(前回からつづく)
「漂泊者の歌」を、
日は断崖の上に登り
憂いは陸橋の下を低く歩めり。
無限に遠き空の彼方
続ける鉄路の棚の背後(うしろ)に
一つの寂しき影は漂う。
――と読みはじめる寺田に現われる帝大生の杉浦民平の下宿の風景。
そこには立原道造が登場します。
◇
今でもそう読んで行くと、僕の眼前には、本郷菊坂の杉浦の下宿の一間にさしこむ赤茶けた日のいろだの、掛け机とならんでおいてあった杉浦には不似合と思うひともあるかも知れないやさしいデザインの坐り机、
そのそばで早口に言いあいをしている色の黒い長身の立原と色白で背の低い杉浦の姿が浮び、その声まで聞えて来るような気がする。
(※「近代文学鑑賞講座」中の「朔太郎管見」より。)
◇
学生服の寺田は少し離れた床の間の前で
二人の討論を聞いています。
二人のやりとりに
寺田は疎隔(そかく)を感じています。
やさしい、繊細な、軟かな感情を表現する
詩的な口舌の技術がかれらにはあって、
それがみずからを「感性上の貴族」とするための楯(たて)のように見えて
攻撃の材料としたのでしょうか
寺田はいつも立原を傷つける役を演じる「田舎侍」になってしまいます――。
◇
文京区の本郷菊坂は
樋口一葉や宮沢賢治の旧居跡などで知られる古い家並みが多く
近くに東京大学へ通じる正門や赤門もあるため
周辺には学生街も抱えている
現在もかわらぬ歴史的風景の残る街です。
その一角に
杉浦の下宿もありました。
◇
「青猫」ではなく
「氷島」に心を奪われるというのは
田舎侍だからであろうか
そうではないことを言いたいのだ
――と寺田は遠い日を思い出しながら主張し
本論へと入っていきます。
そして
朔太郎が詩人として思惟するひとで真にありえたのは
「氷島」という詩集においてであった
――という全面的な「氷島」支持論の結論が
まずは述べられます。
思惟のひと。
その始原へ。
◇
そこで遡(さかのぼ)られるのは
大正6年作とされる遺稿「都会と田舎」に、
ありとあらゆる官能のよろこびとそのなやみと、
ありとあらゆる近代の思想とその感情と
およそありとあらゆる「人間的なるもの」のいっさい
――と歌われた「都会」でした。
その「都会」と
荒涼とした自然と貧困で不活発な人間しか存在しない「田舎」。
二つの世界の往還(行きつ戻りつ)をやめた詩人が
かれ自身に、
上州人らしいかれ自身になった
――ことを詩集「氷島」に読むことができるというのです。
それは
第1詩集「月に吠える」よりも古い詩篇がしめすところに
朔太郎が戻ったことではないか。
寺田がそしてまた遡るのは
朔太郎が大正2年晩夏に歌った
「利根川のほとり」の次のくだりです。
◇
きのふまた身を投げんと思ひて
利根川のほとりをさまよひしが
水の流れはやくして
わがなげきせきとむるすべもなければ
おめおめと生きながらへて
今日もまた河原に來り石投げてあそびくらしつ。
◇
だから、
ああ汝 漂泊者!
過去より来りて未来を過ぎ
久遠の郷愁を追い行くもの。
――と自分自身へ呼びかける「漂泊者の歌」は
今日もまた河原に来り石投げてあそびくらしつ。
――と歌った利根川の河原へ帰ることを夢見て歌われた歌ではなかったかと読むのです。
そして、
ああ汝 寂寥の人
悲しき落日の坂を登りて
意志なき断崖を漂泊(さまよ)い行けど
いずこに家郷はあらざるべし。
汝の家郷は有らざるべし!
――の「家郷は有らざるべし!」は
家郷を持ったこともなく
持たないことを悲しみもしない心での叫びであるはずがない
この投げつけるような調子は
家郷をしのんでやまない自分の心に投げつける
礫(つぶて)の音だ。
◇
また、
「いずこに」も
はじめから否定を想定しているものではなく
「いずこにかあらん!」という
やがて否定され悲嘆となることへの期待を示していて、
それは「帰郷」の
まだ上州の山は見えずや。
――というフレーズが、
過去は寂寥の谷に連り
未来は絶望の岸に向えり。
砂礫のごとき人生かな!
…………
いかんぞ故郷に帰り
さびしくまた利根川の岸に立たんや。
汽車は曠野を走り行き
自然の荒寥たる意志の彼岸に
人の憤怒を烈しくせり。
――と続けられていることに注目します。
ここで歌われているのは
傷ついた戦士が
車に乗せられて故郷へ運ばれる途中で言う言葉である。
◇
いかんぞ故郷に独り帰り
さびしくまた利根川の岸に立たんや。
「いかんぞ……や」は
「どうして……するわけがない」という反語表現のはずですから
どうして故郷に独り帰り
さびしくまた利根川の岸に立たないことがあろう
――という意味になります。
◇
立とうとする
立つのである
利根川の岸に立つのである。
――と寺田はこのくだりに詩人の意志を汲み取ります。
◇
「帰郷」も
「漂泊者の歌」に
つながっている。
「漂泊者の歌」に
上州への恋慕(という言葉は使われていませんが)を
寺田は読み取ろうとするかのようです。
◇
今回はここまで。
◇
「利根川のほとり」全行の
現代かな表記を掲出しておきましょう。
◇
利根川のほとり
きのうまた身を投げんと思いて
利根川のほとりをさまよいしが
水の流れはやくして
わがなげきせきとむるすべもなければ
おめおめと生きながらえて
今日もまた河原に来り石投げてあそびくらしつ。
きのうきょう
ある甲斐もなきわが身をばかくばかりいとしと思ううれしさ
たれかは殺すとするものぞ
抱きしめて抱きしめてこそ泣くべかりけれ。
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