カテゴリー「中原中也・夜の歌コレクション」の記事

2020年8月 1日 (土)

中原中也・夜の詩コレクション118/秋の夜に、湯に浸り

秋の夜に、湯に浸り

 

秋の夜に、独りで湯に這入(はい)ることは、

 淋しいじゃないか。

 

秋の夜に、人と湯に這入ることも亦、

 淋しいじゃないか。

 

話の駒が合ったりすれば、

その時は楽しくもあろう

 

然(しか)しそれというも、何か大事なことを

 わきへ置いといてのことのようには思われないか?

 

――秋の夜に湯に這入るには……

独りですべきか、人とすべきか?

 

所詮(しょせん)は何も、

 決ることではあるまいぞ。

 

さればいっそ、潜(もぐ)って死にやれ!

それとも汝、熱中事を持て!

 

※   

  ※

 

四行詩

 

おまえはもう静かな部屋に帰るがよい。

 煥発(かんぱつ)する都会の夜々の燈火(ともしび)を後(あと)に、

おまえはもう、郊外の道を辿(たど)るがよい。

そして心の呟(つぶや)きを、ゆっくりと聴くがよい。

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2020年7月31日 (金)

中原中也・夜の詩コレクション117/雨が降るぞえ――病棟挽歌

雨が降るぞえ

   ――病棟挽歌

 

雨が、降るぞえ、雨が、降る。

今宵は、雨が、降るぞえ、な。

俺はこうして、病院に、

しがねえ、暮しをしては、いる。

 

雨が、降るぞえ、雨が、降る。

今宵は、雨が、降るぞえ、な。

たんたら、らららら、らららら、ら、

今宵は、雨が、降るぞえ、な。

 

人の、声さえ、もうしない、

まっくらくらの、冬の、宵。

隣りの、牛も、もう寝たか、

ちっとも、藁(わら)のさ、音もせぬ。

 

と、何号かの病室で、

硝子戸(ガラスど)、開ける、音が、する。

空気を、換えると、いうじゃんか、

それとも、庭でも、見るじゃんか。

 

いや、そんなこと、分るけえ。

いずれ、侘(わび)しい、患者の、こと、

ただ、気まぐれと、いわば気まぐれ、

庭でも、見ると、いわばいうまで。

 

たんたら、らららら、雨が、降る。

たんたら、らららら、雨が、降る。

牛も、寝たよな、病院の、宵、

たんたら、らららら、雨が、降る。

 

(了)

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2020年7月30日 (木)

中原中也・夜の詩コレクション116/道修山夜曲

道修山夜曲

 

星の降るよな夜(よる)でした

松の林のその中に、

僕は蹲(しゃが)んでおりました。

 

星の明りに照らされて、

折(おり)しも通るあの汽車は

今夜何処(どこ)までゆくのやら。

 

松には今夜風もなく、

土はジットリ湿ってる。

遠く近くの笹の葉も、

しずもりかえっているばかり。

 

星の降るよな夜でした、

松の林のその中に

僕は蹲んでおりました。

 

(一九三七・二・二)

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2020年7月29日 (水)

中原中也・夜の詩コレクション115/夏の夜の博覧会はかなしからずや

夏の夜の博覧会はかなしからずや

 

夏の夜の、博覧会は、哀しからずや

雨ちょと降りて、やがてもあがりぬ

夏の夜の、博覧会は、哀しからずや

 

女房買物をなす間、かなしからずや

象の前に余と坊やとはいぬ

二人蹲(しゃが)んでいぬ、かなしからずや、やがて女房きぬ

 

三人博覧会を出でぬかなしからずや

不忍(しのばず)ノ池の前に立ちぬ、坊や眺めてありぬ

 

そは坊やの見し、水の中にて最も大なるものなりきかなしからずや、

髪毛風に吹かれつ

見てありぬ、見てありぬ、

それより手を引きて歩きて

広小路に出でぬ、かなしからずや

広小路にて玩具を買いぬ、兎の玩具かなしからずや

 

 

その日博覧会入りしばかりの刻(とき)は

なお明るく、昼の明(あかり)ありぬ、

 

われら三人(みたり)飛行機にのりぬ

例の廻旋する飛行機にのりぬ

 

飛行機の夕空にめぐれば、

四囲の燈光また夕空にめぐりぬ

 

夕空は、紺青(こんじょう)の色なりき

燈光は、貝釦(かいボタン)の色なりき

 

その時よ、坊や見てありぬ

その時よ、めぐる釦を

その時よ、坊やみてありぬ

その時よ、紺青の空!

