次の

びしょ濡れの土が歌っている時、

かの女は何処(どこ)かで笑っていたのだ

 

港の春の朝の空で

私がかの女の肩を揺ったら、

真鍮(しんちゅう)の、盥(たらい)のようであったのだ……

 

以来私は木綿の夜曲?

はでな処(とこ)には行きたかない……

                                                                                                                                    

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2020年3月31日 (火)

中原中也・春の詩コレクション34/春の消息

春の消息

 

生きているのは喜びなのか

生きているのは悲みなのか

どうやら僕には分らなんだが

僕は街なぞ歩いていました

 

店舗(てんぽ)々々に朝陽はあたって

淡い可愛いい物々の蔭影(かげ)

僕はそれでも元気はなかった

どうやら 足引摺(ひきず)って歩いていました

 

    生きているのは喜びなのか

    生きているのは悲みなのか

 

こんな思いが浮かぶというのも

ただただ衰弱(よわっ)ているせいだろか?

それとももともとこれしきなのが

人生というものなのだろうか?

 

尤(もっと)も分ったところでどうさえ

それがどうにもなるものでもない

こんな気持になったらなったで

自然にしているよりほかもない

 

そうと思えば涙がこぼれる

なんだか知らねえ涙がこぼれる

悪く思って下さいますな

僕はこんなに怠け者

 

               (一九三五・四・二四)

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2020年3月30日 (月)

中原中也・春の詩コレクション33/狂気の手紙

狂気の手紙

 

袖の振合い他生(たしょう)の縁

僕事(ぼくごと)、気違いには御座候(ござそうら)えども

格別害も致し申さず候間

切角(せっかく)御一興とは思召(おぼしめ)され候て

何卒(なにとぞ)気の違った所なぞ

御高覧の程伏而懇願仕候(ふしてこんがんつかまつりそうろう)

 

陳述此度(のぶればこたび)は気がフーッと致し

キンポーゲとこそ相成候(あいなりそうろう)

野辺(のべ)の草穂と春の空

何仔細(しさい)あるわけにも無之(これなく)候処

タンポポや、煙の族(やから)とは相成候間

一筆御知らせ申上候

 

猶(なお)、また近日日蔭など見申し候節は

早速参上、羅宇(ラウ)換えや紙芝居のことなぞ

詳しく御話し申し上候

お葱(ねぎ)や塩のことにても相当お話し申上候

否、地球のことにてもメリーゴーランドのことにても

お鉢(はち)のことにても火箸(ひばし)のことにても何にても御話申上可候(おはなしもうしあぐべくそうろう)匆々(そうそう)

 

                   (一九三四・四・二二)

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2020年3月29日 (日)

中原中也・春の詩コレクション32/朝

 

雀の声が鳴きました

雨のあがった朝でした

お葱(ねぎ)が欲しいと思いました

 

ポンプの音がしていました

頭はからっぽでありました

何を悲しむのやら分りませんが、

心が泣いておりました

 

遠い遠い物音を

多分は汽車の汽笛(きてき)の音に

頼みをかけるよな心持

 

心が泣いておりました

寒い空に、油煙(ゆえん)まじりの

煙が吹かれているように

焼木杭(やけぼっくい)や霜(しも)のよう僕の心は泣いていた

 

                    (一九三四・四・二二)

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2020年3月28日 (土)

中原中也・春の詩コレクション31/夜明け

夜明け

 

夜明けが来た。雀の声は生唾液(なまつばき)に似ていた。

水仙(すいせん)は雨に濡(ぬ)れていようか? 水滴を付けて耀(かがや)いていようか?

出て、それを見ようか? 人はまだ、誰も起きない。

鶏(にわとり)が、遠くの方で鳴いている。――あれは悲しいので鳴くのだろうか?

声を張上げて鳴いている。――井戸端(いどばた)はさぞや、睡気(ねむけ)にみちているであろう。

 

槽(おけ)は井戸蓋の上に、倒(さかし)まに置いてあるであろう。

御影石(みかげいし)の井戸側は、言問いたげであるだろう。

苔(こけ)は蔭(かげ)の方から、案外に明るい顔をしているだろう。

御影石は、雨に濡れて、顕心的(けんしんてき)であるだろう。

鶏(とり)の声がしている。遠くでしている。人のような声をしている。

 

おや、焚付(たきつけ)の音がしている。――起きたんだな――

新聞投込む音がする。牛乳車(ぐるま)の音がする。

《えー……今日はあれとあれとあれと……?………》

脣(くち)が力を持ってくる。おや、烏(からす)が鳴いて通る。

 

                     (一九三四・四・二二)

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2020年3月27日 (金)

中原中也・春の詩コレクション30/朝

 

雀が鳴いている

朝日が照っている

私は椿(つばき)の葉を想う

 

雀が鳴いている

起きよという

だがそんなに直(す)ぐは起きられようか

私は潅木林(かんぼくばやし)の中を

走り廻(まわ)る夢をみていたんだ

                                                                                           

恋人よ、親達に距(へだ)てられた私の恋人、

君はどう思うか……

僕は今でも君を懐しい、懐しいものに思う

 

雀が鳴いている

朝日が照っている

私は椿の葉を想う

 

雀が鳴いている

起きよという

だがそんなに直ぐは起きられようか

私は潅木林の中を

走り廻る夢をみていたんだ

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2020年3月26日 (木)

中原中也・春の詩コレクション29/(とにもかくにも春である)

(とにもかくにも春である)

     ▲

此(こ)の年、三原山に、自殺する者多かりき。

 