 

(一九三六・一二・二四)

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2020年7月28日 (火)

中原中也・夜の詩コレクション114/暗い公園

暗い公園

             

雨を含んだ暗い空の中に

大きいポプラは聳(そそ)り立ち、

その天頂(てっぺん)は殆(ほと)んど空に消え入っていた。

 

六月の宵(よい)、風暖く、

公園の中に人気(ひとけ)はなかった。

私はその日、なお少年であった。

 

ポプラは暗い空に聳り立ち、

その黒々と見える葉は風にハタハタと鳴っていた。

仰ぐにつけても、私の胸に、希望は鳴った。

 

今宵も私は故郷(ふるさと)の、その樹の下に立っている。

其(そ)の後十年、その樹にも私にも、

お話する程の変りはない。

 

けれど、ああ、何か、何か……変ったと思っている。

 

               (一九三六・一一・一七)

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2020年7月27日 (月)

中原中也・夜の詩コレクション113/断 片

中原中也・夜の詩コレクション113/断 片

 

断 片

 

(人と話が合うも合わぬも

所詮は血液型の問題ですよ)?……

 

恋人よ! たとえ私がどのように今晩おまえを思っていようと、また、おまえが私をどのように思っていようと、百年の後には思いばかりか、肉体さえもが影をもとどめず、そして、冬の夜(よる)には、やっぱり風が、煙突に咆(ほ)えるだろう……

おまえも私も、その時それを耳にすべくもないのだし……

 

そう思うと私は淋しくてたまらぬ

そう思うと私は淋しくてたまらぬ

 

勿論(もちろん)このような思いをすることが平常(いつも)ではないけれど、またこんなことを思ってみたところでどうなるものでもないとは思うけど、時々こうした淋しさは訪れて来て、もうどうしようもなくなるのだ……

 

(人と話が合うも合わぬも

所詮は血液型の問題ですよ)?……

 

そう云ってけろけろしている人はしてるもいい……

そう云ってけろけろしている人はしてるもいい……

 

人と話が合うも合わぬも、所詮は血液型の問題であって、だから合う人と合えばいい合わぬ人とは好加減(いいかげん)にしてればいい、と云ってけろけろ出来ればなんといいこったろう……

 

恋人よ! 今宵(こよい)煙突に風は咆(ほ)え、

僕は灯影(ほかげ)に坐っています

そして、考えたってしようのないことばかりが考えられて

耳ゴーと鳴って、柚子酸(ゆずす)ッぱいのです

 

そして、僕の唱える呪文(?)ときたら

笑っちゃ不可(いけ)ない、こんなものです

ラリルレロ、カキクケコ

ラリルレロ、カキクケコ

 

現にこういっている今から十年の前には、

あの男もいたしあの女もいた

今もう冥土に行ってしまって

その時それを悲しんだその母親も冥土に行った

もう十年にもなるからは

冥土にも相当お馴れであろうと

冗談さえ云いたい程だが

とてもそれはそうはいかぬ

十二年前の恰度(ちょうど)今夜

その男と火鉢を囲んで煙草を吸っていた

その煙草が今夜は私独りで吸っているゴールデンバットで、

ゴールデンバットと私とは猶(なお)存続してるに

あの男だけいないというのだから不思議でたまらぬ

勿論(もちろん)あの男が埋葬されたということは知ってるし

とまれ僕の気は慥(たし)かなんだ

だが、気が慥かということがまた考えようによっては、たまらないくらい悲しいことで

気が慥かでさえなかったならば、尠(すくな)くとも、僕程に気が慥かでさえなかったならば、こうまざまざとあの男をだって今夜此処(ここ)で思い出すわけはないのだし、思い出して、妙な気持(然り、妙な気持、だってもう、悲しい気持なぞということは通り越している)にならないでもすみそうだ

 

そして、

(人と話が合うも合わぬも

所詮は血液型の問題ですよ)と云って

僕も、万事都合ということだけを念頭に置いて

考えたって益にもならない、こんなことなぞを考えはしないで、尠くも今在るよりは裕福になっていたでもあろうと……

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2020年7月26日 (日)

中原中也・夜の詩コレクション112/小唄二編

小唄二編

 

 

しののめの、

よるのうみにて

汽笛鳴る。

 

心よ

起きよ、

目を覚ませ。

 

しののめの、

よるのうみにて

汽笛なる。

 

象の目玉の、

汽笛鳴る。

 

 

僕は知ってる煙(けむ)が立つ

  三原山には煙が立つ

 

行ってみたではないけれど

  雪降りつもった朝(あした)には

 

寝床の中で呆然(ぼうぜん)と

  煙草くゆらし僕思う

 

三原山には煙が立つ

  三原山には煙が立つ

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2020年7月25日 (土)

中原中也・夜の詩コレクション111/一夜分の歴史

一夜分の歴史

 

その夜は雨が、泣くように降っていました。

瓦はバリバリ、煎餅かなんぞのように、

割れ易いものの音を立てていました。

梅の樹に溜った雨滴(しずく)は、風が襲(おそ)うと、

他の樹々のよりも荒っぽい音で、

庭土の上に落ちていました。

コーヒーに少し砂糖を多い目に入れ、

ゆっくりと掻き混ぜて、さてと私は飲むのでありました。

 

と、そのような一夜が在ったということ、

明らかにそれは私の境涯(きょうがい)の或る一頁(いちページ)であり、

それを記憶するものはただこの私だけであり、

その私も、やがては死んでゆくということ、

それは分り切ったことながら、また驚くべきことであり、

而(しか)も驚いたって何の足しにもならぬということ……

――雨は、泣くように降っていました。

梅の樹に溜った雨滴(しずく)は、他の樹々に溜ったのよりも、

風が吹くたび、荒っぽい音を立てて落ちていました。

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2020年7月24日 (金)

中原中也・夜の詩コレクション110/夜半の嵐

夜半の嵐

 

松吹く風よ、寒い夜(よ)の

われや憂き世にながらえて

あどけなき、吾子(あこ)をしみればせぐくまる

おもいをするよ、今日このごろ。

 

人のなさけの冷たくて、

真(しん)はまことに響きなく……

松吹く風よ、寒い夜の

汝(なれ)より悲しきものはなし。

 

酔覚(よいざ)めの、寝覚めかなしくまずきこゆ

汝より悲しきものはなし。

口渇くとて起出でて

水をのみ、渇きとまるとみるほどに

吹き寄する風よ、寒い夜の

 

喀痰(かくたん)すれば唇(くち)寒く

また床(とこ)に入り耳にきく

夜半の嵐の、かなしさよ……

それ、死の期(とき)もかからまし

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2020年7月23日 (木)

中原中也・夜の詩コレクション109/雲った秋

雲った秋

 

 

或(あ)る日君は僕を見て嗤(わら)うだろう、

あんまり蒼(あお)い顔しているとて、

十一月の風に吹かれている、無花果(いちじく)の葉かなんかのようだ、

棄てられた犬のようだとて。

 

まことにそれはそのようであり、

犬よりもみじめであるかも知れぬのであり

僕自身時折はそのように思って

僕自身悲しんだことかも知れない

 

それなのに君はまた思い出すだろう

僕のいない時、僕のもう地上にいない日に、

あいつあの時あの道のあの箇所で

蒼い顔して、無花果の葉のように風に吹かれて、――冷たい午後だった――

 

しょんぼりとして、犬のように捨てられていたと。

 

 

猫が鳴いていた、みんなが寝静まると、

隣りの空地で、そこの暗がりで、

まことに緊密でゆったりと細い声で、

ゆったりと細い声で闇の中で鳴いていた。

 

あのようにゆったりと今宵一夜(ひとよ)を

鳴いて明そうというのであれば

さぞや緊密な心を抱いて

猫は生存しているのであろう……

 

あのように悲しげに憧れに充ちて

今宵ああして鳴いているのであれば

なんだか私の生きているということも

まんざら無意味ではなさそうに思える……

 

猫は空地の雑草の陰で、

多分は石ころを足に感じ

その冷たさを足に感じ、

霧の降る夜を鳴いていた――

 

 

君のそのパイプの、

汚れ方だの燋げ方だの、

僕はいやほどよく知ってるが、

気味の悪い程鮮明に、僕はそいつを知ってるのだが……

 

今宵ランプはポトホト燻(かが)り

君と僕との影は床(ゆか)に

或(ある)いは壁にぼんやりと落ち、

遠い電車の音は聞こえる

 

君のそのパイプの、

汚れ方だの焦げ方だの、

僕は実によく知ってるが、

それが永劫(えいごう)の時間の中では、どういうことになるのかねえ?――

 

    今宵私の命はかがり

    君と僕との命はかがり、

    僕等の命も煙草のように

    どんどん燃えてゆくとしきゃ思えない

 

まことに印象の鮮明ということ

我等の記臆、謂(い)わば我々の命の足跡が

あんまりまざまざとしているということは

いったいどういうことなのであろうか

 

    今宵ランプはポトホト燻り、

    君と僕との影は床に

    或いは壁にぼんやりと落ち、

    遠い電車の音は聞こえる

 

どうにも方途がつかない時は

諦めることが男々(おお)しいことになる

ところで方途が絶対につかないと

思われることは、まず皆無

 

    そこで命はポトホトかがり

    君と僕との命はかがり

    僕等の命も煙草のように

    どんどん燃えるとしきゃ思えない

 

コオロギガ、ナイテ、イマス

シュウシン ラッパガ、ナッテ、イマス

デンシャハ、マダマダ、ウゴイテ、イマス

クサキモ、ネムル、ウシミツドキデス

イイエ、マダデス、ウシミツドキハ

コレカラ、ニジカン、タッテカラデス

ソレデハ、ボーヤハ、マダオキテイテイイデスカ

イイエ、ボーヤハ、ハヤクネルノデス

ネテカラ、ソレカラ、オキテモイイデスカ

アサガキタナラ、オキテイイノデス

アサハ、ドーシテ、コサセルノデスカ

アサハ、アサノホーデ、ヤッテキマス

ドコカラ、ドーシテ、ヤッテクル、ノデスカ

オカオヲ、アラッテ、デテクル、ノデス

ソレハ、アシタノ、コトデスカ

ソレガ、アシタノ、アサノ、コトデス

イマハ、コオロギ、ナイテ、イマスネ

ソレカラ、ラッパモ、ナッテ、イマスネ

デンシャハ、マダマダ、ウゴイテ、イマス

ウシミツドキデハ、マダナイデスネ

オワリ

 

               (一九三五・一〇・五)

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

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