とにもかくにも春である、帝都は省線電車の上から見ると、トタン屋根と桜花(さくらばな)とのチャンポンである。花曇りの空は、その上にひろがって、何もかも、睡(ねむ)がっている。誰ももう、悩むことには馴れたので、黙って春を迎えている。おしろいの塗り方の拙(まず)い女も、クリーニングしないで仕舞っておいた春外套の男も、黙って春を迎え、春が春の方で勝手にやって来て、春が勝手に過ぎゆくのなら、桜よ咲け、陽も照れと、胃の悪いような口付をして、吊帯にぶる下っている。薔薇色(ばらいろ)の埃(ほこ)りの中に、車室の中に、春は来、睡っている。乾からびはてた、羨望(せんぼう)のように、春は澱(よど)んでいる。

 

     ▲

 

          パッパ、ガーラガラ、ハーシルハリウーウカ、ウワバミカー

          キシャヨ、キシャヨ、アーレアノイセイ

 

十一時十五分、下関行終列車

窓から流れ出している燈光(ひかり)はあれはまるで涙じゃないか

送るもの送られるもの

みんな愉快げ笑っているが

 

旅という、我等の日々の生活に、

ともかくも区切りをつけるもの、一線を劃(かく)するものを

人は喜び、大人なお子供のようにはしゃぎ

嬉しいほどのあわれをさえ感ずるのだが、

 

めずらかの喜びと新鮮さのよろこびと、

まるで林檎(りんご)の一と山ででもあるように、

ゆるやかに重そうに汽車は運び出し、

やがてましぐらに走りゆくのだが、

 

淋しい夜(よる)の山の麓(ふもと)、長い鉄橋を過ぎた後に、

――来る曙(あけぼの)は胸に沁(し)み、眺に沁みて、

昨夜東京駅での光景は、

あれはほんとうであったろうか、幻ではなかったろうか。

 

     ▲

 

闇に梟(ふくろう)が鳴くということも

西洋人がパセリを食べ、朝鮮人がにんにくを食い

我々が葱(ねぎ)を常食とすることも、

みんなおんなしようなことなんだ

 

秋の夜、

僕は橋の上に行って梨を囓(かじ)った

夜の風が

歯茎にあたるのをこころよいことに思って

 

寒かった、

シャツの襟(えり)は垢(あか)じんでいた

寒かった、

月は河波に砕けていた

 

     ▲

 

おお、父無し児、父無し児

雨が降りそうで、風が凪(な)ぎ、風が出て、障子(しょうじ)が音を立て、大工達の働いている物音が遠くに聞こえ、夕闇は迫りつつあった。この寒天状の澱(よど)んだ気層の中に、すべての青春的事象は忌(いま)わしいものに思われた。

落雁(らくがん)を法事の引物(ひきもの)にするという習慣をうべない、権柄的(けんぺいてき)気六ヶ敷(きむずかし)さを、去(い)にし秋の校庭に揺れていたコスモスのように思い出し、やがて忘れ、電燈をともさず一切構わず、人が不衛生となすものぐさの中に、僕は溺(おぼ)れペンはくずおれ、黄昏(たそがれ)に沈没して小児の頃の幻想にとりつかれていた。

風は揺れ、茅(かや)はゆすれ、闇は、土は、いじらしくも怨(うら)めしいものであった。

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2020年3月25日 (水)

中原中也・春の詩コレクション28/早春散歩

早春散歩

 

空は晴れてても、建物には蔭(かげ)があるよ、

春、早春は心なびかせ、

それがまるで薄絹(うすぎぬ)ででもあるように

ハンケチででもあるように

我等の心を引千切(ひきちぎ)り

きれぎれにして風に散らせる

 

私はもう、まるで過去がなかったかのように

少なくとも通っている人達の手前そうであるかの如(ごと)くに感じ、

風の中を吹き過ぎる

異国人のような眼眸(まなざし)をして、

確固たるものの如く、

また隙間風(すきまかぜ)にも消え去るものの如く

 

そうしてこの淋しい心を抱いて、

今年もまた春を迎えるものであることを

ゆるやかにも、茲(ここ)に春は立返ったのであることを

土の上の日射しをみながらつめたい風に吹かれながら

土手の上を歩きながら、遠くの空を見やりながら

僕は思う、思うことにも慣れきって僕は思う……

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2020年3月24日 (火)

中原中也・春の詩コレクション27/(吹く風を心の友と)

(吹く風を心の友と)

 

吹く風を心の友と

口笛に心まぎらわし

私がげんげ田を歩いていた十五の春は

煙のように、野羊(やぎ)のように、パルプのように、

 

とんで行って、もう今頃は、

どこか遠い別の世界で花咲いているであろうか

耳を澄ますと

げんげの色のようにはじらいながら遠くに聞こえる

 

あれは、十五の春の遠い音信なのだろうか

滲むように、日が暮れても空のどこかに

あの日の昼のままに

あの時が、あの時の物音が経過しつつあるように思われる

 

それが何処(どこ)か?――とにかく僕に其処(そこ)へゆけたらなあ……

心一杯に懺悔(ざんげ)して、

恕(ゆる)されたという気持の中に、再び生きて、

僕は努力家になろうと思うんだ――

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2020年3月23日 (月)

中原中也・春の詩コレクション26/間奏曲

間奏曲

 

いとけない顔のうえに、

降りはじめの雨が、ぽたっと落ちた……

 

百合(ゆり)の少女の眼瞼(まぶた)の縁(ふち)に、

露の玉が一つ、あらわれた……

 

春の祭の街の上に空から石が降って来た

人がみんなとび退(の)いた!

 

いとけない顔の上に、

雨が一つ、落ちた……

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

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